弁護士法人非上場株式・少数株式に特化M&A総合法律事務所
HOME / 判例 / 未公開株の仕入価格に関する錯誤と株式譲渡契約の無効―大阪高等裁判所平成29年5月11日判決

未公開株の仕入価格に関する錯誤と株式譲渡契約の無効―大阪高等裁判所平成29年5月11日判決

公開 2017年5月11日更新 2017年5月11日

▶ 株券不発行会社の株式の譲渡の効力要件・対抗要件・譲渡承認請求

非上場会社の株式を、知人を通じて買い受けた方が、後になって、その知人が自分の仕入価格の3倍の価格で株式を売っていたことを知った場合、売買契約の効力を争って代金の返還を求めることはできるのでしょうか。大阪高等裁判所平成29年5月11日判決は、近く上場するとされていた非上場会社の株式を、売主が仕入れて買主に譲渡する形で3回にわたり売買し、買主が代金と手数料として合計3億7,000万円を支払った事件で、買主が仕入価格と譲渡価格は同額であると信じていたことは契約の要素の錯誤に当たるとして3つの株式譲渡契約をいずれも無効とし、3億7,000万円の返還等を命じた第一審判決を維持して、売主の控訴を棄却しました。

本件では、このほかに、買主が売主に貸し付けた8,000万円の残金の返還請求、売主側が主張した清算合意(1,000万円の支払で一切を清算する合意)の成否、代金返還請求権の消滅時効も争われました。本記事では、第一審判決と控訴審判決の判決本文に基づき、裁判所がどのような事実から買主の錯誤を認め、清算合意や消滅時効の主張をどのような理由で退けたのかを整理し、非上場株式を売り買いする株主、特に相手方から示された価格の根拠が分からないまま取引を求められている株主が注意すべき点を解説します。

目次
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―「仕入価格と同額で譲る」と説明された未公開株の売買
    1. 長年の経済的な支援と8,000万円の貸付け
    2. 3回の株式譲渡契約と合計3億7,000万円の支払
    3. 上場されないまま破産
    4. 返還の要求と清算の確認書
    5. 訴えの提起と請求の変更
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判断の前提となる法律の仕組み
    1. 当時の民法では、要素の錯誤は契約を無効にした
    2. 契約が無効になると、支払った代金は不当利得として返還を求める
    3. 消滅時効と「裁判上の催告」
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. MRT氏の請求
    2. 第一審で整理された争点と当事者の主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 第一審の判断
    1. 錯誤の認定―3つの事情からMRT氏の認識を推認
    2. KSG氏の供述は信用できない
    3. 要素の錯誤に当たる
    4. 清算合意は成立していない
    5. 時効は中断している
    6. 第一審の結論
  9. 控訴審の判断
    1. 第一審の判断を引用して維持し、一部を補正
    2. 「一般的に」から「本件の取引の形では」へ
    3. KSG氏の控訴理由に対する補足
    4. 要素の錯誤該当性についての補足
    5. 清算合意についての補足
    6. 維持・補正・変更の整理
  10. 主文及び結論
    1. 第一審判決の主文
    2. 控訴審判決の主文
    3. 審級ごとの結論の推移
  11. 判断の射程―参考となる点と一般化できない点
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
    3. 株主の皆様が確認しておきたいこと
  12. よくあるご質問
    1. 知人を通じて非上場株式を買ったところ、知人が仕入価格よりはるかに高い価格で私に売っていたことが分かりました。契約の効力を争えますか。
    2. 相手方に何度も質問していたことは、不利になりませんか。
    3. 脅されて「これ以上請求しない」という書面に署名してしまいました。もう請求できないのでしょうか。
    4. 代金を払ってからかなり時間がたっています。時効は大丈夫でしょうか。
    5. 非上場株式を売りたいのですが、買取りを申し出た相手方の価格が妥当か分かりません。どうすればよいですか。
  13. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

審級 裁判所 裁判日・事件番号・裁判の形式 結論
第一審 大阪地方裁判所第13民事部 平成28年10月27日・平成23年(ワ)第7850号・判決 買主の請求を一部認容(貸金残元金2,731万9,553円と遅延損害金、代金等3億7,000万円と遅延損害金の支払を命じ、遅延損害金の起算日の一部のみ棄却)
控訴審 大阪高等裁判所第4民事部 平成29年5月11日・平成28年(ネ)第3182号・判決 控訴棄却(控訴費用は売主の負担)
事件の種類 貸金返還請求及び株式譲渡代金等の不当利得返還請求
本記事が主に扱う判決 大阪高等裁判所平成29年5月11日判決(控訴審)及びその原判決である大阪地方裁判所平成28年10月27日判決(第一審)
適用された法令 平成29年の民法改正(令和2年4月1日施行)より前の民法(錯誤による無効、消滅時効の中断、年5%の法定利率)
上訴の状況 控訴審判決に対する上告・上告受理申立ての有無及び確定は、確認できていません

この表は、両判決の判決本文の冒頭及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。

  • 第一審の原告・控訴審の被控訴人:会社の役員を務め、売主を長年経済的に支援してきた個人を「買主MRT氏」(以下「MRT氏」)とします。株式の買主であり、売主に対する貸主でもあります。
  • 第一審の被告・控訴審の控訴人:芸能活動をしていた個人で、自分の個人事務所の会社の代表取締役でもあった人物を「売主KSG氏」(以下「KSG氏」)とします。
  • KSG氏の個人事務所である会社を「個人事務所PJM」(以下「PJM」)とします。株式はPJMの名義で購入され、株式譲渡契約の当事者にもなっています。
  • 近く上場するとされていた非上場の会社を「非上場会社NSK」(以下「NSK」)とします。判決本文には、NSKの事業内容は記載されていません。
  • NSKの代表取締役で、KSG氏にNSKの株式を売り渡した人物を「NSKの代表取締役ATM氏」(以下「ATM氏」)とします。
  • KSG氏が保有し、貸金の担保とされた株式の発行会社を「別会社HTR」(以下「HTR」)とします。
  • KSG氏が経営する別の会社で、NSKの株式の取得名義の1つとなった会社を「KSG氏の別会社QDP」(以下「QDP」)とします。
  • MRT氏が代金等の取立てを依頼した知人を「MRT氏の知人BKS氏」(以下「BKS氏」)とします。
  • KSG氏の代理人として清算の交渉に当たった弁護士を「KSG氏の代理人CBN弁護士」(以下「CBN弁護士」)とします。
  • KSG氏の友人で、交渉に関与した人物を「KSG氏の友人DYJ氏」(以下「DYJ氏」)とします。
  • 清算の面談の場にいた暴力団関係者2名を「暴力団幹部EKN氏」(以下「EKN氏」)、「暴力団組員FMN氏」(以下「FMN氏」)とします。

第一審判決と控訴審判決とでは、同じ人物に付けられた符号が異なっています(例えば、CBN弁護士やEKN氏・FMN氏は、第一審判決と控訴審判決とで別の英字の符号で呼ばれています)。本記事では、両判決を通じて上記の同じ表記を用いています。判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。数字は判決本文の表記のまま引用しています。

事案の概要―「仕入価格と同額で譲る」と説明された未公開株の売買

長年の経済的な支援と8,000万円の貸付け

第一審判決の前提事実及び認定事実によれば、MRT氏は、会社の役員で、平成13年頃の年収は約4億円でした。MRT氏は、いわゆるタニマチとして芸能活動をしていたKSG氏を経済的に支援しており、平成6年頃には、高利の借入金の返済に窮していたKSG氏の依頼を受けて数千万円を貸し付けていました。平成13年2月頃の時点で、この従前の貸金の未払額は1,500万円でした。

KSG氏は、平成13年初め頃、NSKの代表取締役ATM氏から、NSKの株式は近く上場予定であり、上場されればその株価は数十倍に値上がりするという話を聞き、非上場であったNSKの株式を取得したいと考えました。しかし、KSG氏は十分な購入資金を持っておらず、多額の債務を抱えていたため金融機関からの借入れも困難な状況でした。KSG氏は、複数の知人に断られた後、MRT氏に、NSKの株式の購入資金に充てると説明して8,000万円の貸付けを依頼しました。

MRT氏は、平成13年2月23日、KSG氏に8,000万円を貸し付けました(判決のいう「本件消費貸借契約」)。約定の主な内容は、次のとおりです。

  • 金額は8,000万円。ただし、うち1,500万円は従前の貸金の未払債務の弁済に充て、MRT氏は6,500万円をKSG氏の口座に振り込む。
  • 利息は年6%、遅延損害金は年20%。
  • 平成13年3月から毎月末日に100万円ずつ支払い、最終返済期日は平成18年2月末日とする。

あわせて、KSG氏が購入予定のNSKの株式のうち5株を、貸付けの手数料としてMRT氏に無償で譲渡する合意がされました(判決のいう「本件無償譲渡合意」)。また、MRT氏は担保を求め、KSG氏が保有するHTRの株式200株を担保とすること、期限までに弁済しないときはNSKの株式50株とHTRの株式200株を無償で譲渡し土地の所有権を移転すること、KSG氏が全財産をMRT氏に遺贈する遺言書を作成することが合意され、KSG氏は遺言書を作成しました。

KSG氏は、平成13年2月27日、借入金を原資として、ATM氏からPJMの名義でNSKの株式50株を代金2,000万円で購入しました。1株当たり40万円です。

3回の株式譲渡契約と合計3億7,000万円の支払

MRT氏は、KSG氏からNSKの株式は近く上場予定で値上がりするという話を聞き、自らも取得したいと考えましたが、KSG氏を介さずにNSKの株式を入手することはできませんでした。そこで、MRT氏、KSG氏及びPJMは、平成13年6月18日、同月27日及び同年7月25日の3回にわたり、KSG氏がPJMの名義で購入済み又は購入予定のNSKの株式をMRT氏に譲渡する株式譲渡契約を締結しました(判決はこれらをまとめて「本件各株式譲渡契約」と呼んでいます)。

契約 MRT氏への譲渡と代金・手数料 KSG氏の側の仕入れ(PJM名義)
第1株式譲渡契約(平成13年6月18日) PJMが2月27日に購入していた50株のうち35株を譲渡し、代金6,000万円。残り15株は手数料としてPJMが留保 6月20日に50株を2,000万円で取得
第2株式譲渡契約(同月27日) 100株を譲渡し、代金1億2,000万円と手数料2,000万円(手数料のうち1,000万円は貸金の未払債務の一部弁済に充当) 7月3日に100株を4,000万円で取得
第3株式譲渡契約(同年7月25日) 150株を譲渡し、代金1億8,000万円と手数料2,000万円(手数料2,000万円は貸金の未払債務の一部弁済に充当) 7月27日に150株を6,000万円で取得

いずれの契約でも、譲渡した株式は「上場後3日以内」にMRT氏(又はMRT氏の経営する会社)の名義に変更するものとされていました。また、各契約は、PJMが新たに同数のNSKの株式を購入することを条件として成立するものとされ、KSG氏が名義変更を怠ったときなどには、NSKの株式やHTRの株式、土地建物をMRT氏の名義に変更する旨の合意もされていました。

MRT氏は、第1株式譲渡契約の代金6,000万円、第2株式譲渡契約の代金1億2,000万円と手数料1,000万円、第3株式譲渡契約の代金1億8,000万円(8,000万円、5,000万円、5,000万円の3回払い)を支払いました。合計3億7,000万円です(判決のいう「本件各株式譲渡代金等」)。これとは別に、第2・第3株式譲渡契約の手数料のうち合計3,000万円は、貸金の弁済に充てる合意(判決のいう「本件各充当合意」)とされました。

一方で、KSG氏がATM氏から仕入れた価格は、上の表のとおり1株当たり40万円でした。MRT氏への譲渡価格は、第1株式譲渡契約を「50株を6,000万円で譲渡し、うち15株を手数料としたもの」とみると、いずれも1株当たり120万円であり、仕入価格の3倍でした。なお、KSG氏は、同じ時期に、自分又はQDPの名義でもATM氏からNSKの株式を取得していました。

上場されないまま破産

NSKは、株式を上場することなく、平成13年11月7日に民事再生手続開始決定を受け、平成14年8月16日に破産宣告を受けました。

返還の要求と清算の確認書

MRT氏は、平成15年9月19日、電子メールで、本件各株式譲渡代金等3億7,000万円と、本件各充当合意に係る手数料相当額3,000万円を含む約4億円(判決のいう「本件金員」)の返還を求めました。KSG氏は、平成16年2月、弁護士を介して1億2,000万円の支払義務を認める内容の和解案を提示しましたが、MRT氏は応じず、その後も電子メールや、債権を仮装譲渡した第三者を通じて、返還を求め続けました。

平成18年6月7日、ホテルのラウンジで、MRT氏は、KSG氏が1,000万円を支払うことにより、MRT氏が貸金の未払債務の請求を放棄し、NSKの株式の取得により被った損害の賠償請求権がないことを確認する旨の確認書(判決のいう「本件確認書」。その内容の合意を「本件清算合意」といいます)に署名押印し、CBN弁護士から1,000万円を受け取りました。この署名押印がどのような状況でされたかが、後に争点となりました。

なお、第一審判決の前提事実によれば、KSG氏は、MRT氏に対する詐欺(本件各株式譲渡契約に係るもの)及び恐喝未遂(本件確認書に係るもの)の事件で起訴され、有罪判決が確定しています。本記事では、民事事件である本件の判断に必要な範囲でのみ触れます。

訴えの提起と請求の変更

MRT氏は、平成23年6月17日、本件訴訟を提起しました。当初は、上場を条件として契約を締結したのに条件が成就しなかったとして代金相当額の返還を求めていましたが、その後、不法行為による損害賠償請求への変更、契約解除による原状回復請求の予備的な追加を経て、平成27年3月2日、錯誤による無効を理由とする不当利得返還請求に交換的に変更しました。KSG氏は、同年8月1日、この請求権について消滅時効を援用しました。

事案の経緯の時系列

日付 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実)
平成6年頃 MRT氏がKSG氏に数千万円を貸付け(従前の貸金)
平成13年初め頃 KSG氏がATM氏からNSKの上場予定の話を聞き、MRT氏に購入資金の貸付けを依頼
平成13年2月23日 本件消費貸借契約(8,000万円)、本件無償譲渡合意(5株)、担保の合意
平成13年2月27日 KSG氏がPJM名義でNSKの株式50株を2,000万円で購入
平成13年3月以降 KSG氏が毎月末日に100万円ずつ弁済
平成13年6月18日 第1株式譲渡契約。MRT氏が代金6,000万円を支払
平成13年6月27日 第2株式譲渡契約(同年7月2日に代金1億2,000万円、10月1日に手数料1,000万円を支払)
平成13年7月25日 第3株式譲渡契約(同日8,000万円、8月31日5,000万円、10月1日5,000万円を支払)
平成13年6月20日〜7月27日 KSG氏がPJM名義で合計300株を合計1億2,000万円で取得
平成13年11月7日 NSKが民事再生手続開始決定を受ける(上場はされず)
平成14年8月16日 NSKが破産宣告を受ける
平成15年9月19日 MRT氏が電子メールで約4億円の返還を要求(後に「催告」と扱われる)
平成16年2月 KSG氏が弁護士を介して1億2,000万円の支払義務を認める和解案を提示。MRT氏は応じず
平成16年8月〜平成18年頃 MRT氏が電子メールや債権の仮装譲渡先を通じて返還を要求
平成18年5月頃 MRT氏がBKS氏に取立てを依頼。KSG氏はCBN弁護士・DYJ氏に交渉を委任。FMN氏がBKS氏・EKN氏と面談し、1,000万円での和解を希望
平成18年6月7日 ホテルのラウンジでMRT氏が本件確認書に署名押印し、1,000万円を受領(うち625万円をEKN氏・BKS氏に交付)
平成23年6月17日 MRT氏が本件訴訟を提起(上場の条件不成就を理由とする返還請求)
平成24年11月1日 不法行為による損害賠償請求に交換的に変更
平成25年7月25日 契約解除による原状回復請求を予備的に追加
平成27年3月2日 錯誤無効を理由とする不当利得返還請求に交換的に変更
平成27年8月1日 KSG氏が消滅時効を援用
平成28年10月27日 大阪地方裁判所が請求をほぼ全部認容する判決
平成29年5月11日 大阪高等裁判所が控訴を棄却する判決

判断の前提となる法律の仕組み

この節は、判決の理解のために当事務所が一般的な仕組みを説明するものです。判決本文が以下の条文を明示して判断したものではありません。

当時の民法では、要素の錯誤は契約を無効にした

本件の契約は平成13年に締結されたもので、平成29年の民法改正(令和2年4月1日施行)より前の民法が適用されています。当時の民法第95条は、法律行為の要素に錯誤があったときは、意思表示は無効とし、表意者に重大な過失があったときは自ら無効を主張できないと定めていました。

「この価格なら得だと思った」「上場すると思った」といった、契約をする理由(動機)についての思い違いは、それだけでは錯誤として扱われません。判例実務では、その動機が相手方に表示されて契約の内容となっていた場合に限り、要素の錯誤になり得ると扱われてきました。本件の第一審・控訴審も、この考え方に沿って、MRT氏の動機が表示されていたかを検討しています。

現在の民法第95条では、錯誤による意思表示は「無効」ではなく「取り消すことができる」ものとされ、動機の錯誤は、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り取り消すことができると明文で定められています。本件の結論をそのまま現在の法律に当てはめることはできず、現在であれば取消しの意思表示や取消権の期間制限も問題になる点に注意が必要です。

契約が無効になると、支払った代金は不当利得として返還を求める

契約が無効であれば、支払った代金には法律上の原因がないことになり、受け取った側に対して不当利得として返還を求めることができます。本件のMRT氏も、本件各株式譲渡契約が無効であるとして、3億7,000万円の返還を不当利得返還請求権に基づいて求めました。

消滅時効と「裁判上の催告」

当時の民法では、債権は10年間行使しないときは時効により消滅し、訴えの提起などによって時効が中断するとされていました。本件では、訴えを起こした時点の請求(上場の条件不成就を理由とする返還)と、最終的な請求(錯誤無効を理由とする返還)とが異なるため、最終的な請求について時効が中断したといえるかが争われました。

当事者の請求と主要な主張

MRT氏の請求

  • 請求1:本件消費貸借契約に基づき、貸金の残元金2,731万9,553円と、最終弁済日の翌日である平成18年6月8日から年20%の遅延損害金の支払。
  • 請求2:本件各株式譲渡契約は錯誤により無効であるとして、不当利得返還請求権に基づき、3億7,000万円と、平成13年11月8日から年5%の遅延損害金の支払。

請求1と請求2は結び付いています。KSG氏は、第2・第3株式譲渡契約の手数料のうち合計3,000万円が貸金の弁済に充てられた(本件各充当合意)ので、貸金の残額はその分減っていると主張しました。MRT氏は、本件各充当合意は株式譲渡契約の一部であり、契約が無効なら充当合意も無効であると主張しました。

第一審で整理された争点と当事者の主張

以下は当事者の主張であり、裁判所が認定した事実ではありません。

争点1:株式の価格に関する錯誤により契約は無効か

  • MRT氏の主張:KSG氏は、各契約に先立ち、NSKの株式を仕入れて「同額で」譲渡すると述べ、別途手数料を求めた。MRT氏は譲渡価格と仕入価格が同額であると信じて契約したが、実際には譲渡価格は仕入価格の3倍であった。
  • KSG氏の主張:仕入価格と同額で譲渡すると述べたことはない。MRT氏は差益を得るのかという質問(判決のいう「差益に関する質問」)を何回もしており、同額と信じていたとはいえない。一般に買主にとって売主の仕入価格は重要な要素ではなく、MRT氏は記念株として購入すると述べていたから、動機は表示されていない。仮に錯誤があっても、何回も質問していた以上、重大な過失がある。

争点2:株式の上場に関する錯誤により契約は無効か

  • MRT氏の主張:KSG氏から必ず上場されると強く購入を勧められ、上場されると信じて契約した。
  • KSG氏の主張:必ず上場されるとは述べていない。上場は将来の予測又は期待にすぎず錯誤に当たらない。MRT氏は自らNSKの関係者と接触して情報を集めていたから、重大な過失がある。

争点3:本件清算合意は成立したか

  • KSG氏の主張:MRT氏は事前に1,000万円での和解を受け入れる旨を伝えており、本件確認書に署名押印して清算合意をした。1,000万円の支払で請求1・請求2はいずれも消滅した。
  • MRT氏の主張:BKS氏から「5億円で和解が調った」と呼び出され、その場で初めて確認書の内容を知り、拒否したが、暴力団関係者を交えた脅迫を受けて、やむなく署名押印したにすぎない。

争点4:請求2の請求権は時効により消滅したか

  • KSG氏の主張:契約から10年以上経過した後に時効を援用した。訴え提起時の請求(条件不成就)と請求2とは請求原因が異なるから、訴えの提起では時効は中断しない。
  • MRT氏の主張:請求の内容は変わっても、一貫して同じ金員の支払を求めてきたから、訴えの提起で時効は中断している。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

結論を左右したのは、次の3点です。

  1. MRT氏が「譲渡価格と仕入価格は同額である」と信じていたか、そしてその思い違いが、契約の要素の錯誤(相手方に表示され契約の内容となった動機の錯誤)に当たるか(争点1)。
  2. 暴力団関係者がいる場でMRT氏が確認書に署名押印したことで、清算合意の意思表示があったといえるか(争点3)。
  3. 請求の根拠を何度も変更した後の請求2について、訴えの提起によって時効が止まっていたといえるか(争点4)。

第一審は争点1で錯誤を認めて契約を無効としたため、争点2(上場に関する錯誤)については判断を示していません。控訴審も同様です。したがって、本件は「上場すると信じたこと」が錯誤に当たるかを判断した判決ではありません。

第一審の判断

錯誤の認定―3つの事情からMRT氏の認識を推認

第一審は、まず、MRT氏が「譲渡価格と仕入価格は同額である」と信じていたかを、次の3つの事情から推認しました。

第1に、契約の仕組みです。本件各株式譲渡契約では、KSG氏が、譲渡する株式と同じ数のNSKの株式を、MRT氏から受け取る代金で購入することが予定されていました(各契約は、PJMが新たに同数の株式を購入することを条件として成立するとされていました)。このことから、MRT氏が譲渡価格と仕入価格は同額であると信じていたことが推認されるとしました。

第2に、高額な手数料です。代金の約10%から約30%に当たる手数料が設定されていたことについて、第一審は次のように述べました。

「〔MRT氏〕が、〔KSG氏〕が本件譲渡価格と本件仕入価格との差によってある程度の利益を取得すると考えていたのであれば、〔MRT氏〕が〔KSG氏〕を介さずに〔NSK〕株式を入手することはできなかったという事情を考慮しても、代金とは別にこれほど高額な手数料を〔KSG氏〕に支払う合理的理由はうかがわれない」

第3に、差益に関する質問です。KSG氏は、MRT氏が何回も質問していたことを、同額と信じていなかった証拠だと主張しましたが、第一審は逆の評価をしました。

「何回も質問をしたということは、その度に〔KSG氏〕から仕入価格と同額であると説明されたと推認させるから、〔MRT氏〕が本件譲渡価格と本件仕入価格とが同額であると信じるようになった過程としてむしろ自然である。」

KSG氏の供述は信用できない

KSG氏は、刑事事件の公判廷で、仕入価格が1株40万円であることは伝えた、MRT氏は上場益を見込んでその3倍で買うと述べた、などと供述していました。第一審は、MRT氏が長年KSG氏を支援し、未払債務がある中でさらに8,000万円を貸し付けていたこと、そのわずか数か月後の、まだ貸金の大部分が弁済されていない時期に、MRT氏の出した金で仕入れる株式を、次のように受け入れたとは考え難いとしました。

「仕入価格の3倍もの価格で購入することを受け容れたものとは考え難い。」

また、MRT氏は契約に際して、不履行があればKSG氏が実質的に支配する財産を移転するよう約束させており、KSG氏もこれに応じざるを得ない立場にありました。KSG氏が言うように「購入予定の株式の半数を譲渡する」と告げていたのであれば、MRT氏は不履行時に2倍の株式を移転するよう求めるのが自然なのに、そのような合意はされていないことも、供述を信用できない理由とされました。MRT氏の供述の変遷や、返還を求める方法が脱法的であったことも、錯誤の核心部分と矛盾するものではないとされました。

要素の錯誤に当たる

第一審は、価格の差の重要性について、一般論として次のように述べました(この部分は、後に控訴審で書き改められています)。

「一般的に、株式譲渡契約の買主にとって、買主への譲渡価格と売主の仕入価格との差の有無及びその程度は、譲渡価格の相当性を吟味し、株式譲渡契約を締結するか否かを決定するに当たって重要な要素であるというべきである。」

そのうえで、MRT氏の立場と支援の状況、KSG氏が同額で譲渡すると述べたことを受けてMRT氏が何回も質問していた経緯から、MRT氏は同額であることを不可欠の要素として契約したと認め、次のように結論づけました。

「〔MRT氏〕が本件譲渡価格と本件仕入価格とが同額であると信じたために本件各株式譲渡契約を締結する意思を形成したという動機は、〔KSG氏〕に表示され、かつ、本件各株式譲渡契約の内容になっていたと認めるのが相当である。」

これにより、本件各株式譲渡契約はいずれも無効とされました。さらに、本件各充当合意は第2・第3株式譲渡契約の要素である手数料の支払方法に関するものにすぎず、これらと不可分一体であるから、充当合意も無効であるとされました。その結果、貸金の残額は3,000万円分の充当によって減ってはおらず、3億7,000万円の支払には法律上の原因がないことになりました。

KSG氏が主張した重大な過失についても、何回も質問したことはむしろ錯誤に陥る過程として自然であり、重大な過失を基礎付けるものではないとして、退けました。

清算合意は成立していない

第一審は、署名押印の場面について、次の事実を認定しました。

  • BKS氏は、事前にMRT氏に対し、KSG氏が5億円を支払う内容で和解が調ったという虚偽の話を伝え、印鑑を持参するよう告げていた。
  • ラウンジでは、BKS氏、CBN弁護士、DYJ氏と同じテーブルに座り、近くのテーブルに暴力団幹部EKN氏と暴力団組員FMN氏が座っていた。MRT氏はこの2名が暴力団関係者であることを知っており、恐れていた。
  • MRT氏は確認書の内容を初めて知り、納得できないと述べて署名押印を拒み、ラウンジのろうそくで書面に火をつけて燃やすなどして拒み続けた。
  • BKS氏は、CBN弁護士から見えない場所にMRT氏を連れて行き、署名押印しなければEKN氏とFMN氏に連れて行かれるといった趣旨のことを述べ、EKN氏も近づいて威圧するような声で署名押印を求めた。
  • MRT氏はその後、同じ内容の確認書に署名押印し、受け取った1,000万円のうち250万円をEKN氏に、375万円をBKS氏に、言われるままに交付した。CBN弁護士は、後日KSG氏に、MRT氏が心から納得して署名押印したのではないのではないかと伝えていた。

第一審は、これらの行為はMRT氏の生命及び身体に対する危険を感じさせるに十分な脅迫行為に当たり、MRT氏はその場を無事に切り抜けるには署名押印するしかない状況に追い込まれたと認め、次のように判断しました。

「〔MRT氏〕が、本件確認書に署名押印をしたことによって、社会通念上、本件清算合意に係る意思表示をしたものとは認められない。」

KSG氏の、MRT氏が数週間で和解額を5,000万円から1,000万円まで下げてきたという供述も、MRT氏が約3年間にわたって一貫して約4億円の返還を求め、KSG氏側の和解案すら拒否してきた経緯からすると信用できないとされました。

時効は中断している

第一審は、MRT氏の請求の変遷を認定したうえで、いずれの請求も、KSG氏が上場されること及び上場益を考慮しない価格で譲渡することを述べたため契約したが、実際にはこれらが欠けていたことを理由に契約の効力を否定する点で基本的な請求原因事実を同じくし、同じ金額の支払を求める点で経済的に同一の給付を目的としていると判断しました。そして、次のように述べました。

「請求2に係る請求権につき催告が継続していたものと解するのが相当である。」

そのうえで、平成27年3月2日に請求2を訴訟物に追加したことにより、時効の中断の効力が確定的に生じたとしました。

第一審の結論

第一審は、請求1を全部認容し、請求2については3億7,000万円と、催告の日(平成15年9月19日の電子メール)の翌日である平成15年9月20日から年5%の遅延損害金の限度で認容しました。MRT氏は平成13年11月8日からの遅延損害金を求めていましたが、催告の日の翌日より前の部分は棄却されました。

控訴審の判断

第一審の判断を引用して維持し、一部を補正

控訴審は、第一審と同じく、請求1は理由があり、請求2は3億7,000万円と平成15年9月20日からの年5%の遅延損害金の限度で理由があると判断しました。理由は、第一審判決の「当裁判所の判断」を引用したうえで、次の補正と補足を加えるというものです。

  • 価格の差の重要性について第一審が「一般的に」と述べた部分(前記の引用部分)を、本件の取引の形に即した表現に改めました(次の項で説明します)。
  • KSG氏側が提示していた和解案の金額について、第一審が「1億円」と記載した部分を「1億2000万円」に改めました。
  • 証拠の番号を2か所訂正し、請求の変更があった弁論準備手続期日に「原審における」の語を加えました。前提事実の引用でも、誤記1字を削っています。

このうち実質的な意味を持つのは、1つ目の書き改めです。そのほかは、記載の正確性を整えるもので、結論に影響するものではありません。

「一般的に」から「本件の取引の形では」へ

控訴審は、第一審の一般論を次のとおり改めました。

「本件各株式譲渡契約においては、〔MRT氏〕が、〔KSG氏〕を介することなく、〔NSK〕株式を入手できないことから、高額な手数料を支払って〔KSG氏〕にこれを購入してもらい、〔KSG氏〕からその譲渡を受ける形式がとられている。この場合、買主である〔MRT氏〕にとって、買主への譲渡価格と売主の仕入価格との差の有無及びその程度は、譲渡価格の相当性を吟味するとともに、売主である〔KSG氏〕が、上記手数料とは別に、差益を取得していないことを確認する意味でも、本件各株式譲渡契約を締結するか否かを判断するに当たって重要な要素であるというべきである。」

第一審は、どのような株式譲渡契約でも、売主の仕入価格との差は買主にとって重要な要素であるという一般論を述べていました。控訴審はこれを改め、本件では、買主が自分では入手できない株式を、高額な手数料を払って売主に購入してもらい譲り受けるという形がとられていたことを前提に、手数料とは別に売主が差益を得ていないことを確認する意味でも重要である、と位置付け直しました。控訴審は、価格の差を重要な要素とする根拠を、本件の取引の仕組みに結び付けたといえます。

KSG氏の控訴理由に対する補足

KSG氏は、控訴審で6つの点を挙げて錯誤の認定を争いましたが、控訴審はいずれも退けました。主なものは次のとおりです。

  • 契約書には仕入れの方法や価格が書かれていないという主張に対しては、第一審は契約の内容からMRT氏の内心を推認したにすぎず、仕入価格と譲渡価格が同じであることが契約の前提になっていたという事実まで認定したのではないとしました。
  • 収入の多いMRT氏が上場益を得ようとして手数料を払うことも十分考えられるという主張に対しては、次のように述べました。

「〔MRT氏〕は、〔KSG氏〕が差益を取得していないからこそ、高額な手数料を支払っていたとみるのが合理的である。」

  • 何回も質問したのは、はぐらかされていると感じ、いくらかは利益を得ているだろうと認識していたからだという主張に対しては、裏付ける証拠も具体的な立証もないとしました。
  • MRT氏自身も上場益を得られるなら、KSG氏が差益を得ても障害にならないはずだという主張に対しては、次のように述べました。

「同株式が必ず上場されるとは限らず、実際に上場されない場合のリスクもあることからすると、〔KSG氏〕から仕入価格の3倍もの価格でこれを購入することを許容し、その差益を〔KSG氏〕に与えて、更に、高額の手数料を〔KSG氏〕に支払うということは通常考えられない。」

  • MRT氏が民事訴訟を起こさず違法な手段で回収しようとしたのは、正当な請求権がないと認識していたからだという主張に対しては、約3年間にわたり一貫して約4億円の返還を求め、1億2,000万円の和解案も拒否してきた経緯からすると、そのように認識していたとはいい難いとしました。

要素の錯誤該当性についての補足

KSG氏は、上場による利益を期待していたMRT氏は、仕入価格と同額でなくても株式を取得したはずであり、同額であるとの認識は動機ともいえず、要素の錯誤にも当たらないと主張しました。控訴審は、MRT氏は同額でなければ別途高額な手数料を払う契約を締結するとはいえず、同額と考えていたからこそ契約したのであるから、これは株式を取得する動機であり、契約の締結に不可欠の事情であったとしました。そして、次のように判断しました。

「〔KSG氏〕において、〔MRT氏〕が仕入価格と譲渡価格が同額であることを契約の重要な要素であると考えていたことを十分に理解できる事情があったというべきである。したがって、前記動機は表示されていたといわなければならず、この点に関する錯誤は、本件各株式譲渡契約の要素の錯誤に当たる。」

控訴審は、動機の表示を、KSG氏自身が同額で譲渡すると告げていたこと、MRT氏が差益に関する質問を何回もしていたことから、KSG氏がその重要性を十分に理解できたという点に結び付けています。

清算合意についての補足

KSG氏は、控訴審で、MRT氏は暴力団関係者と親和性のある人物で、同席者がいても意思表示ができなくなることはない、KSG氏の代理人である弁護士が同席していたから危害があれば適切に対処された、強迫であれば取消しを主張すればよかった、仮に強迫であっても取り消されるまでは有効である、などと主張しました。

控訴審は、BKS氏は暴力団組員ではなく、MRT氏がBKS氏に怒りをぶつけたことがあるとしても、署名押印の時点で暴力団組員に連行されることを強く恐れていたとしました。代理人の弁護士の同席については、次のように述べています。

「仮に、〔MRT氏〕が〔CBN弁護士〕に助けを求めたとしても、これに対する適切な対処がされたとはいい難い。」

その理由として、その弁護士はあくまでKSG氏の代理人として同席していたにすぎず、暴力団関係者らも一見して明白な違法行為に及んでいたわけではないことを挙げました。そして、強迫による取消しの主張については、そもそも社会通念上清算合意の意思表示があったとは認められないから、次のとおり判断する必要がないとしました。

「強迫による取消しの主張を論ずるまでもない。」

控訴審は、署名押印の後に受け取った1,000万円のうち625万円をBKS氏らに言われるままに交付し、MRT氏の手元には375万円しか残らなかったことも指摘しています。

維持・補正・変更の整理

控訴審は、第一審の結論と理由の骨格を維持しました。補正は、価格の差の重要性についての一般論を本件の取引の形に即した説示に改めた点と、和解案の金額などの記載の訂正です。消滅時効についての第一審の判断は、期日の表記の補正のほかは、そのまま引用されています。結論を変更した点はありません。

主文及び結論

第一審判決の主文

第一審判決の主文は、次のとおりです(ここでの「原告」はMRT氏、「被告」はKSG氏を指します)。

「1 被告は、原告に対し、2731万9553円及びこれに対する平成18年6月8日から支払済みまで年20%の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、3億7000万円及びこれに対する平成15年9月20日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 この判決は、1項、2項及び4項に限り、仮に執行することができる。」

控訴審判決の主文

控訴審判決の主文は、次のとおりです(ここでの「控訴人」はKSG氏を指します)。

「1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。」

これにより、KSG氏がMRT氏に対し、貸金の残元金2,731万9,553円とその年20%の遅延損害金、株式譲渡代金等3億7,000万円とその年5%の遅延損害金を支払うよう命じた第一審判決が維持されました。なお、控訴したのはKSG氏のみであり、MRT氏の請求のうち棄却された部分(平成13年11月8日から平成15年9月19日までの遅延損害金)は、控訴審の審理の対象になっていません。

審級ごとの結論の推移

審級 結論 下級審の判断との関係・主な理由
第一審(大阪地方裁判所平成28年10月27日判決) 請求1は全部認容。請求2は遅延損害金の起算日を平成15年9月20日として認容し、その余を棄却 価格の錯誤(要素の錯誤)により3つの株式譲渡契約と充当合意を無効とし、重大な過失を否定。清算合意は意思表示がないとして不成立。時効は裁判上の催告の継続により中断。上場の錯誤は判断せず
控訴審(大阪高等裁判所平成29年5月11日判決) 控訴棄却 第一審の判断を引用して維持。価格の差の重要性の説示を、手数料を払って売主に購入してもらう本件の取引の形に即したものに補正し、和解案の金額等の記載を訂正。控訴理由に対する判断を補足し、強迫による取消しは論ずるまでもないとした
上告審 確認できていません 上告・上告受理申立ての有無及び確定は、判決本文からは確認できていません

判断の射程―参考となる点と一般化できない点

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。射程は、最終的な判断である控訴審の判断を基準としています。

参考となる点

第1に、非上場株式の相対の取引で、間に入った人が「仕入れた値段のまま譲る」と説明していたのに、実際には大きな差益を得ていた場合、買主はその思い違いを理由に契約の効力を争い得ることです。本件では、仕入価格と譲渡価格の差(3倍)が、手数料とは別に隠れた利益になっていました。控訴審は、手数料を払って売主に購入してもらう取引の形では、売主が差益を得ていないかどうかは契約するかどうかを判断するうえで重要な要素であるとしました。

第2に、裁判所は、「同額だと信じていた」という本人の言い分だけでなく、契約の仕組み(同じ数の株式を受け取る代金で仕入れる条件)、高額な手数料、何回も質問していたこと、当事者の力関係といった客観的な事情から認識を推認していることです。質問を繰り返したことは、売主側から「疑っていた証拠だ」と主張されましたが、裁判所は、その度に同額であると説明されていたことを推認させる事情と評価しました。

第3に、暴力団関係者がいる場で署名押印させた清算の確認書について、裁判所は、強迫による取消しの問題として扱う前に、そもそも社会通念上合意の意思表示があったとは認められないと判断しました。相手方の代理人の弁護士が同席していたことも、意思表示があったとする理由にはなりませんでした。

第4に、請求の法的な根拠を何度も変更しても、同じ事実関係から同じ金額の返還を求め続けていれば、訴訟の係属中は催告が継続していたものとして、時効の中断が認められ得ることです(第一審の判断で、控訴審が引用して維持しています)。

一般化できない点

本判決は、売主が仕入価格と異なる価格で株式を売れば、それだけで契約が無効になると判断したものではありません。控訴審は、第一審の「一般的に」重要な要素であるという説示を、本件の取引の形に即したものに改めています。売主が自らの判断で株式を保有し、自分の付けた価格で売る通常の売買では、売主の仕入価格は買主に知らされないのが普通であり、本判決の判断がそのまま当てはまるとはいえません。本件で錯誤が認められたのは、売主自身が同額で譲ると述べていたこと、手数料が別に定められていたこと、同じ数の株式を代金で仕入れる仕組みであったことなどが重なったためです。

また、本件は平成29年改正前の民法が適用された事案です。現在の民法では、錯誤は取消しの理由とされ、動機の錯誤の要件も明文化されています。取消しには期間の制限もあるため、同じような事案でも、現在の法律では検討の仕方が異なります。消滅時効についても、現在は「中断」ではなく「完成猶予」「更新」という仕組みになっています。

上場に関する錯誤(争点2)は判断されていません。「上場確実」と言われて買ったという事情だけで契約の効力を否定できるかは、本判決からは分かりません。

上告・上告受理申立ての有無及び確定は確認できていないため、その点にも留意が必要です。

株主の皆様が確認しておきたいこと

非上場株式には市場の価格がありません。そのため、株式を買う側だけでなく、株式を手放す側にとっても、相手方が示す価格がどのような根拠で決まったのか、相手方がその株式をいくらで転売するつもりなのかは、外からは分かりにくいものです。本件は買主が錯誤を主張した事案ですが、間に入る人が「同じ値段で」「手数料だけで」と説明しながら、実際には別に大きな差益を得ていたという構造は、非上場株式の取引では他の場面でも起こり得ます。

相手方から価格の説明を受けたときは、その説明を書面やメールで残し、手数料と株式の代金を分けて記載してもらい、相手方が差益を得るのかどうかを明確に確認しておくことが大切です。本件では、口頭の説明と質問の繰り返しという事情から裁判所が認識を推認しましたが、記録があれば立証はより容易になります。また、本件のように株式の名義の変更を「上場後」まで先送りする契約では、代金を払っても株主名簿上の株主にならないままとなる点にも注意が必要です。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決がこうした記録や手続の有無を判断の基準としたものではありません。

よくあるご質問

知人を通じて非上場株式を買ったところ、知人が仕入価格よりはるかに高い価格で私に売っていたことが分かりました。契約の効力を争えますか。

争える場合があります。本判決では、売主が仕入価格と同額で譲ると述べ、代金とは別に高額な手数料が定められ、買主が差益の有無を何回も確認していたという事情から、価格に関する思い違いが要素の錯誤に当たるとされ、3億7,000万円の返還が認められました。ただし、売主が自らの判断で価格を付けて売る通常の売買では、仕入価格との差があるだけでは足りません。売主がどのような説明をしていたかを示す記録が重要です。

相手方に何度も質問していたことは、不利になりませんか。

本判決では、売主側が「何回も質問したのは疑っていたからで、同額だと信じていなかった証拠だ」と主張しましたが、裁判所は、何回も質問したことは、その度に同額であると説明されたことを推認させるとして、むしろ錯誤に陥る過程として自然であると判断し、重大な過失も否定しました。もっとも、質問とその回答の内容によって評価は変わり得ます。

脅されて「これ以上請求しない」という書面に署名してしまいました。もう請求できないのでしょうか。

本判決では、暴力団関係者がいる場で、署名しなければ連れて行かれるといった趣旨のことを言われて署名押印した確認書について、社会通念上、清算合意の意思表示をしたとは認められないとして、合意の成立自体が否定されました。相手方の代理人の弁護士が同席していても、結論は変わりませんでした。ただし、署名に至る状況を証拠で示す必要があります。本件では、同席者の証言や、書面を燃やすなどして拒否していた事実、受け取った金銭の大半を言われるままに渡した事実などが認定されています。

代金を払ってからかなり時間がたっています。時効は大丈夫でしょうか。

本件では、契約から10年以上経過した後に時効が援用されましたが、訴えの提起後、請求の根拠を変更しながらも同じ金額の返還を求め続けていたことから、催告が継続していたとして時効の中断が認められました。また、遅延損害金は、電子メールで返還を求めた日の翌日から認められました。もっとも、本件は改正前の民法が適用された事案であり、現在の法律では時効の期間や仕組みが異なります。時間がたっている場合は、早めに状況を整理することが重要です。

非上場株式を売りたいのですが、買取りを申し出た相手方の価格が妥当か分かりません。どうすればよいですか。

非上場株式には市場の価格がないため、相手方が示す価格の根拠を確認することが大切です。本判決は、買主が錯誤を主張した事案ですが、価格の説明と実際の取引の内容が食い違っていた場合に、その説明が契約の効力を左右し得ることを示しています。株式を手放す方法には、相手方への譲渡のほか、会社に対する譲渡承認の請求なども考えられます。譲渡制限株式の承認の手続は譲渡制限株式の譲渡承認手続の流れと注意点で、非上場株式の売却全般は非上場株式の売却の総合案内で解説しています。

関連する記事と御相談のご案内

非上場株式を相対で売り買いする場合や、すでに行った取引の価格や説明に疑問がある場合には、契約書、代金と手数料の支払の記録、相手方の説明を記録したメールやメモ、株主名簿の名義の状況などを整理し、契約の効力を争えるのか、代金の返還を求められるのか、時効の問題がないかを確認したうえで、対応を検討します。株券を発行していない会社の株式の譲渡の効力要件と譲渡承認請求は株券不発行会社の株式の譲渡の効力要件・対抗要件・譲渡承認請求で、譲渡制限株式の承認の手続は譲渡制限株式の譲渡承認手続の流れと注意点で解説しています。非上場株式の売却全般は非上場株式の売却の総合案内で、ほかの裁判例は非上場株式・少数株主問題の裁判例の解説記事一覧でご覧いただけます。

非上場株式の売買・価格に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所
03-6435-8418
受付時間 8:00~21:00(土日祝含む)

資料がすべてそろっていない段階でも御相談いただけます。御相談は事前予約制です。秘密は厳守します。

この記事の位置付け

非上場株式を相対で売り買いする株主に向けて、仲介した売主が仕入価格の3倍で株式を転売していた事案で、価格の錯誤による契約の無効と代金3億7,000万円の返還が認められた判例を、価格の差の重要性の観点から解説します。

株券を発行していない会社の株式の譲渡の効力要件・対抗要件については、株券不発行会社の株式の譲渡の効力要件・対抗要件・譲渡承認請求で解説しています。

具体的な御相談をお考えの皆様へ

非上場株式の売却や、株券を発行していない会社の株式の譲渡をお考えの株主の皆様に向けた当事務所の取扱内容及び対応の進め方は、次のご案内をご覧ください。

株券不発行会社の株式の譲渡の効力要件・対抗要件・譲渡承認請求

執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

2024年(令和6年)10月に最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得た弁護士です。長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件にも関与しています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

所在地 〒105-6017 東京都港区虎ノ門4丁目3番1号 森トラスト城山トラストタワー17階/電話番号 03-6435-8418/受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。

著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
03-6435-8418受付 8:00〜21:00(土日祝含む)相談申込LINE
非上場株式・少数株主のご相談03-6435-8418受付 8:00〜21:00(土日祝含む)相談申込LINE