従業員持株会が額面で株式を買い戻す合意はどのような事情の下で有効とされたか―最高裁判所平成21年2月17日判決
本記事が扱う場面と、扱わない場面
従業員持株会から額面で取得した非上場株式について、「売却するときは持株会が額面で買い戻す」という合意の効力が争われた一連の判決(第一審・控訴審・上告審)を解説します。最高裁判所は合意を有効と判断しましたが、その判断はいくつもの具体的な事情を積み重ねた上でのものです。本記事では、裁判所がどの事情を挙げて有効と判断したのかを、判決本文に即して整理します。株式の適正な価格の算定方法は扱いません。額面での譲渡の合意に関する当事務所の考え方の全体は、取得のときに額面額(固定額)で譲渡する合意をしていたら、その価格でしか売れないのか?最高裁判決の射程が及ばない5つの類型をご覧ください。
退職した会社や在職中の会社から「持株会の決まりなので、株式は額面で返してください」と求められ、お困りの方は少なくありません。会社に利益が積み上がっていても、取得したときと同じ額面でしか手放せないのかという問題です。
本件は、日刊新聞の発行を目的とする株式会社日本経済新聞社の元従業員が、持株会から1株100円(額面額)で取得した株式のうち400株を、別の元従業員に1株1000円で売却したことから始まった紛争です。売主となった元従業員は会社に譲渡の承認を請求し、会社が承認しなかったため、譲渡の相手方を指定するよう請求しました。これに対し、持株会は、取得の際に、売却する必要が生じたときは持株会が1株100円で買い戻すとの合意があったと主張し、株式は持株会のものになったと主張しました。
本件は、反対株主の株式買取請求の事件でも、会社法第144条に基づく売買価格の決定の事件でもありません。株式の帰属(誰が株主か)をめぐる訴訟であり、その前提として、額面での買戻しの合意が有効かどうかが争われました。
最高裁判所は、この合意を有効と判断しました。もっとも、最高裁判所が挙げたのは、法律に基づく社員株主制度の存在、取得価格も額面とされていたこと、従業員が内容を認識した上で自由意思により取得したこと、配当を一切行わずに利益を内部に留保していたような事情がないことなど、本件に特有の事情です。本記事では、合意が有効とされた事情を一つずつ確認し、これらの事情が欠ける場合をどう考えるべきかを、判決の判断と当事務所の見方とを区別してご説明します。
以下では、個人の氏名を用いず、株式会社日本経済新聞社を会社A、同社の株主である役員及び従業員で構成される持株会を持株会B、株式を売却した元従業員を元従業員C、株式を買い受けた元従業員を元従業員Dと表記します。
基本情報
| 審級 | 裁判所・裁判日 | 事件番号 | 結論 |
|---|---|---|---|
| 上告審 | 最高裁判所第三小法廷 平成21年2月17日判決 | 平成20年(受)第1207号 | 上告棄却(上告費用は上告人らの負担)。裁判官全員一致の意見 |
| 控訴審 | 東京高等裁判所 平成20年4月24日判決 | 平成19年(ネ)第5764号 | 控訴棄却(控訴費用は控訴人らの負担) |
| 第一審 | 東京地方裁判所 平成19年10月25日判決 | 平成17年(ワ)第24978号、平成18年(ワ)第661号、平成18年(ワ)第7947号 | 元従業員Dの請求を棄却、持株会B及び会社Aの請求を認容、元従業員Cの確認の訴えを却下し、その余の請求を棄却 |
第一審の事件名は、株主権確認等請求事件(第1事件)、株主名簿名義書換等請求事件(第2事件)及び株式保有確認等請求事件(第3事件)です。第一審判決は控訴審判決により維持され、控訴審判決は上告審判決により是認されています。
事案の概要
会社Aの社員株主制度
会社Aは、日刊新聞の発行を目的とする株式会社です。会社Aは、定款で、株式の譲渡には取締役会の承認を要すること、及び日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の株式の譲渡の制限等に関する法律(以下「日刊新聞法」といいます。)第1条に基づき、株式の譲受人を会社Aの事業に関係ある者に限ることを定めていました。会社Aは株券を発行していません。
会社Aは、株式の保有資格を原則として現役の役員及び従業員に限定し、退職や死亡によって株主資格を失ったときなどには、現役の役員及び従業員に株式を引き継がせる制度(判決は「社員株主制度」と呼んでいます。)を採用していました。
持株会Bの役割
持株会Bは、会社Aの株主である役員及び従業員で構成される権利能力なき社団であり、譲渡制限を受ける会社Aの株式の円滑な流通を目的として設立されました。第一審判決の認定によれば、持株会Bは、新聞事業令により社外の者が株主となることが禁止された戦時中の昭和17年6月に設立され、退職者等の株式の買取り及び役員・従業員への株式の譲渡を担ってきました。
本件株式譲渡ルール
持株会Bの側は、遅くとも昭和34年ころまでに、次の内容のルール(判決は「本件株式譲渡ルール」と呼んでいます。)が確立していたと主張しました。
- 会社Aの株式の譲渡価格は1株100円(額面額)とする。
- 株式保有資格を有する間は、原則として取得した株式を保有し続ける。
- 株式保有資格を失ったとき又は個人的理由により売却する必要が生じたときは、持株会Bが1株100円で買い戻す。
持株会Bが従業員に株式を譲渡する価格も、従業員から買い戻す価格も、いずれも1株100円とされていた点が重要です。
持株会Bの会則と会社Aの定款の定め
判決本文に引用された会則及び定款の条項のうち、本件に関係する主なものは次のとおりです。
持株会Bの会則(昭和35年1月1日施行) 第4条(事業)
本会は前条の目的を達成するため左の事業を行う。一,日本経済新聞社株式の買取り,(イ)株主たる資格を失った者の株式買取り,(ロ)やむを得ざる事情により,その持株を売却せんとする者の株式買取り,二,本会保有の日本経済新聞社株式の譲渡,三,前二項を行うための会員による積立て,四,その他本会の目的を達成するに必要な事業
持株会Bの会則(昭和35年1月1日施行) 第13条(株式の売買価格)
本会の株式売買価格は原則として額面とする。
持株会Bの会則(平成6年3月改正) 第11条(株式の買い取り)
本会会員は,第15条の規定により会員としての資格を失った時,及び取締役会の承認を経てその保有する日本経済新聞社株式を売却する時は,原則として本会に対してその保有株を売却する義務を負う。
持株会Bの会則(平成16年3月改正) 第11条(株式の買い取り)
本会会員が第15条の規定により会員としての資格を失ったときには,当該会員の保有する全ての日本経済新聞社株式が,その時点で本会に移転し,当該会員は当該時点で株主権を喪失する。本会は,遅滞なく第12条に定める対価と経過利息を支払う。また,本会会員が何らかの理由により同社株式を売却する時も,本会に対して売却するものとする。
持株会Bの会則(平成16年3月改正) 第12条(株式の買取価格)本文
本会の株式買取価格は発行価格(100円)とする。
会社Aの定款(昭和42年2月変更。第一審判決当時の定款と同じ) 第7条・第8条
第7条 本会社の株式の譲渡については,取締役会の承認を要するとともに,株式の譲受人は本会社の事業に関係のある者に限る。
第8条 本会社の株主が本会社の事業に関係のない者となったときは,遅滞なく本会社の事業に関係ある者にその株式を譲渡しなければならない。
第15条は退会の規定です。会社Aの定款自体は、譲渡先を「事業に関係ある者」とするにとどまり、譲渡先を持株会Bに限定してはいませんでした。この点について、第一審判決は、本件株式譲渡ルールは持株会Bと株式の譲渡を受ける役員・従業員との間の合意の内容となるものであるから、定款との間に齟齬があってもルールの存在の認定の支障にならないと判断しています。
元従業員Cの株式の取得
元従業員Cは、昭和36年に会社Aに入社し、平成4年8月に退社した者で、退社後は会社Aの社友の地位にあります。元従業員Cは、持株会Bから、次のとおり、いずれも1株100円で会社Aの株式を取得しました。
| 取得日 | 株式数 | その年の簿価純資産方式による1株当たりの価格(第一審判決の認定) |
|---|---|---|
| 昭和39年4月2日 | 220株 | 約253円 |
| 昭和45年1月2日 | 120株 | 約420円 |
| 昭和50年7月1日 | 100株 | 約671円 |
| 昭和56年7月1日 | 600株 | 約970円 |
| 昭和60年7月1日 | 600株 | 約2860円 |
| 昭和63年7月1日 | 1100株 | 約3455円 |
| 合計 | 2740株 | - |
このように、取得の時点で既に、簿価純資産方式で算出した価格は1株100円を大きく上回っていました。元従業員Dも、昭和37年に入社し平成10年3月に退社した者で、持株会Bから7回にわたり合計5580株をいずれも1株100円で取得していました。
事案の経緯(時系列)
| 年月日 | 出来事 |
|---|---|
| 昭和17年6月 | 持株会Bが設立される。同年7月、会社Aは株主を役員及び従業員に限る旨の定款変更を行う。 |
| 昭和26年9月 | 日刊新聞法の施行等に伴い、会社Aが定款を変更する。 |
| 昭和34年8月 | 持株会Bが会則改正のための評議員会を招集する。招集通知には、退職した株主の所有株式を買い取ること及び額面価格を維持することを主要目的として運営してきた旨が記載される。 |
| 昭和34年10月24日 | 会社Aの社報(号外)が新しい会則を紹介し、全役員・従業員に配布される。 |
| 昭和35年1月1日 | 持株会Bの新しい会則(第4条、第13条等)が施行される。 |
| 昭和39年3月 | 会社Aの就業規則付帯規程に持株会Bの会則が収録される。 |
| 昭和39年4月から昭和63年7月まで | 元従業員Cが6回にわたり持株会Bから合計2740株を1株100円で取得する。 |
| 平成4年8月 | 元従業員Cが会社Aを退社し、社友となる。 |
| 平成6年3月 | 持株会Bが会則を改正する(第11条、第12条)。 |
| 平成9年以降 | 持株会Bが、役員・従業員に対し、退社時や売却時には1株100円で持株会Bに売却する旨の株式保有確認書を提出させる。 |
| 平成13年以降 | 退職して社友・客員に就任する者からも同様の株式保有確認書を提出させる。 |
| 平成16年3月 | 持株会Bが会則を改正する(第11条、第12条)。 |
| 平成17年9月29日 | 元従業員Cが元従業員Dに400株を1株1000円、合計40万円で売り渡す契約を締結し、同日、会社Aに書面で譲渡の承認を請求する。 |
| 平成17年10月11日 | 会社Aが譲渡を承認しない旨を回答する。 |
| 平成17年11月1日 | 元従業員Cが会社Aに株式譲渡先指定請求書を提出し、譲渡の相手方の指定を請求する。 |
| 平成17年11月4日 | 持株会Bが、株式譲渡先指定請求書の提出により売却の意思が確定的になったとして、400株を譲り受けた旨を元従業員Cに書面で通知する。 |
| 平成17年11月7日 | 持株会Bが会社Aに譲渡の承認を請求し、会社Aがこれを承認する。 |
| 平成19年10月25日 | 第一審判決。 |
| 平成20年4月24日 | 控訴審判決(控訴棄却)。 |
| 平成21年2月17日 | 上告審判決(上告棄却)。 |
請求の内容
本件は、3つの事件が併合されたものです。
- 第1事件:元従業員Dが、400株(以下「本件株式」といいます。)を元従業員Cから譲り受けたと主張して、会社A及び持株会Bとの間で自らが株主であることの確認を求め、会社Aに対し株主名簿の名義書換を求めたもの
- 第2事件:持株会B及び会社Aが、本件株式を取得したのは持株会Bであると主張して、元従業員C及び元従業員Dとの間で持株会Bが株主であることの確認を求め、持株会Bが元従業員Cに対し名義書換手続を求めたもの
- 第3事件:元従業員Cが、会社A及び持株会Bとの間で元従業員Dが株主であることの確認を求め、会社Aに対し元従業員Dへの名義書換を求めたもの
元従業員C及び元従業員Dは、会社Aが法定の期間内に買受人を指定しなかったので、平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」といいます。)第204条ノ2第7項により譲渡は承認されたものとみなされると主張しました。また、本件株式譲渡ルールが成立したのは平成16年であり、取得の時点ではルールは存在せず、これに従う合意もあり得ないと主張しました。
争点
- 元従業員Cが元従業員Dの株主権の確認を求める利益があるか(第一審)
- 本件株式譲渡ルールが、元従業員Cの取得の時点で存在していたか(第一審・控訴審)
- 元従業員Cと持株会Bとの間で、本件株式譲渡ルールに従う旨の合意が成立していたか(第一審・控訴審)
- 本件株式譲渡ルールは定款に定めなければ認められないか(控訴審)
- 価格を1株100円に固定するルールは、株式会社の本質に反し、公序良俗に反するか(控訴審)
- ルールに従う旨の合意は、会社法第107条及び第127条に反し、又は公序良俗に反して無効か(上告審)
裁判所の判断
第一審 ルールの確立と合意の成立を認定
第一審は、まず、株式を既に譲渡してしまっている元従業員Cには、元従業員Dが株主であることの確認を求める利益がないとして、この訴えを却下しました。
次に、第一審は、本件株式譲渡ルールの存否について、昭和35年施行の会則が第4条で株主資格を失った者等からの株式の買取りを、第13条で売買価格を原則として額面とすることを定めていたこと、社報(号外)で会則が紹介され全役員・従業員に配布されたことなどから、遅くとも昭和35年施行の会則が施行される直前の昭和34年ころには、社員株主制度の下で本件株式譲渡ルールの内容が確立されていたと認定しました。
その上で、第一審は、元従業員Cが取得の際にルールを認識し了解していたかについて、次の事情を挙げました。
- 会則が社報(号外)に紹介され、昭和39年3月作成の就業規則付帯規程にも収録されて、内容が文書で示されていたこと
- 会社Aが、職場の職制や上司を通じて従業員にルールの内容を周知させるよう図っていたこと
- 新株発行の際に配布した書面で、発行価額を1株100円とし、持株会Bに一括して割り当てた上で役員・従業員に譲渡することを説明していたこと
- 昭和39年に初めて株式を取得した株主のうち、平成13年1月から平成18年11月17日までに株主でなくなった112名が、すべて1株100円で持株会Bに売却していたこと
- 役員・従業員が、1株100円で売却する旨の株式保有確認書を異議なく提出していたこと
- 元従業員C自身が、会社Aが社員株主制度を採っていることを認め、持株会Bの会員であれば持株会Bのルールに従わなければならない旨の発言をしていたこと
第一審は、これらの事情から、元従業員Cは昭和39年の最初の取得の時から6回の取得のすべてについて、ルールを認識し了解した上で株式の譲渡を受けたと認め、持株会Bとの間に、元従業員Cが退職、死亡などにより株主資格を失ったとき又は個人的な理由で株式を売却する必要が生じたときは、持株会Bが1株100円で買い戻すとの合意が成立していたと判断しました。
さらに、元従業員Cが平成17年11月1日に株式譲渡先指定請求をした時点で売却の意思が確定的になり、停止条件が成就して、持株会Bとの間で本件株式の売買の効力が生じたと判断しました。持株会Bは買受人指定の法定期間の経過前に本件株式を取得し、会社Aの承認を得ていたため、元従業員Cと元従業員Dとの間の譲渡については、旧商法第204条ノ2第7項の譲渡承認擬制の適用はないとされました。
控訴審 価格の固定には「相応の合理性」があると判断
控訴審は、第一審の判断を引用して維持した上で、次の点を付け加えました。
第1に、持株会Bと株式の譲渡を受ける者との間で一定の条件の下で買い戻す合意をし、その価格を一定額と定めることは、日刊新聞法第1条及び旧商法第204条第1項の規制の適用外であり、契約自由に委ねられているとして、定款に定めがなければ許されないとの主張を退けました。
第2に、平成13年より前に社友・客員となった者で、平成15年1月から平成19年10月までの約5年間に株主でなくなった85名が、例外なく1株100円で売却していることも、ルールの存在と周知を裏付けるとしました。
第3に、価格を固定することが株式会社の本質に反し公序良俗に反するとの主張について、次の事情を総合考慮して、ルールには「相応の合理性」があり、公序良俗に反するとはいえないと判断しました。
- 会社Aが日刊新聞の発行を目的とする株式会社であり、日刊新聞法に基づいて株式の譲受人を事業に関係ある者に限ると定め、社員株主制度を採用していること
- 昭和39年以降、簿価純資産方式で算出した価格が1株100円を優に上回っており、その時々の価格を念頭に譲渡すると、持株会Bを通じた社員株主制度は維持できなかったことが明らかであること
- 譲渡価格のみならず取得価格も固定されており、「必ずしも投下資本の回収を否定するものとまではいえない」こと
上告審 有効とした理由として挙げられた事情
最高裁判所は、本件合意が会社法第107条及び第127条に反し、株式会社の本質に反するとの上告理由について、次の事情を順に挙げて検討しました。
- 制度の目的と合理性 会社Aは日刊新聞の発行を目的とする株式会社であり、日刊新聞法第1条に基づき株式の譲受人を事業に関係ある者に限り、社員株主制度を採用している。本件株式譲渡ルールは、社員株主制度の維持を前提に、譲渡制限を受ける株式を持株会Bを通じて円滑に現役の従業員等に承継させるためのものであって、「その内容に合理性がないとはいえない」。
- 市場性と取得価格 会社Aは非公開会社であるから株式にはもともと市場性がなく、ルールは持株会Bに譲渡する価格だけでなく持株会Bから取得する価格も額面額としていた。そのため、ルールに従って株式を取得しようとする者は、「将来の譲渡価格が取得価格を下回ることによる損失を被るおそれもない反面、およそ将来の譲渡益を期待し得る状況にもなかった」。
- 認識と自由意思 元従業員Cは、ルールの内容を認識した上、自由意思により持株会Bから額面で株式を買い受け、ルールに従う旨の合意をしたものであって、会社Aの従業員等が株式を取得することを事実上強制されていたというような事情はうかがわれない。
- 利益の内部留保と配当 会社Aが、「多額の利益を計上しながら特段の事情もないのに一切配当を行うことなくこれをすべて会社内部に留保していたというような事情も見当たらない」。
最高裁判所は、「以上によれば、本件株式譲渡ルールに従う旨の本件合意は、会社法107条及び127条の規定に反するものではなく、公序良俗にも反しないから有効というべきである」と判断しました。
結論
最高裁判所は、原審の判断を正当として是認し、上告を棄却しました。これにより、本件株式は持株会Bに帰属するとした第一審及び控訴審の結論が維持されました。元従業員Cは、元従業員Dとの間で1株1000円で売却する契約をしていましたが、本件株式は1株100円で持株会Bが取得したものとされました。
合意が有効とされた事情の整理
判決本文から読み取れる、合意の有効性を支えた事情を表にまとめます。いずれも本件において裁判所が認定し、又は考慮した事情です。
| 事情 | 本件で認められた内容 | 挙げた裁判所 |
|---|---|---|
| 法律上の根拠を持つ制度 | 日刊新聞法第1条に基づく定款の定めと社員株主制度があり、ルールはその維持のためのものであった | 上告審、控訴審 |
| 取得価格と譲渡価格の一致 | 取得するときも売却するときも1株100円であり、損失のおそれも譲渡益の期待もない仕組みであった | 上告審、控訴審 |
| 内容の認識と自由意思 | 会則、社報、就業規則付帯規程、新株発行時の説明書面等で文書化・周知され、元従業員Cもルールを認識していた。取得を事実上強制された事情はなかった | 上告審、第一審 |
| 配当と内部留保 | 多額の利益を計上しながら特段の事情もなく一切配当をせず、すべて内部に留保していたという事情は見当たらなかった | 上告審 |
| 一貫した運用 | 株主でなくなった者が例外なく1株100円で売却しており、株式保有確認書も異議なく提出されていた | 第一審、控訴審 |
| 市場性の欠如 | 非公開会社の株式で、もともと市場性がなかった | 上告審 |
実務上の着眼点
ここから先は、判決が示した判断そのものではなく、判決を踏まえた当事務所の見方です。
本判決は「どのような合意でも有効」とした判決ではありません
最高裁判所は、一般論として額面での買戻しの合意が常に有効であるとは述べていません。制度の目的、取得価格、認識と自由意思、配当の状況という具体的な事情を一つずつ確認した上で、「以上によれば」有効と結論付けています。したがって、これらの事情のいずれかが欠ける事案については、本判決の判断がそのまま及ぶとは限らず、合意の効力を争う余地があると当事務所は考えます。
事情ごとに確認すべき点
| 本件の事情 | ご自身の事案で確認すること |
|---|---|
| 日刊新聞法に基づく社員株主制度 | 一般の非上場会社には日刊新聞法のような法律上の根拠はありません。固定価格での買戻しによって何を守ろうとしているのか、その目的に合理性があるかを確認します。 |
| 取得も売却も額面 | 実際にいくらで取得したかを確認します。額面を上回る価格で取得していたのに額面で返すよう求められている場合は、本件の前提と異なります。 |
| 内容の認識と自由意思 | 取得の際に買戻しの条件の説明を受けたか、規約や確認書の交付を受けたか、取得が事実上強制されていなかったかを確認します。署名した書面の現物と日付も確認します。 |
| 配当の状況 | 会社が多額の利益を計上しながら、特段の事情もなく長年にわたり一切配当をしていないかを、計算書類等で確認します。 |
| 合意の当事者 | 本件の合意は持株会と従業員との間の合意です。誰と誰の間で、いつ、どの書面により合意したとされているのかを確認します。 |
| 一貫した運用 | 他の退職者が実際に同じ価格で売却しているか、例外的な取扱いがなかったかを確認します。 |
譲渡承認請求の手続をとる前に合意の有無を確認します
本件では、元従業員Cが株式譲渡先指定請求をした時点で売却の意思が確定的になったとして、持株会Bとの間の買戻しの効力が生じたと判断されました。買戻しの合意があるとされる場合、譲渡承認請求等の手続をとること自体が合意の発動につながり得ます。手続を始める前に、取得時の書面、会則、確認書等を確認し、どのような合意があったとされているのかを把握しておくことが大切です。
本判決が扱っていない事項
- 本判決は、日刊新聞法に基づく定款の定めと社員株主制度を有する会社の事案です。そのような法律上の根拠を持たない一般の非上場会社の持株会や、会社と従業員との間の買戻しの合意について、判断を示したものではありません。
- 取得価格と売却価格が異なる場合、ルールの内容を認識していなかった場合、取得が事実上強制されていた場合、長年にわたり配当が一切行われていない場合について、本判決は判断していません。本判決はこれらの事情がうかがわれないことを前提としています。
- 本判決は、株式の適正な価格がいくらであるかを判断したものではありません。
- 相続により株式を取得した相続人と持株会との関係について、本判決は判断していません。
- 本件の株式の譲渡は旧商法の下で行われたものであり、会社法第136条以下の譲渡承認請求の手続における取扱いが正面から争われたものではありません。
よくあるご質問
持株会の規約に「額面で買い戻す」と書いてあれば、必ず額面で返さなければなりませんか。
必ずそうなるとはいえません。本判決は、法律に基づく社員株主制度、取得価格も額面であったこと、内容を認識した上での自由意思による取得、配当を一切行わずに利益を留保していたような事情がないことなどを挙げた上で、合意を有効と判断しました。これらの事情が欠ける場合には、合意の効力を争う余地があると当事務所は考えます。
本判決で最高裁判所が重視した事情は何ですか。
判決本文は、制度の目的と合理性、株式に市場性がなく取得価格も額面であったこと、従業員がルールの内容を認識した上で自由意思により取得し、取得を事実上強制されていなかったこと、多額の利益を計上しながら特段の事情もなく一切配当をせず内部に留保していたような事情がないことを順に挙げています。
会社が長年配当をしていない場合はどうなりますか。
本判決は、多額の利益を計上しながら特段の事情もないのに一切配当を行うことなくすべて内部に留保していたような事情は見当たらないことを、有効と判断する際の事情の一つとして挙げています。そのような事情がある事案について本判決は判断していませんので、本判決の判断がそのまま及ぶとは限りません。
本件で、元従業員Cが元従業員Dとの間で結んだ1株1000円の売買はどうなりましたか。
持株会Bが買受人指定の法定期間の経過前に本件株式を取得し会社Aの承認を得ていたため、元従業員Cと元従業員Dとの間の譲渡については旧商法の譲渡承認擬制の適用がなく、会社Aに対する関係で効力が生じないとされました。本件株式は持株会Bに帰属するとされました。
根拠条文
- 会社法第107条(株式の内容についての特別の定め)、第127条(株式の譲渡)
- 民法第90条(公序良俗)
- 日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の株式の譲渡の制限等に関する法律第1条
- 平成17年法律第87号による改正前の商法第204条第1項、第204条ノ2(本件当時)
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本ページは、持株会が額面で株式を買い戻す合意を有効とした最高裁判所の判決とその第一審・控訴審について、有効とされた事情を判決本文に即して整理するページです。額面での譲渡の合意について判決の射程が及ばないと考えられる類型や、退職時の株式の扱いは、次のページで扱います。
具体的なご相談をお考えの皆様へ
退職時に株式を額面で返すよう求められている場合や、譲渡制限株式の売却についてのご相談は、次のページをご覧ください。




