相続税評価額と実際の株式売買価格が違う理由
原則的評価方式においては、会社の総資産価額、従業員数、取引金額により大会社、中会社、小会社に区分され、区分に応じて用いる方法が定まります。類似業種比準方式は、同業種の上場会社の株価を基礎として、配当金額、利益金額、簿価純資産価額という比準要素を用いて算定するものです。純資産価額方式は、相続税評価額によって計算した純資産価額を基礎とし、評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除して算定するものです。
他方、特例的評価方式である配当還元方式は、経営に関与しない少数株主にとって株式の経済的意味が配当の受領に限られるという前提に立ち、過去の配当実績を基礎として算定するものです。配当が行われていない会社では、極めて低い数値となります。
ここで重要なのは、同じ会社の同じ1株であっても、これを取得する者が誰かによって適用される方式が異なり、評価額が大きく変わるという点です。相続税評価額は、株式そのものに一つの数値として付されるものではありません。
第3節 売買価格はどのように定まるか
これに対し、株式の売買における価格は、当事者間の合意によって定まります。会社に一般的な買取義務はありませんので、任意の買取交渉においては、双方が納得する金額でなければ取引は成立いたしません。
譲渡制限株式について株式譲渡承認請求を行い、会社又は指定買取人が買い取ることとなった場合には、売買価格は当事者の協議によって定めるものとされ、協議が調わないときは、買取りの通知があった日から20日以内に裁判所に売買価格の決定の申立てをすることができます(会社法第144条第1項、第2項、第7項)。裁判所は、この申立てがあったときは、譲渡等承認請求の時における会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならないとされております(同条第3項)。
すなわち、裁判所が考慮するのは、通達の定めではなく、会社の資産状態を含む一切の事情です。実務においては、純資産方式、収益還元法、ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法、類似会社比準法といった複数の考え方が、事案の性質に応じて用いられ、又は併用されております。なお、その期間内に申立てをしないときは(期間内に協議が調った場合を除きます。)、1株当たり純資産額に対象株式の数を乗じて得た額が売買価格となります(会社法第144条第5項、第7項)。
第4節 差が生じる基本的な理由
以上の整理から、差が生じる理由は次のように整理されます。
表2 相続税評価額と売買価格の違い
| 観点 | 相続税評価額 | 売買価格 |
|---|---|---|
| 目的 | 課税価格を定めること | 取引を成立させること、又は公正な価格を定めること |
| 拠り所 | 財産評価基本通達の定め | 当事者の合意、又は会社の資産状態その他一切の事情 |
| 算定の性質 | 画一的・機械的な算定 | 事案ごとの個別的な検討 |
| 評価の時点 | 相続開始の時 | 売買の時、又は譲渡等承認請求の時 |
| 取得者による違い | 同族株主か否かで方式が変わります | 買主が誰かは交渉上の事情として現れます |
| 資産の評価 | 通達に定める評価方法によります | 時価による検討が行われます |
とりわけ大きいのは、目的の違いに由来する算定の性質の違いです。課税においては、全国の膨大な数の事案を同一の基準で処理する必要がありますので、個別の事情を細かく反映させることができません。他方、売買価格の検討においては、その会社の資産の含み損益、収益の実態、非経常的な損益の有無といった個別の事情が、正面から検討の対象となります。
第5節 差が生じる具体的な要因
より具体的には、次のような要因によって差が生じます。
表3 差を生じさせる主な要因
| 要因 | 内容 | 差が生じる方向 |
|---|---|---|
| 資産の含み益 | 通達による評価額と実際の時価とが異なる場合があります | 双方向に生じ得ます |
| 法人税額等相当額の控除 | 純資産価額方式では評価差額に対する一定割合が控除されます | 相続税評価額が低くなる方向に働きます |
| 配当還元方式の適用 | 同族株主以外の株主等が取得した場合に適用されます | 相続税評価額が著しく低くなることがあります |
| 収益力の反映 | 通達は将来の収益予測を直接には用いません | 収益力の高い会社では売買価格が高くなることがあります |
| 非経常的な損益 | 通達の比準要素は決算数値を基礎といたします | 一時的な損益が評価に影響することがあります |
| 評価時点の相違 | 相続開始時と売買時とで会社の状況が変わります | 双方向に生じ得ます |
| 支配権の有無 | 通達は取得者の区分によって方式を分けます | 交渉においては別の考慮が働きます |
純資産価額方式における法人税額等に相当する金額の控除は、会社が保有する資産を処分した場合に課税が生ずることを想定した調整です。現行の取扱いでは評価差額に一定の割合を乗じた額とされておりますが、割合は改正により変動いたしますので、適用時点の通達をご確認ください。この控除があるため、純資産価額方式による相続税評価額は、資産を時価で評価した純資産の額よりも低くなります。
また、通達に定める評価方法による資産の価額と、鑑定評価その他の方法による時価とが一致するとは限りません。不動産を多く保有する会社では、この差が結果に大きく影響いたします。会社の資産の内容に関する検討につきましては、既存記事「会社に不動産や多額の内部留保がある場合の非上場株式評価」に整理しております。
収益力の反映についても、両者の間には構造的な違いがあります。類似業種比準方式は過去の決算数値を比準要素として用いるものであり、将来の収益の見通しを直接に織り込む仕組みではありません。これに対し、収益還元法及びディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法は、将来にわたって獲得が見込まれる利益又はキャッシュ・フローに着目いたします。安定した収益を上げている会社では、この違いが結果に大きく現れることがあります。各手法の詳細につきましては、既存記事「非上場株式の収益還元法とは」及び「非上場株式のディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法とは」に整理しております。
第6節 どちらが高いとは限らない
「相続税評価額よりも売買価格のほうが高いはずだ」と考えられる方が多くいらっしゃいますが、常にそうなるとは限りません。
同族株主以外の株主等として配当還元方式が適用された場合には、相続税評価額が著しく低くなりますので、売買価格のほうが高くなることが多くあります。他方、原則的評価方式が適用され、かつ会社の収益力が乏しい場合や、多額の負債を抱えている場合には、相続税評価額のほうが高くなることもあります。含み損を抱える資産を保有している会社でも、同様の関係が生じ得ます。
したがいまして、「相続税の申告書に記載された金額」を交渉の基準として持ち出すことが、常に有利に働くとは限りません。まず会社の実態を確認し、いずれの考え方によればどのような結論となるのかを整理することが必要です。会社が「相続税評価額どおりでよい」と提案してきた場合であっても、その金額がいかなる方式によって算定されたものかを確認する意味があります。
なお、相続税の申告に際して作成された株式の評価に関する明細書は、株式の価値を検討するうえで有用な資料です。会社の総資産価額、従業員数、取引金額による規模区分の判定、類似業種比準方式の比準要素として用いられた配当金額、利益金額及び簿価純資産価額、純資産価額方式における資産及び負債の内訳が記載されているためです。これらは、株主が会社から資料の開示を受けられない段階においても、会社の概要を把握する手がかりとなります。相続税の申告を担当された税理士が保管していることが多いものですので、お手元にない場合には控えの交付を求めることをお勧めしております。
第7節 税務上の時価と売買価格との関係
売買価格を検討する際には、税務上の取扱いにも留意が必要です。売買価格をどのように定めるかによって、当事者に予期しない課税が生ずることがあるためです。
個人の間で著しく低い価額の対価で財産の譲渡が行われた場合には、その財産の時価と対価との差額に相当する金額を贈与により取得したものとみなされます(相続税法第7条)。また、譲渡所得の課税においては、非上場株式の価額の算定について所得税基本通達に取扱いが定められており、財産評価基本通達の例により算定しつつ、同族株主に該当するか否かの判定方法、会社規模の区分、土地等及び上場有価証券の評価、法人税額等に相当する金額の控除の取扱いについて、所定の修正を加えるものとされております。法人が保有する非上場株式の評価についても、法人税基本通達に同様の考え方が示されております。
つまり、税務上の時価は、財産評価基本通達をそのまま用いるものではなく、修正を加えたうえで用いられます。相続税評価額、税務上の時価、売買価格という三つの数値は、それぞれ別個のものです。具体的な課税関係は事案により異なりますので、税理士にご確認ください。
第8節 弁護士に相談する意味
弁護士は、株主本人の代理人として、株主に認められた情報取得の手段を用いて資料の範囲を確保し、複数の考え方によって幅をもった検討を行ったうえで、会社との協議を行います。
株主は、営業時間内はいつでも、計算書類及びその附属明細書等の閲覧又は謄本の交付等を請求することができます(会社法第442条第3項)。この請求には持株比率の要件がありません。会計帳簿及びこれに関する資料については、総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主又は発行済株式(自己株式を除きます。)の100分の3以上の数の株式を有する株主が、理由を明らかにして請求することができます(会社法第433条第1項。拒絶事由につき同条第2項)。相続によって株式を取得され、遺産分割が終わっていない場合には、株式は共同相続人の準共有に属し、権利を行使する者一人を定めて会社に通知する必要があります(会社法第106条)。
なお、株式買取業者は株式の買手であり、株主本人の代理人ではありません。買手は取得価額が低いほど利益が大きくなる立場にあります。大阪高等裁判所令和6年7月12日判決(上告棄却により確定)は、株式買取業者に対する非上場株式の譲渡契約について、弁護士法第73条に違反し無効であると判断いたしました。業者一般が違法であるという趣旨ではありませんが、具体的な業務態様によっては法的問題が生じ、裁判例において違法性が認定された事例があるということです。
よくあるご質問
質問1 相続税の申告書に書かれた金額で売らなければならないのでしょうか。
そのような法律上の義務はありません。相続税評価額は課税価格を定めるための数値であり、売買価格を規律するものではありません。任意の売買における価格は、当事者の合意によって定まります。
質問2 会社が「相続税評価額で買い取る」と言っています。応じてよいでしょうか。
その金額がいかなる方式によって算定されたものかを確認する必要があります。配当還元方式によるものであれば、会社の資産や収益力が反映されていない可能性があります。原則的評価方式による場合でも、法人税額等に相当する金額の控除等により、資産の時価を基礎とした金額よりも低くなることがあります。
質問3 税理士が計算した金額と弁護士が示す金額はなぜ違うのですか。
税理士が算定するのは、多くの場合、課税価格又は税務上の時価です。弁護士が検討するのは売買における価格であり、目的が異なります。いずれかが誤っているというものではありません。
質問4 相続税を納めるために株式を売却したいのですが、順序はどうなりますか。
相続税の申告及び納付には期限がありますので、売却の交渉と納税の準備とを並行して進める必要があります。売却に伴う課税関係を含め、税理士と連携して検討することが多くあります。
質問5 相続開始から何年も経っていますが、今から検討できますか。
株式の保有そのものに期間の制限はありませんので、検討を始めることはできます。ただし、遺産分割が未了である場合や名義書換が行われていない場合には、その整理が先行いたします。また、株式譲渡承認請求の手続に入った後は20日という短い期間の制限がありますので(会社法第144条第2項、第7項)、通知を受領された場合には速やかな確認が必要です。
交渉手法の詳細について
具体的な交渉方法は、株主構成、財務状況、株価、従前の経緯等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本ページでは詳細を開示しておりません。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、相続により非上場株式を取得された方からのご相談を、株主側の代理人としてお受けしております。当事務所は株式を買い取る立場ではありません。
ご相談の際には、相続税の申告書及び株式の評価に関する明細書の写し、定款の写し、株主名簿の写し、直近3期分の決算書、会社から示された金額とその根拠が分かる資料をご用意いただけますと検討が早く進みます。お手元にない場合でもご相談いただけます。
- 電話番号 03-6435-8418
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本記事は一般的な考え方をご説明するものであり、結論は事案ごとの事実関係及び資料によって異なります。結果を保証するものではありません。課税関係については税理士にご確認ください。
本記事の根拠条文・裁判例
会社法 第106条(共有に属する株式についての権利の行使)、第144条第1項から第3項まで・第5項・第7項(売買価格の決定)、第433条第1項・第2項(会計帳簿の閲覧謄写の請求)、第442条第3項(計算書類等の閲覧等の請求)
相続税法 第7条(著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合のみなし贈与)
弁護士法 第73条
通達 財産評価基本通達(取引相場のない株式の評価)、所得税基本通達(譲渡所得の基因となる非上場株式の価額)、法人税基本通達(法人が有する非上場株式の価額)
裁判例 大阪高等裁判所令和6年7月12日判決(上告棄却により確定。株式買取業者に対する株式譲渡契約につき弁護士法第73条違反による無効を判断)
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