会社から株式を無償で返すよう求められた場合の対応

この記事の位置付け

本記事は、会社又は支配株主から、対価を零として、すなわち無償で株式を返すよう求められている場面を扱います。取得のときに額面額(固定額)で譲渡する旨の合意をしていた場合、すなわち対価が定められている場合、従業員持株会という仕組みそのものの説明、株主であることを会社に認めさせる手続、株主名簿の名義書換えの請求の書式及び株式の評価方法については、次の関連するページに整理していますので、ご自身の場面に近いものからご覧ください。

本記事の全体像は、中核となるページである退職した会社の非上場株式を買い取ってもらう方法をご覧ください。

関連するページ 取得のときに額面額(固定額)で譲渡する合意をしていたら、その価格でしか売れないのか従業員持株会の株式は本当に額面で返すのか会社から「あなたは株主ではない」と言われたとき株主名簿の名義書換請求とは

退職の手続を進めておられる最中に、あるいは会社の世代交代の話が持ち上がった時期に、会社又は支配株主から、保有しておられる株式を無償で返すよう求められることがあります。「従業員が持っている株式は、退社のときに無償で返すのが当社の決まりである」「もともと名義を借りていただけであって、実質的な株主ではない」といった説明が添えられることも少なくありません。求められている側からは、断ることのできない事柄であるかのように見えます。

しかし、株式は財産権ですので、無償で手放す義務が当然に生ずるものではありません。返還の求めに応ずるかどうかは、返還を義務付ける合意が現に存在するか、その合意が有効か、そして応じた場合に生ずる課税を負担してよいかという3点を確かめた上で判断すべき事柄です。逆に申し上げますと、有効な合意が現に存在する場合もありますので、応ずる必要はないと直ちに決めてしまうことも適切ではありません。

目次
  1. 無償で返す義務が当然に生ずるものではありません
    1. 株式は財産権ですので、返還の義務は当然には生じません
    2. 「決まりである」という説明の位置付け
    3. 会社の側が主張する根拠は3つの型に分かれます
    4. まず根拠を書面により示すよう求めます
  2. 返還を義務付ける合意があると言われた場合
    1. 合意の存在は会社の側が示すべきものです
    2. 入社時の書面、持株会の規約、誓約書のいずれによるのか
    3. 合意の内容が「無償」であるのか「額面」であるのか
    4. 合意の対象が本人であるのか相続人であるのか
  3. 合意があるとしても効力が争われ得る場合
    1. 意思表示に錯誤がある場合
    2. 強迫又は詐欺による場合
    3. 内容が著しく不当であり公序良俗に反する場合
    4. 会社の側の事情の変更により前提が失われた場合
  4. 名義を借りていただけであると言われた場合
    1. 名義株であるとの主張の意味
    2. 株主であることを示す資料
    3. 払込みの原資に関する主張
    4. 株主名簿の記載の意義
  5. 無償で応じた場合に生ずる課税
    1. 個人から個人への無償の移転において生じ得る課税
    2. 個人から法人への無償の移転において生じ得る課税
    3. 課税が生ずる場合に誰が負担するのか
    4. 応ずる前に税理士へ確かめるべき事項
  6. 応じない場合に何が起きるか、そのときの進め方
    1. 会社が採り得る対応と、その限界
    2. 株式の買取りを求める側に立ち直す方法
    3. 株式譲渡承認請求へ進む場合の手順
    4. 記録の残し方と、してはならない対応
  7. よくあるご質問
    1. 入社のときに誓約書に署名しています。もう応ずるほかないのでしょうか
    2. 既に無償で返してしまいました。今からできることはありますか
    3. 父から相続した株式について、無償で返すよう求められています
    4. 会社が株主名簿の名義書換えに応じてくれません
    5. いつまでに対応する必要がありますか
    6. 応じなければ、在職している家族や同僚に不利益が及ばないでしょうか

無償で返す義務が当然に生ずるものではありません

最初に出発点を確かめます。無償での返還を求められている場面において、法律上の原則がどちらに置かれているのかという点です。ここを取り違えますと、以後の交渉の組立てが狂います。

株式は財産権ですので、返還の義務は当然には生じません

株式は、剰余金の配当を受ける権利、残余財産の分配を受ける権利及び株主総会における議決権を主な内容とする財産権です。財産権である以上、これを手放すかどうか、いくらで手放すかは、原則として保有しておられる方ご自身が決める事柄です。会社が株式を差し出すよう求めることができるのは、返還を義務付ける合意が別に存在する場合、又は法律が特にこれを認めた場合に限られます。

会社法は、株主の意思によらずに会社の側から株式の取得を進めることを、限られた場面についてのみ認めています。相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対する売渡しの請求(会社法第174条から第177条まで)が、その代表的なものです。もっとも、これは定款の定めを前提とする制度であり、しかも「売渡し」の請求ですので、対価の定めを伴います。無償で株式を差し出すことを株主に一般的に義務付ける規定は、会社法には置かれていません。

「決まりである」という説明の位置付け

「当社ではそういう決まりになっている」という説明は、社内の慣行を述べたものにすぎない場合があります。慣行は、それ自体で株主の財産権を失わせる効力を持ちません。長年にわたり例外なく続けられてきた取扱いであっても、皆様との間に合意が成立していなければ、皆様を拘束する根拠にはなりません。

もっとも、慣行として説明されている内容が、実は入社のときに署名した書面に条項として置かれている、という場合もあります。会社の説明が慣行を述べたものであるのか、合意を根拠とするものであるのかを、まず切り分ける必要があります。担当者自身が両者を区別しないまま説明していることが多いため、書面により根拠を示すよう求めることが、最も確実な方法です。

会社の側が主張する根拠は3つの型に分かれます

実務上、会社の側が述べる根拠は、次の3つの型のいずれかに整理することができます。どの型であるかによって、確かめるべき資料が異なります。

主張の型 会社の説明の例 確かめる資料
合意によるもの 入社のときに署名した書面に、退職のときは無償で返す旨の条項がある 入会申込書、誓約書、株式に関する覚書、持株会の規約及びその交付の記録、退職の手続において差し入れた書面
名義株であるとするもの 名義を借りていただけであり、払込みは会社又は創業者が行った 払込みの記録、給与又は賞与からの控除の記録、株主名簿、法人税申告書別表二の写し、配当の受領の記録
慣行によるもの 従前から退職者は全員無償で返している 過去に返還した株主の有無に関する回答、社内規程、株主名簿の異動の記録

3つの型のうち、法律上の根拠となり得るのは、原則として合意によるものだけです。慣行によるものは、それのみでは根拠になりません。会社が3つを重ねて説明している場合には、いずれを根拠とするのかを明示するよう求めてください。

まず根拠を書面により示すよう求めます

口頭のやり取りは記録に残らず、後になって双方の記憶が食い違います。会社に対しては、期限を区切った上で、次の4点を明示した書面による回答を求めます。

求める事項 記載を求める内容
根拠となる書面の特定 返還の義務の根拠とする書面の標題、作成の年月日及び保管の場所。あわせて写しの交付を求めます
合意の日 その書面に署名し、又は記名押印したとされる年月日
当事者 合意の相手方が会社であるのか、持株会であるのか、支配株主個人であるのか
対価の定めの有無 返還の対価を零とする定めが置かれているのか、額面額その他の金額が定められているのか

この4点を書面により求めますと、多くの事案において会社の説明は変わります。根拠となる書面が示されない場合、あるいは示された書面に対価を零とする定めが置かれていない場合には、交渉の出発点は、無償での返還を義務付ける合意が存在しないという前提に移ります。回答が得られないという事実自体が、交渉における材料です。退職に伴い株式の返還を求められている場合の当事務所の取扱いは、退職したら株式を額面で返せと言われてお困りの方へのご案内に整理しています。

返還を義務付ける合意があると言われた場合

会社が「合意がある」と述べた場合には、次に、その合意の内容と当事者とを確かめます。合意があると言われた段階で応ずる必要はありません。合意の存在と、その合意が現在の場面に適用されることとは、別の事柄です。

合意の存在は会社の側が示すべきものです

株式を無償で返す義務があると主張しているのは会社の側ですので、その根拠となる合意が存在することは、会社の側が示すべき事柄です。皆様の側が「合意はなかった」ことを示さなければならないわけではありません。手元に書面が残っていないという事情は、皆様にとって不利な事情ではありません。むしろ、会社が書面を保管しているはずですので、その提示を求めることが筋道です。

会社が「書面は保管期間の経過により廃棄した」「当時の担当者が退職しており分からない」と述べる場合には、その旨を書面により回答するよう求めてください。合意の内容を特定することができないのであれば、その合意に基づいて義務が生ずるという主張は成り立ちにくくなります。

入社時の書面、持株会の規約、誓約書のいずれによるのか

根拠とされる書面は、大きく3つに分かれます。入社のときに一括して署名した書類の一葉、持株会の規約、そして退職の手続の中で差し入れた誓約書です。いずれであるかによって、検討の順序が変わります。

入社のときの書面であれば、当時どのような説明を受けたのか、写しの交付を受けたのかが問題となります。持株会の規約であれば、規約の交付を受けていたか、現在も会員であるのかが問題となります。退職の手続の中で差し入れた誓約書であれば、退職届や貸与品の返還に関する確認書と一括して綴られた書面の一葉に条項が置かれていることが多く、署名の時点でその条項があることを認識していたかが問題となります。

合意の内容が「無償」であるのか「額面」であるのか

書面が示された場合には、対価の定めを最初に読みます。実務上、この種の条項の多くは「取得したときと同じ金額で譲渡する」「額面額により譲渡する」という定め方をしており、対価を零とする定めは、それに比べてはるかに少数です。会社が口頭では「無償で返してほしい」と述べていながら、書面には額面額での譲渡が定められている、という食い違いが生じている事案があります。この場合、会社の求めは、書面の定めを超えたものということになります。

額面額その他の固定額で譲渡する旨の定めについては、その効力が認められる場合と、効力が認められた事案の前提を欠くために同じ判断が及ばないと考えられる類型とがあります。当事務所は、この点について5つの類型を掲げ、取得のときに額面額(固定額)で譲渡する合意をしていたら、その価格でしか売れないのかにおいて詳述しています。対価が定められている事案であれば、そちらの整理に従って検討することになります。

これに対し、対価を零とする返還の求めは、取得のときに支払った金額と返還のときに受け取る金額とが対応するという関係が、そもそも成り立ちません。額面額での譲渡について述べられている議論が、そのまま当てはまる場面ではないということです。したがって、書面に額面額の定めが置かれている事案であるのか、対価の定めが全く置かれていない事案であるのかを、最初に区別してください。この区別を誤りますと、争うべき論点を取り違えます。

合意の対象が本人であるのか相続人であるのか

書面に署名したのがご本人であっても、現に株式を保有しておられるのが相続人であるという場合があります。相続人は、従業員でも持株会の会員でもありません。相続人がその書面にどこまで拘束されるかは、条項の定め方及び承継の経緯によって、慎重に検討すべき問題です。

なお、定款に相続人等に対する売渡しの請求の定めが置かれている会社では、会社は、相続その他の一般承継があったことを知った日から1年以内に限り、売渡しを請求することができます(会社法第176条第1項)。この請求をするには株主総会の特別決議を要し、その決議において当該相続人は原則として議決権を行使することができません(会社法第175条)。これは売渡しの請求ですので、対価を零とすることを認めるものではありません。期間及び手続の要件を満たしているかを、必ず確かめてください。

合意があるとしても効力が争われ得る場合

書面が示され、そこに対価を零とする定めが置かれていた場合であっても、直ちに応じなければならないわけではありません。意思表示の効力を争うことができる場合があります。もっとも、いずれの主張も、事情の積み重ねによって判断されるものです。要件を満たせば当然に認められるというものではありませんので、資料を集めた上で見極めます。

意思表示に錯誤がある場合

民法第95条第1項第2号は、法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤に基づく意思表示について、その錯誤が重要なものであるときは取り消すことができる旨を定めています。株式に相応の価値があることを知っていれば署名しなかった、という場合が典型です。ただし、この場合には、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたことを要します(同条第2項)。また、表意者に重大な過失があったときは、原則として取消しを主張することができません(同条第3項)。

実務上は、署名の当時、株式の価値についてどのような説明を受けていたのかが問題となります。会社が「価値のないものである」と説明していた一方で、実際には相当の内部留保が蓄積されていた、という事案では、この点が正面から争点となります。

強迫又は詐欺による場合

民法第96条第1項は、詐欺又は強迫による意思表示を取り消すことができる旨を定めています。署名しなければ退職を認めない、退職金を支給しないと述べられた、といった経緯がある場合には、この点が問題となります。もっとも、強く求められたというだけでは足りず、畏怖を生じさせる程度の行為があったといえるかが検討されます。

詐欺については、株式の価値について事実と異なる説明を受け、それを前提として署名したという経緯が問題となります。いずれについても、当時のやり取りを裏付ける資料が重要です。同席していた方の存在、電子メールの記録、手帳の記載が手掛かりとなりますので、記憶が薄れないうちに整理してください。

内容が著しく不当であり公序良俗に反する場合

民法第90条は、公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は無効である旨を定めています。自らの資金により相当額を拠出して取得した株式について、長年にわたり配当を受けることもないまま、対価を全く受け取らずに手放すことを義務付けられるという内容は、その合理性が問われ得ます。

あわせて、会社法第109条第1項が、株式会社は株主をその有する株式の内容及び数に応じて平等に取り扱わなければならない旨を定めていることも、検討の材料となります。他の株主には無償での返還を求めていないにもかかわらず、皆様に対してのみこれを求めているという事情は、その求めの合理性を検討する際に意味を持ちます。同様の求めを他の株主に対しても行っているのか、過去に無償で返還した株主が現に存在するのかを、書面により確かめてください。

会社の側の事情の変更により前提が失われた場合

合意がされた当時に前提とされていた事情が、その後に失われている場合があります。制度の目的として説明されていた利益の分配が、長年にわたり配当が行われないことによって果たされていない場合、増資、株式分割又は合併によって1株当たりの価値が大きく変動している場合、持株会を退会し、又は持株会が解散して株式が個人名義に移されている場合です。

とりわけ、株式が個人名義に移されているのであれば、皆様は会社の株主そのものです。持株会の規約は、会員でなくなった後の個人株主を当然に拘束するものではありません。持株会という仕組みそのものの弱点については、従業員持株会の株式は本当に額面で返すのかをご覧ください。

なお、取消権は、追認をすることができる時から5年間行使しないとき、又は行為の時から20年を経過したときは、消滅します(民法第126条)。署名から相当の年数が経過している事案では、この期間を最初に確かめます。期間が経過している場合であっても、名義書換えが現に行われていなければ、株主としての地位に基づく主張が残りますので、諦める前に確かめてください。

名義を借りていただけであると言われた場合

会社が「名義を借りていただけである」と述べる場合があります。これは無償での返還を求める主張とは別の組立てですので、分けて検討します。この主張がされた場面では、返還に応ずるかどうかよりも先に、株主であることを裏付ける資料を確保することが優先されます。

名義株であるとの主張の意味

名義株とは、株主名簿に記載された者と、実際に払込みをした者とが異なる株式をいいます。会社が名義株であると主張するのは、皆様がそもそも株主ではないという主張です。株主ではないというのであれば、会社は返還を求める必要すらないはずです。にもかかわらず返還の書面への署名を求めてくるのは、株主として取り扱われてきた事実があることを、会社自身が認識しているためであることが少なくありません。

会社が「名義株であるから返してほしい」と述べている場合には、株主ではないというのであれば、いつの時点でどのような理由により株主でなくなったのかを明らかにするよう、書面により求めてください。

株主であることを示す資料

次の資料は、株主であることを裏付けるものです。全てが揃っている必要はありません。手元にあるものから確保してください。

資料 何を示すか 入手の方法
株主名簿の写し 会社に対する関係で株主として取り扱われていること 株主名簿の閲覧謄写の請求(会社法第125条第2項)
払込みの記録 株式の取得の対価を自ら負担したこと 預金通帳、振込みの控え
給与又は賞与からの控除の記録 拠出を継続して行ってきたこと 給与明細書、賞与明細書
配当の受領の記録 会社が株主として取り扱ってきたこと 預金通帳、配当金の計算書
株主総会の招集通知 会社が議決権を有する者として取り扱ってきたこと 手元の保管分
法人税申告書別表二の写し 同族会社の判定において株主として記載されていること 会社に対して開示を求めます
株券 株券発行会社における権利の帰属 手元の保管分

払込みの原資に関する主張

会社は、払込みの原資を創業者又は会社が負担したと主張することがあります。この主張に対しては、給与又は賞与からの控除の記録や振込みの控えが有力な反証となります。給与明細書が残っていない場合でも、当時の口座の入出金の記録から跡付けられることがあります。

資料が残っていない場合であっても、直ちに名義株として扱われるわけではありません。配当を受領してきた事実、株主総会の招集通知を受けてきた事実、法人税申告書別表二に株主として記載されてきた事実といった、会社の側の長年の取扱いが、株主であることを裏付ける事情となります。会社が長年にわたり株主として取り扱ってきたにもかかわらず、返還を求める段階になって初めて名義株であると主張し始めた、という経緯自体も、重要な事情です。

株主名簿の記載の意義

会社法第130条第1項は、株式の譲渡は、その株式を取得した者の氏名又は名称及び住所を株主名簿に記載し、又は記録しなければ、株式会社その他の第三者に対抗することができない旨を定めています。したがって、皆様の氏名が株主名簿に記載されている限り、会社は皆様を株主として取り扱う必要があります。仮に返還に同意する書面に署名していたとしても、名義書換えが現に行われていない以上、会社に対する関係では依然として株主です。書面が存在することと、株式が現に移転したこととは、別の事柄です。

本記事では、資料の一覧を示すにとどめます。株主であることを会社に認めさせる手続の進め方は会社から「あなたは株主ではない」と言われたときを、株主名簿の名義書換えの請求の手続及び書式は株主名簿の名義書換請求とはを、それぞれご覧ください。

無償で応じた場合に生ずる課税

無償で返すという処理は、税務上は無償による財産の移転ですので、課税が生ずる場合があります。会社から「無償で返すだけであるから、金銭の負担は生じない」と説明されることがありますが、この説明は正確ではありません。以下は生じ得る課税の型を整理したものであり、適用の有無及び金額は事案により異なります。実際の判断は、必ず税理士に確かめてください。

個人から個人への無償の移転において生じ得る課税

支配株主個人など、個人に対して無償で移転する場合です。相続税法第9条は、対価を支払わないで利益を受けた場合において、その利益に相当する金額を、その利益を受けさせた者から贈与により取得したものとみなす旨を定めています。また、相続税法第7条は、著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合について、同様の定めを置いています。すなわち、受け取った側に贈与税が課され得ます。

渡した側については、対価を受け取っていない以上、譲渡による所得は生じないのが原則です。もっとも、これは相手方が個人である場合の整理であり、相手方が法人である場合には、取扱いが大きく異なります。

個人から法人への無償の移転において生じ得る課税

会社そのものに対して無償で移転する場合、すなわち会社が自己株式として取得する場合です。所得税法第59条第1項は、法人に対する贈与又は著しく低い価額の対価による譲渡について、その時における価額に相当する金額により譲渡があったものとみなす旨を定めています(同項第1号及び第2号)。対価を1円も受け取っていないにもかかわらず、時価により譲渡したものとみなされ、所得税が課され得るということです。これが、無償での返還に応ずる場合の最も大きな危険です。

あわせて、会社が無償で自己株式を取得したことにより、他の株主が保有する株式の価値が増加する場合には、その増加分について他の株主に対する課税が問題となり得ます。無償での返還は、皆様のみならず、他の株主にも影響を及ぼす可能性があります。

移転の形 渡す側 受け取る側 他の株主
個人から個人へ無償で移転する場合 対価を受け取っていない以上、譲渡による所得は生じないのが原則です 贈与により取得したものとみなされ、贈与税が課され得ます(相続税法第7条、第9条) 直接の課税は通常は生じません
個人から法人へ無償で移転する場合(会社が自己株式として取得する場合を含みます) 時価により譲渡があったものとみなされ、所得税が課され得ます(所得税法第59条第1項) 受贈益が生じ得ます 保有する株式の価値が増加する場合には、課税が問題となり得ます

上の表は、生じ得る課税の型を整理したものです。適用があると断定するものではありません。株式の時価がいくらと評価されるか、当事者の関係がどのようなものかによって結論は異なりますので、税務の詳細は必ず税理士の判断を経てください。

課税が生ずる場合に誰が負担するのか

会社がその税額を負担するという合意が別に存在しない限り、負担するのは皆様です。無償で手放したにもかかわらず、納税のための資金だけを別に用意しなければならないという事態が生じ得ます。担当者が「税務上の問題は生じない」と説明する場合には、その裏付けを確かめてください。

「税務署に確認済みである」と述べられた場合には、いつ、どの部署に対し、どのような事実関係を前提として照会したのかを、書面により明らかにするよう求めてください。前提とされた事実が実際と異なっていれば、その回答は皆様の事案には当てはまりません。

応ずる前に税理士へ確かめるべき事項

  • 対象となる株式の1株当たりの時価が、いくらと評価されるか
  • 移転の相手方が個人であるか法人であるかによって、どの規定の適用が問題となるか
  • 時価により譲渡があったものとみなされる場合に、所得税の額はいくらと見込まれるか
  • 申告及び納付の期限がいつであるか
  • 他の株主に対して課税が生ずる可能性があるか

これらは、いずれも書面に署名する前に確かめるべき事項です。署名し、名義書換えが行われた後に税額が判明したとしても、既に生じた課税を遡って避けることは容易ではありません。返還の求めに期限が付されている場合であっても、税務の確認を経るための時間を求めることは、正当な求めです。当事務所の取扱いは、退職に際して株式の返還を求められている方々へのご案内に整理しています。

応じない場合に何が起きるか、そのときの進め方

応じない場合に何が起きるのかは、多くの方が最も気にされる点です。結論から申し上げますと、会社が皆様の意思によらずに株式を取り上げる方法は、原則としてありません。以下では、会社が採り得る対応とその限界を整理した上で、買取りを求める側に立ち直すための進め方を述べます。

会社が採り得る対応と、その限界

会社法第155条第13号及び会社法施行規則第27条第1号は、株式会社が自己の株式を無償で取得する場合を、自己株式の取得が許される場合の一つとして定めています。会社が「会社法上、無償で取得することができることになっている」と説明するのは、この定めを指しているものと思われます。しかし、この定めは、株主が無償で手放すことに同意した場合に会社がこれを受け取ることができるという趣旨のものであり、株主に対して手放すことを義務付ける根拠となるものではありません。会社が取得することができることと、株主が差し出さなければならないこととは、別の事柄です。

次に、譲渡制限との関係です。非上場会社の株式には、譲渡による取得について会社の承認を要する旨の定めが置かれていることが通常です(会社法第107条第1項第1号)。この定めは、誰に譲渡するかについて会社の承認を要するというものであり、対価を零とし、又は額面額に固定する定めではありません。会社が承認をしない場合には、会社又は指定買取人が買い取ることになります(会社法第140条)。譲渡制限は、株式を無償で手放す理由にはならず、むしろ買取りへ進む道につながっています。

現実の対応としては、会社が名義書換えに応じない、配当を支給しない、株主総会の招集通知を送付しないといった態度に出ることがあります。これらは株主としての権利の行使を妨げるものであり、それ自体が争いの対象となります。応じないことにより直ちに株式を失うわけではありません。

株式の買取りを求める側に立ち直す方法

無償で返すよう求められている場面は、見方を変えれば、会社が皆様の株式を取得したいと考えている場面です。対価を伴う取得の交渉に組み替えることができます。会社が取得を急いでいるとすれば、それ自体が、その株式に相応の価値があることの現れです。

組み替えの出発点は、会社の財務内容を把握することです。計算書類等の閲覧謄写の請求(会社法第442条第3項)には、持株数の要件がありません。会計帳簿の閲覧謄写の請求(会社法第433条第1項)は、総株主の議決権の100分の3以上又は発行済株式の100分の3以上を有する株主が行うことができます。純資産の額及び保有する不動産の含み益を把握した上で、価格を主張していくことになります。退職者及び元役員の株式の買取りの進め方の全体は、退職した会社の非上場株式を買い取ってもらう方法に整理しています。

株式譲渡承認請求へ進む場合の手順

交渉が調わない場合には、株式譲渡承認請求の手続へ進みます。手順は次のとおりです。

  • 譲受人を特定した上で、株式譲渡承認請求を行います(会社法第136条)。承認をしない場合には会社又は指定買取人が買い取ることを請求する旨を、あわせて記載します(会社法第138条第1号)
  • 会社が承認をしない旨を決定した場合、会社又は指定買取人から買取りの通知がされます
  • 株式売買価格は協議により定めます。協議が調わないときは、通知があった日から20日以内に、裁判所に対して株式売買価格の決定を求める申立てをすることができます(会社法第144条第2項)
  • 裁判所は、会社の資産状態その他一切の事情を考慮して、株式売買価格を決定します(会社法第144条第3項)

この20日は極めて短い期間です。通知を受け取った日を必ず記録し、封筒も保管してください。期間を経過しますと、裁判所に価格の決定を求めることができなくなります。

記録の残し方と、してはならない対応

会社とのやり取りは、書面又は電子メールにより行い、控えを保存します。口頭で説明を受けた場合には、その内容を記した書面を送付し、認識に相違があれば指摘するよう求めます。相違の指摘がなければ、その書面が経緯を裏付ける資料として残ります。

  • 説明を受けないまま書面に署名すること。署名の後に効力を争うことは、容易ではありません
  • 白紙の書面、又は日付欄や金額欄が空欄の書面に署名すること
  • 株券を会社に預けること。返還を受けられなくなる例があります
  • 先に希望する金額を述べること。提示した金額が交渉の上限となります
  • 期間を数えないまま交渉を続けること。取消権の期間(民法第126条)及び株式売買価格の決定の申立ての20日の期間(会社法第144条第2項)を、常に意識してください
  • 会社の担当者と直接に感情的なやり取りをすること。窓口を一本化し、書面によるやり取りに統一することが、結果として早い解決につながります

書面に署名なさる前の段階でご相談いただければ、選び得る道は広く残されています。退職に際して株式の返還を求められている方々へのご案内に、当事務所の対応の進め方と費用の考え方を整理しています。

よくあるご質問

無償での返還を求められた方から実際に多く寄せられるご質問に、順にお答えします。いずれも事案により結論が異なり得るものですので、一般的な考え方としてお読みください。

入社のときに誓約書に署名しています。もう応ずるほかないのでしょうか

署名があるからといって、直ちに応ずるほかないということにはなりません。まず、その誓約書に対価を零とする定めが置かれているのかを確かめます。額面額その他の金額が定められているのであれば、無償での返還を求める会社の説明は、書面の定めを超えたものです。次に、署名の当時に説明を受けていたかを確かめます。現物又は写しの入手が出発点ですので、会社に交付を求めてください。

既に無償で返してしまいました。今からできることはありますか

まず、株主名簿の記載を確かめてください。名義書換えが現に行われていなければ、会社に対する関係では依然として株主です(会社法第130条第1項)。名義書換えが行われている場合であっても、意思表示の効力を争う余地が残っていることがあります。あわせて、課税の有無を確かめてください。時価により譲渡があったものとみなされる場合には、申告の必要が生じ得ます。いずれについても期間の制限がありますので、お早めにご相談ください。

父から相続した株式について、無償で返すよう求められています

相続人は、従業員でも持株会の会員でもありません。父上が署名された書面に相続人がどこまで拘束されるかは、条項の定め方と承継の経緯によって、慎重に検討すべき問題です。また、定款に相続人等に対する売渡しの請求の定めがある場合であっても、会社は相続を知った日から1年以内に、株主総会の特別決議を経て請求する必要があります(会社法第175条、第176条第1項)。しかも、これは売渡しの請求であり、対価の定めを伴います。手続の要件を満たしていない求めに応ずる理由はありません。

会社が株主名簿の名義書換えに応じてくれません

名義書換えの請求は、株主としての権利の行使に関わる重要な手続です。会社が正当な理由なくこれを拒む場合には、その拒絶自体が争いの対象となります。請求は書面により行い、送付の記録を残してください。手続の全体像と会社が応じない場合の対応は、株主名簿の名義書換請求とはに整理しています。

いつまでに対応する必要がありますか

場面によって異なります。意思表示の効力を争う場合の取消権は、追認をすることができる時から5年、行為の時から20年で消滅します(民法第126条)。株式譲渡承認請求の手続に進んだ場合、株式売買価格の決定の申立ては、買取りの通知があった日から20日以内です(会社法第144条第2項)。他方、会社から返還を求められているというだけの段階では、皆様の側に期限はありません。会社が「今週中に」と期限を切ってくることがありますが、それは会社の都合であって、法律上の期限ではありません。

応じなければ、在職している家族や同僚に不利益が及ばないでしょうか

株主としての権利を行使することと、在職している方の処遇とは、本来別の事柄です。株式の返還に応じないことを理由として在職者に不利益な取扱いをすることは、それ自体が問題となる行為です。ご心配な場合には、窓口を代理人に一本化し、会社との接触を書面に限る方法を採ります。

具体的なご相談をお考えの皆様へ

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