株式買取請求権裁判例分析3(旧カネボウ事件東京地裁)
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旧カネボウ事件の東京地方裁判所の決定に関するメインのページです。本ページは、株主の側から、株式買取請求における価格の算定と減価の扱いについて第一審の判断をご説明します。同じ事件の高等裁判所の判断は別のページをご参照ください。
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株式買取請求権裁判例分析3(旧カネボウ事件東京地裁)
旧カネボウの営業譲渡に際して、少数株主から、平成17年法律第87号による改正前の商法245条ノ2に基づく反対株主の株式買取請求権が行使された事案です。
平成17年法律第87号による改正前の商法245条ノ2の「公正ナル価格」の算定に当たり、DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法)による評価が相当であるとされ、同法により1株当たりの買取価格が決定されました。
なお、この場合に、マイノリティ・ディスカウント(非支配株式であることを理由とした減価)や非流動性ディスカウント(市場価格のないことを理由とした減価)を行うことの可否、さらには、スモール・ビジネス・リスク・プレミアムを加重平均資本コストに基づく割引率に加味することの可否も争われました。
本稿で取り上げるのは、東京地方裁判所平成20年3月14日決定(平成18年(ヒ)第256号ほか 各株式買取価格決定申立事件。判例タイムズ1266号120頁、金融・商事判例1289号8頁、判例時報2001号11頁)です。本件は反対株主の株式買取請求権の事案であり、譲渡制限株式の売買価格の決定の申立てとは制度が異なります。
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旧カネボウの支配株主
トリニティ社:普通株式 2181万4229株
:C種株式1億1513万1500株
持ち株数:1億3694万6729株(議決権のある株式の総数1億6641万5057株。発行済株式総数は2億2641万5057株)
持ち株比率:約82%
旧カネボウの少数株主
少数株主 :議決権のある株式100株から145万余株
:(議決権のある株式1億6641万5057株)
:各申立人の持ち株割合はいずれも1%に満たない極少数株主
本件の事実関係と当事者が主張した1株当たりの価額
本件の組織再編行為は、旧カネボウが平成18年4月14日の取締役会で決議した主要3事業の営業譲渡です。旧カネボウは東京証券取引所第1部の上場会社でしたが、有価証券報告書の虚偽記載を理由に平成17年6月13日に上場が廃止され、最終株価は1株360円でした。価額について、申立人らは1株1578円(一部の申立人は1491円)、1株1392円又は1株950円をそれぞれ主張し、会社側は公開買付けの買付価格である1株162円を主張しました。本決定は、いずれの主張額も採用せず、1株360円と決定しました。
株式買取請求権裁判例における株式価値評価の方針
【判旨】旧商法245条ノ2によれば,営業譲渡に反対した株主は,会社に対して,自己の保有する株式を「公正ナル価格」で買い取るべきことを請求できることを定めているが,この制度は,会社が営業譲渡を決定した場合,反対株主に対して投下資本を回収する途を保障することを目的とするものである。
そして,裁判所が決定する「公正ナル価格」とは,「(営業譲渡の)承認ノ決議ナカリセバ其ノ有スベカリシ公正ナル価格」であって,客観的に明らかになっている過去の一定時点における株式価格をいうわけではないから,「公正ナル価格」の特質からみて,考慮される事情は多岐にわたると考えられるが,法が価格決定の基準について格別の規定をおいていないことからすると,法は価格決定を裁判所の合理的な裁量に委ねていると解することができる(最一小決昭和48年3月1日・民集27巻2号161頁参照)。
したがって,裁判所は,「公正ナル価格」,すなわち,営業譲渡が行われずに会社がそのまま存続すると仮定した場合における株式の価値の算定に当たっては,一切の事情を斟酌して,反対株主の投下資本回収を保障するという観点から合理的な価格を算定することになる。
価格の基準時は、営業譲渡を決議した取締役会の日である平成18年4月14日です。「公正ナル価格」は営業譲渡がされなかったと仮定した場合の株式の価値であり、過去の一定時点の株価そのものを指すものではありません。割引率のリスクフリー・レートには、前日である平成18年4月13日時点の新規発行の長期国債の利回りが用いられました。
支配権の移動を考慮することの要否
【判旨】次に,支配権の移動という観点からの評価が必要か否かを検討する。・・・トリニティ社は,相手方の株主総会において自社のみの賛成で特別決議を可決することができ,相手方の株式の圧倒的多数の株式を保有し,本件買取請求の帰趨にかかわらず,既に相手方の支配権を確保しているということができる。
そうだとすると,申立人らがその所有する相手方の株式を手放したとしても,相手方における会社の支配権に対して与える影響はほとんど考えられず,本件における買取価格の算定については,支配権の移動という観点から株式価格を評価する必要はないというべきである。
以上によれば,本件においては,相手方の普通株式の価格を算定するに当たっては,専ら,相手方の継続企業としての価値を評価するという観点から判断手法を選択すれば十分であり,当該判断を覆すに足りる的確な証拠は存在しない。
株式買取請求権裁判例において採用された株式価値評価方法
結論・・・DCF法
※本決定は、反対株主の株式買取請求権の制度趣旨について、営業譲渡に反対した株主に対し投下資本を回収する途を保障することを目的とする制度であり、また、多数株主によって会社からの離脱を余儀なくされた少数株主の経済的損失を保護することを目的とする制度であるとしています。本決定は、この制度趣旨から、営業譲渡がされずに会社がそのまま存続すると仮定した場合の継続企業としての価値を評価するという観点に立ち、収益方式の代表的手法であるDCF法を採用しました。
| 【判旨】当該営業譲渡が行われなかったと仮定した場合における相手方の継続企業としての価値を評価するについて,どのような評価方法が相応しいかについて検討する。本件鑑定人の株式鑑定評価意見書によれば,①収益方式(インカム・アプローチ)は,評価対象会社から将来期待することができる経済的利益を当該利益の変動リスク等を反映した割引率により現在価値に割り引き,株主等価値を算定する方式であること。 ②収益方式の代表的手法として,DCF法があること。 ③DCF法は,将来のフリー・キャッシュ・フロー(=企業の事業活動によって得られた収入から事業活動維持のために必要な投資を差し引いた金額)を見積り,年次ごとに割引率を用いて求めた現在価値の総和を求め,当該現在価値に事業外資産を加算したうえで企業価値を算出し,負債の時価を減算して株式等価値を算出して株主が将来得られると期待できる利益(リターン)を算定する方法であることが認められる。 本件において,継続企業としての価値の評価に相応しい評価方法は,収益方式の代表的手法であるDCF法ということができ,相手方の株式価格の評価に当たっては,DCF法を採用することが相当である。 |
裁判所が示した算定の道筋と1株当たりの価額の算式
本決定が採用した鑑定の結果によれば、事業価値は、食品事業224億2600万円、ホームプロダクツ事業366億3400万円及び薬品事業301億1200万円の合計から、撤収部門の80億4900万円のマイナスを差し引いた811億2300万円です。非事業用資産は、積極財産220億6600万円から消極財産133億2800万円を差し引いた87億3800万円であり、企業価値は合計898億6100万円となります。
議決権のない2種類の優先株式は負債として扱われ、その払込金額300億円が企業価値から控除されます。他方、劣後株式は、普通株式1株の割合で普通株式に転換することができることから、普通株式と区別されません。したがって、1株当たりの価額は、(898億6100万円-300億円)÷(5128万3557株+1億1513万1500株)=598億6100万円÷1億6641万5057株≒360円(1円未満は四捨五入)となります。
資本コストは、リスクフリー・レート1.875%に、ベータ値と株式リスクプレミアム8.50%の積を加えて求められ、食品事業は1.875+0.677×8.50=7.63%、ホームプロダクツ事業は1.875+0.598×8.50=6.96%、薬品事業は1.875+0.521×8.50=6.30%です。負債コストは1.875+3.23=5.105%であり、実効税率40.69%を考慮して5.105×(1-0.4069)=3.03%とされました。永久成長率は0%です。
配当還元方式の不採用
【判旨】相手方は,本件営業譲渡の当時,産業再生機構の支援を受けている事業再生途上の企業で,配当を行うことができる状況にはなかったこと,相手方について一般に妥当とされる配当額を求めることは困難であること,事業再生途上の企業は成長性や成長率が必ずしも明確とは言い難いことが認められる。
そうだとすると,相手方の株式を算定するに当たって,実際配当還元法,標準配当還元法及びゴートンモデル法のいずれの方式も考慮することは相当ではなく,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
純資産方式の不採用
【判旨】
①純資産方式とは,一定時点における会社の資産・負債の評価差額をもって株式価値をする方式で,簿価純資産方式,時価純資産方式,国税庁により行われている財産評価基本通達の規定に基づいて評価する方式,処分価格純資産方式があること。
②純資産方式のいずれの方式も,企業の有する資産から負債の額を控除した株主の持分としての純資産に着目して企業価値及び株価を評価する静的価値に着目した評価方法であることが認められる。相手方の株式を算定するに当たっては,相手方の継続企業としての価値を算定する観点から判断する必要があるところ,純資産方式は,上記でみたとおり,事業継続を前提とする会社においてその企業価値を評価する方法ではないから,本件ではこの方式を考慮するのは相当ではないということになる。
取引事例方式及び類似会社比準方式の不採用
本決定は、会社側が主張した取引事例方式も採用していません。公開買付けにより取得された株式が2181万4229株であるのに対し、買取請求の対象は合計約677万株にとどまり、取引量が同程度とはいえないことが理由です。支援先の選定の過程で行われた1株201円での劣後株式の譲渡も、特殊な条件の下での取引であるとして参考とされていません。類似会社比準方式についても、事業再生の途上にある会社であって、そのような状況にない上場会社とは経営状況が大きく異なるとして、採用されていません。
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株式買取請求権裁判例の株式価値評価方法におけるディスカウントについて
非上場会社の反対株主の株式買取請求権に基づく買取価格の決定に際して、マイノリティ・ディスカウント、非流動性ディスカウント及びスモール・ビジネス・リスク・プレミアムを考慮することは相当でないとの判断が示されました。
本決定は、反対株主の株式買取請求権の制度趣旨について、次のとおり、「株式買取請求権の制度は,多数株主によって会社から離脱することを余儀なくされた少数株主の経済的損失を保護することを目的としたもの」「少数株主は株式売却を意図していないにもかかわらず譲渡を余儀なくされた」と述べ、少数株主を保護するための制度であるとしています。
そして、本決定は、継続企業としての価値を評価するという観点からDCF法を採用した上で、株主が進んで株式を売却することを前提とした非流動性ディスカウントを考慮すべきではないとし、マイノリティ・ディスカウント及びスモール・ビジネス・リスク・プレミアムについても、いずれも客観的な根拠を欠く価格交渉上の調整事項であるとして、これらを考慮しないものと判断しました。
非流動性ディスカウントの不採用
【判旨】市場価格のないことを理由とした減価(非流動性ディスカウント)。事業の合併・買収取引に際して非公開会社を評価する場合,当該会社の株式の流動性の欠如を理由とするディスカウントを加味するのが一般的である。
しかしながら,株式買取請求権の制度は,多数株主によって会社から離脱することを余儀なくされた少数株主の経済的損失を保護することを目的としたものであり,少数株主は株式売却を意図していないにもかかわらず譲渡を余儀なくされたのであるから,株主が進んで株式を売却することを前提とした非流動性ディスカウントを考慮すべきではない。
相手方は,非上場会社の株式の場合,換価が困難なため売却に費用がかり,資本コストが上昇するため,実務上,非流動性ディスカウントを考慮することが一般に承認されているのに,この点を考慮していない本件鑑定は不合理であると主張するので,その主張の正否を検討する。
本件鑑定によれば,本件鑑定人は,本件株式買取価格の決定においては,株式売却を意図していない少数株主が会社から離脱することを余儀なくされた場合における少数株主に対する売却を前提とする非流動性ディスカウントを考慮する必要はないこと,また,非流動性ディスカウントによる調整は客観的な根拠がなく,鑑定の客観性を担保する観点をも考慮してこれを採用しなかったことが認められる。
以上のような本件鑑定人の判断は,専門的学識と経験に基づき行った判断として十分合理性があり,本件鑑定に不合理はないというべきである。よって,この点に関する相手方の上記主張は理由がない。
本決定が非流動性ディスカウントを否定したのは、反対株主の株式買取請求権という、売却を意図しない少数株主が会社からの離脱を余儀なくされる場面についてです。この判断を譲渡制限株式の売買価格の決定の場面にそのまま及ぼすことはできません。なお、本件の抗告審の判断は、別稿の株式買取請求権裁判例分析2で取り上げています。
マイノリティ・ディスカウントの不採用
【判旨】非支配株式を理由とした減価(マイノリティ・ディスカウント)。このような調整は客観的な根拠があるわけではなく,通常は,売買当事者の価格交渉において使われる調整事項であることを考慮して,マイノリティ・ディスカウントという考え方は採用しない。
スモール・ビジネス・リスク・プレミアムの不採用
【判旨】スモール・ビジネス・プレミアム。このような概念による減価は考慮しない。・・・相手方は,小規模な会社は大規模な会社と比べて事業の安定性や信用力の点でリスクが高く資本コストが上昇するため,実務上,スモール・リスク・プレミアムを考慮するのが一般的であるのに,これを考慮していない本件鑑定は不合理であると主張するので,その主張の正否を検討する。
本件鑑定(回答書14頁)によれば,本件鑑定人は,スモール・リスク・プレミアムは売買当事者が価格交渉で使用する調整事項であって,客観的根拠があるわけではないため,鑑定の客観性を担保する観点からこれを採用しなかったことが認められる。
以上のような本件鑑定人の判断は,専門的学識と経験に基づき行った判断として十分合理性があり,本件鑑定に不合理な点はないというべきである。よって,この点に関する相手方の上記主張は理由がない。
鑑定費用の負担
本決定は、鑑定費用5420万円を、当事者の主張額と決定額との乖離率に応じて負担させ、申立人らの負担を合計4531万2097円、会社側の負担を888万7903円としました。申立人の負担額は、5420万円×その申立人の所有株式数÷申立てに係る全株式数×(その申立人の主張額-360円)÷(その申立人の主張額-162円)という算式によります。
参考:裁判例
【旧カネボウ事件東京地裁決定】
【裁判所】
東京地方裁判所
【事件の種類】
各株式買取価格決定申立事件
【事件番号】
平成18年(ヒ)第256号ほか
【決定日付】
平成20年3月14日
【掲載誌】
判例タイムズ1266号120頁、金融・商事判例1289号8頁、判例時報2001号11頁
【判旨概要】
旧商法245条ノ2の「公正ナル価格」すなわち営業譲渡が行われずに会社がそのまま存続すると仮定した場合における株式の価値の算定に当たっては、裁判所の合理的な裁量に委ねられており、一切の事情を斟酌して、反対株主の投下資本回収を保障する観点から合理的な価値を算定するが、本件において基本的には相手方の継続企業としての価値を評価すべきであるところ、収益方式のうち代表的な方式であるDCF法を採用することが相当である。
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