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非上場会社の全株式の低額売却と錯誤・詐欺による株主権の回復(最高裁判所の破棄差戻し後)―東京高等裁判所平成16年12月22日判決

公開 2004年12月22日更新 2026年10月30日

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非上場会社の株式を、信頼して資産管理を任せていた人物の提案に従って、会社の純資産に比べて著しく低い価格で売却してしまった株主が、売買契約の錯誤無効と詐欺取消しを主張して、株主であることの確認を求めた事件の判例です。売主である母子2名は、預金26億円余りを持ち純資産が約10億円あった非上場会社の全株式を、合計2億円で買主2社に売却していました。買主2社の全株式は、売主から資産管理を任されていた人物が保有していました。

第一審の東京地方裁判所と、差戻し前の控訴審の東京高等裁判所は、売主の主張を退けて買主2社を株主と認めました。これに対し、最高裁判所第一小法廷平成16年7月8日判決は、錯誤や詐欺の事実を十分に審理せずに否定した原判決には審理不尽の結果法令の適用を誤った違法があるとして、原判決を破棄し、事件を東京高等裁判所に差し戻しました。差戻し後の東京高等裁判所平成16年12月22日判決は、売主の錯誤と、資産管理を任されていた人物による欺罔をいずれも認め、第一審判決を取り消して、売主2名がそれぞれ株主であることを確認しました。

本記事では、4つの審級の判決本文に基づいて、審級ごとに結論がどのように変わったのか、最高裁判所がどの点を問題として原判決を破棄したのかを整理します。

目次
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要
    1. 資産管理を任された人物が、一族の資産の運用を広く取り仕切っていた
    2. 対象会社には多額の預金があり、純資産は約10億円だった
    3. 全株式が合計2億円で、TRN氏が全株式を有する買主2社に売却された
    4. 売主2名が株主総会を開いて取締役を入れ替え、訴訟になった
  4. 事案の経緯
  5. 判決本文に記載された依頼の内容
    1. 対象会社の株式全部の譲渡に関する依頼
    2. 運用委託契約書の手数料の記載
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 双方の請求
    2. 売主2名の主張
    3. 買主2社の主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実
    1. 対象会社の財務状況
    2. エンジン開発会社ENWと大手メーカーGMKとの関係
    3. 売買代金の資金の流れ(差戻し後の控訴審で追加された認定)
  9. 第一審の判断
    1. 売買契約は成立し、株券も有効と判断
    2. 錯誤と暴利行為は否定
    3. 決議は存在しないと判断
  10. 控訴審の判断(差戻し前)
    1. 第一審判決の主な補正箇所
    2. 新たな主張(支配関係の錯誤・詐欺取消し・資金の出所)への判断
  11. 上告審の判断
    1. 理由1―全株式を純資産の約5分の1で売ることは、特段の事情がない限り不自然
    2. 理由2―「関係する会社」と説明された相手方が、一族と資本関係のない会社だった
    3. 理由3―売買代金の出所と性質を審理する必要がある
    4. 理由4―TRN氏が利益を得たことをうかがわせる事実
    5. 結論―意思決定の過程を明らかにしていなくても、審理を尽くすべき
  12. 差戻し後の控訴審の判断
    1. 意思決定の過程を供述していないことの評価を改めた
    2. 2億円の代金は低額にすぎる
    3. 株式の価値と支配関係についての錯誤を認めた
    4. 重大な過失は否定
    5. TRN氏の欺罔と、買主2社の認識も認めた
    6. 追認の主張も退けた
    7. 決議は有効と判断
  13. 審級ごとの結論の推移
  14. 主文及び結論
  15. 判断の射程
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
    3. 株式を手放すよう求められた株主の皆様へ
  16. よくあるご質問
    1. 非上場会社の株式を安値で売ってしまった後でも、株主の地位を取り戻せることはありますか。
    2. 売買契約書に署名押印してしまっていても、錯誤や詐欺を主張できますか。
    3. 会社の代表取締役として決算書や確定申告に関わっていた場合でも、株式の価値を誤解していたといえますか。
    4. 株式を売った後に役員を辞任したり、会社の申告をしたりすると、売買を認めたことになりますか。
    5. 株式を取り戻した場合、自分たちで開いた株主総会の決議はどうなりますか。
  17. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

審級 裁判所 裁判日 事件番号 形式 結論
第一審 東京地方裁判所民事第8部 平成14年3月27日 平成13年(ワ)第8392号(第1事件)、平成13年(ワ)第25074号(第2事件) 判決 買主2社の株主総会決議不存在確認請求を認容し、売主2名の株主権確認請求を棄却
控訴審(差戻し前) 東京高等裁判所第11民事部 平成15年4月16日 平成14年(ネ)第2762号 判決 売主2名の控訴を棄却(第一審判決を一部訂正のうえ維持)
上告審 最高裁判所第一小法廷 平成16年7月8日 平成15年(受)第1259号 判決 原判決を破棄し、東京高等裁判所に差戻し(裁判官全員一致)
差戻し後の控訴審 東京高等裁判所第20民事部 平成16年12月22日 平成16年(ネ)第3704号 判決 第一審判決を取り消し、買主2社の請求を棄却。売主2名がそれぞれ49万8000株を有する株主であることを確認。訴訟の総費用は買主2社の負担

上訴の状況は、各審級の判決本文で確認できた範囲では、第一審判決に対して売主2名が控訴し、差戻し前の控訴審判決に対して上告受理の申立てがされ、最高裁判所が破棄差戻しの判決をしたというものです。差戻し後の控訴審判決に対する上訴の有無及び確定は確認できていません。この表は、各判決本文の冒頭、主文及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、審級によって同じ人物に別の符号が付されているため、そのままは使わず、次の表記に統一しています。判決本文を引用する部分でも当事者の呼称を次の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。

本記事の表記 立場
対象会社QVN 自動二輪、自動車及びそれらの部品の製造、販売等を目的とする非上場会社。発行済株式総数は99万6000株。第1事件の被告で、各審級を通じて代表取締役職務代行者が代表しています
売主である長男LMT氏 対象会社QVNの株式49万8000株を有していた株主で、当時の代表取締役。母WSK氏の株式も買い受けたうえで、買主2社に売却しました。第1事件の被告補助参加人、第2事件の原告
売主である母WSK氏 対象会社QVNの株式49万8000株を有していた株主で、当時の取締役。第2事件の原告
資産管理の受託者TRN氏 大手メーカーGMKの元従業員で、売主2名から資産の運用管理等を任されていた人物。買主2社の全株式を有していました
買主である技術仲介会社NVA 工業所有権、ノウハウ、システム技術の取得、企画等及びこれらの仲介等を目的とする会社。長男LMT氏自身の株式を買い受けました。第1事件の原告、第2事件の被告
買主である不動産会社DPL 不動産の売買、賃貸、管理、仲介等を目的とする会社。長男LMT氏が母WSK氏から買い受けた株式を買い受けました。第1事件の原告、第2事件の被告
エンジン開発会社ENW 長男LMT氏が代表取締役を務め、その株式の相当部分を所有していた会社。大手メーカーGMKからレース関係の業務を受託していました
大手メーカーGMK 資産管理の受託者TRN氏の元勤務先で、エンジン開発会社ENWの主要な取引先
資金運用会社SPQ 対象会社QVNから預金の運用を委託されていた会社。差戻し後の控訴審判決は、TRN氏の支配する会社と位置付けています

このほか、解任された対象会社QVNの取締役4名は「当時の取締役4名」、新たに取締役に選任された長男LMT氏の長女は「LMT氏の長女」と表記し、金融機関は「国内銀行」「外国銀行」と表記します。長男LMT氏と母WSK氏をあわせて「売主2名」、技術仲介会社NVAと不動産会社DPLをあわせて「買主2社」と表記します。

事案の概要

資産管理を任された人物が、一族の資産の運用を広く取り仕切っていた

資産管理の受託者TRN氏は、昭和41年4月に大手メーカーGMKに入社し、平成8年6月に退社するまで、主に財務・経理の業務に従事していました。また、平成5年6月から平成8年12月まで、長男LMT氏が代表取締役を務めるエンジン開発会社ENWの監査役でした。

最高裁判所の判決本文によれば、売主2名は、遅くともTRN氏が平成8年6月に大手メーカーGMKを退職した前後ころ以降、TRN氏に対し、エンジン開発会社ENWの経営管理体制の強化、母WSK氏が死亡した際の相続税対策、一族の財産の保全・増加に必要な方策の実施に係る事務を委託し、そのためにTRN氏が、エンジン開発会社ENW、対象会社QVN、買主2社、資金運用会社SPQなどの関係する会社を活用することを了承していました。

対象会社には多額の預金があり、純資産は約10億円だった

対象会社QVNは、自動二輪や自動車等の製造販売等を目的とする非上場会社ですが、本件当時の資産の大半は預金でした。売買契約の締結直後である平成11年12月31日時点で、資産合計は27億4061万8391円、負債合計は17億5261万1169円であり、国内銀行と外国銀行に対する預金が合計26億2428万4087円ありました。最高裁判所は、本件各売買契約の締結のころ、対象会社QVNは26億円余りの預金債権を有し、約10億円の純資産を有していたと整理しています。

他方で、対象会社QVNは、平成10年10月31日、エンジン開発会社ENWとの間で、平成20年10月31日までの間、50億円の範囲でENWの借入れに対する保証を供与する旨を約していました。

全株式が合計2億円で、TRN氏が全株式を有する買主2社に売却された

母WSK氏は、平成9年11月23日ころ、長男LMT氏から、母WSK氏の株式を買い受けたいとの申出を受け、これを承諾していました。母WSK氏の相続の際の争いを防ぐとともに、長男LMT氏が企画していた対象会社QVNを活用した事業のリスクを母WSK氏に負担させないためでした。

長男LMT氏は購入代金を自ら負担することは考えていませんでした。そこで、TRN氏は、平成11年11月8日ころ、長男LMT氏に対象会社QVNの財務内容等をおおむね説明し、関係する会社が母WSK氏の株式を1億円で買い取ることを提案しました。長男LMT氏は、これを受けて、母WSK氏から譲り受ける予定の株式だけでなく、自分の株式についても、TRN氏が選定する相手先に譲渡することなどを依頼しました。

こうして、平成11年11月9日ころに母WSK氏が長男LMT氏に株式49万8000株を代金1億円で売り渡し、同月22日、長男LMT氏が、その株式を不動産会社DPLに代金1億円で、自分の株式49万8000株を技術仲介会社NVAに代金1億円で、それぞれ売り渡しました。対象会社QVNの全株式99万6000株が、合計2億円で買主2社に移ったことになります。買主2社の全株式は、TRN氏が有していました。差戻し後の控訴審判決は、TRN氏がこのことを売主2名に明らかにしたことはないと認定しています。

売主2名が株主総会を開いて取締役を入れ替え、訴訟になった

平成12年1月13日、対象会社QVNは買主2社に株券を発行しました。長男LMT氏は、同年12月25日ころに代表取締役の辞任届を提出し、平成13年1月18日にその旨の登記がされ、同日、母WSK氏の取締役辞任の登記もされました。

ところが、売主2名は、平成13年2月13日、自分たちが対象会社QVNの株主であるとして株主総会を開催し、当時の取締役4名を解任し、売主2名とLMT氏の長女を取締役に選任する決議(以下「本件各決議」といいます)をして、翌14日にその旨の登記を了しました。

そこで、買主2社が、対象会社QVNを被告として、本件各決議の不存在確認を求めて提訴し(第1事件)、長男LMT氏が対象会社QVN側に補助参加しました。これに対し、売主2名は、買主2社を被告として、それぞれ49万8000株を有する株主であることの確認を求めて提訴しました(第2事件)。両事件は併合して審理されました。

事案の経緯

時期 出来事(各審級の判決本文の認定による)
平成8年6月ころ以降 売主2名が、TRN氏に一族の財産の保全・増加に必要な方策の実施等を委託し、関係する会社の活用を了承
平成8年10月28日 対象会社QVNが、資金運用会社SPQ(当時は別の商号)に預金全額の運用を委託する契約を締結
平成9年11月23日ころ 母WSK氏が、長男LMT氏の株式買受けの申出を承諾
平成10年10月31日 対象会社QVNがエンジン開発会社ENWに対し、50億円の範囲で借入れの保証を供与する旨を約す
平成11年2月9日ころ 長男LMT氏が、資産の運用管理を引き続きTRN氏に委託する旨の書面(LMT氏の株式の評価参考価額4億9800万円との記載あり)に、内容を確認する趣旨で署名押印
平成11年3月 純資産が約10億円存在する旨の貸借対照表を添付した対象会社QVNの確定申告書が、代表取締役である長男LMT氏の名義で税務署に提出される
平成11年11月8日ころ TRN氏が、関係する会社が母WSK氏の株式を1億円で買い取ることを提案。長男LMT氏が自分の株式の譲渡も依頼
平成11年11月9日ころ 母WSK氏が長男LMT氏に49万8000株を代金1億円で売却
平成11年11月22日 長男LMT氏が、不動産会社DPLに49万8000株(母から買い受けた分)を代金1億円で、技術仲介会社NVAに49万8000株(自分の分)を代金1億円で売却。同日、資金運用会社SPQが母WSK氏に長男LMT氏名義で5000万円を支払う
平成11年11月24日 技術仲介会社NVA名義で長男LMT氏に5000万円が支払われる
平成12年1月7日 TRN氏が長男LMT氏に株式譲渡の完了を報告。長男LMT氏が、対象会社QVNに株券の発行と、買主2社のための保管を求める書面を交付
平成12年1月11日、12日 各売買代金の残金5000万円ずつが支払われる
平成12年1月13日 対象会社QVNが買主2社に各49万8000株の株券を発行
平成12年3月22日 外国銀行の対象会社QVN名義の口座から、不動産会社DPL名義の口座に5億円が送金される
平成12年3月30日付け 長男LMT氏が対象会社QVNの確定申告書を提出
平成12年12月 対象会社QVNの商号が、会社の清算を考えたと思われる商号に変更される
平成12年12月25日ころ 長男LMT氏が代表取締役の辞任届を提出(平成13年1月18日登記。同日、母WSK氏の取締役辞任の登記)
平成13年1月23日 母WSK氏が代理人を通じてTRN氏に資産の管理状況の説明を求めたことから、TRN氏の態度が急変し、長男LMT氏がこれを現認
平成13年2月13日 売主2名が株主総会を開催し、本件各決議(取締役4名の解任、売主2名とLMT氏の長女の選任)。翌14日に登記
平成14年3月27日 東京地方裁判所が、決議不存在確認請求を認容し、売主2名の請求を棄却
平成15年4月16日 東京高等裁判所が、売主2名の控訴を棄却
平成16年7月8日 最高裁判所第一小法廷が、原判決を破棄して東京高等裁判所に差戻し
平成16年12月22日 東京高等裁判所が、第一審判決を取り消し、売主2名が株主であることを確認

判決本文に記載された依頼の内容

本件では株式売買契約書の条項そのものは争点になっていませんが、第一審判決は、長男LMT氏が平成11年11月8日ころにTRN氏に依頼した内容を、次のとおり認定しています。以下は判決本文の文言のままの引用です(当事者の呼称は本記事の表記に置き換え、〔 〕で示しています)。

対象会社の株式全部の譲渡に関する依頼

a 株式売却後は代表取締役を辞任する。
b 期間を経て、将来、〔対象会社QVN〕を閉鎖する方向で進めることに同意する。
c 金額、相手先の選定等々について〔TRN氏〕の決定に任せる。

第一審判決は、このほかにも、エンジン開発会社ENWの全株式の売却や、長男LMT氏が所有する土地の売却などをTRN氏に依頼した内容を認定しています。売却の金額と相手先の選定を、資産管理の受託者に委ねる内容であったことが分かります。

運用委託契約書の手数料の記載

差戻し後の控訴審判決は、対象会社QVNと資金運用会社SPQとの間の資金運用に関する業務委託契約書に「業務委託手数料は、毎月末預かり資金残高の3%とする」との記載があることを示したうえで、「その趣旨は明確ではない」と述べています。この点は、買主2社が主張した対象会社QVNの簿外債務の評価に関係しています(後述)。

当事者の請求と主要な主張

双方の請求

  • 第1事件:買主2社は、自分たちが対象会社QVNの全株式を有しているのに、本件各決議は買主2社がまったく関与せずに行われたものであるから存在しないと主張し、対象会社QVNに対し、本件各決議の不存在確認を求めました。
  • 第2事件:売主2名は、株式を譲渡したことはないなどと主張し、買主2社に対し、それぞれ対象会社QVNの株式49万8000株を有する株主であることの確認を求めました。

売主2名の主張

主張 内容
売買契約の不成立 買主2社に株式を譲渡したことはない(主位的な主張として各審級で維持)
株券の不交付 売主2名は平成3年8月1日発行の株券を所持しており、有効な株券の交付がない。買主2社の株券は1株の金額の記載等を欠き無効である
株式の価値についての錯誤 対象会社QVNの全株式の価値は10億円以上であり、2億円で売却したとすれば要素の錯誤がある
買主2社に対する支配関係についての錯誤(控訴審以降) TRN氏が実質的に支配する買主2社を、一族が所有支配する会社であると誤信して売却した
詐欺による取消し(控訴審以降) TRN氏が、株式の価値を2億円程度と説明し、売却の相手方を「関係する会社」と説明して欺罔した。差戻し前の控訴審の口頭弁論期日において取消しの意思表示をした
暴利行為・公序良俗違反 10億円以上の株式を2億円で買い受けるもので暴利行為に当たる。また、売買代金はエンジン開発会社ENWから対象会社QVNを経由して資金運用会社SPQに移動した資金であり、実質的には売主側が支出している

買主2社の主張

買主2社は、売買契約は有効に成立しており、2億円の代金は合理的であったと主張しました。その理由として、長男LMT氏が引退後の生活保障のために株式の現金化を望んでいたこと、一族が関与する対象会社QVNを直ちに解散して現金を取得することは困難であったこと、対象会社QVNはエンジン開発会社ENWに50億円の融資枠保証をしており、金融支援を求められる可能性が高かったこと、資金運用会社SPQに4億円余りの簿外債務を負っていたこと、株式を取得しても配当は期待できなかったことなどを挙げました。また、長男LMT氏は代表取締役として対象会社QVNの財務状況を把握していたから錯誤に陥っていない、仮に錯誤があっても重大な過失がある、と主張しました。差戻し後の控訴審では、長男LMT氏が売買契約後に確定申告や代表取締役の辞任をしたことにより売買契約を追認したとの主張も加えています。

結論を左右した争点

第一審判決は、争点を、売買契約の成立と株券の交付の有無、株式の価額についての錯誤とその重大な過失、暴利行為・公序良俗違反、本件各決議の存否の4つに整理しました。

売買契約の成立と株券の効力については、すべての審級で買主2社側の主張が認められ、結論は変わっていません。結論を分けたのは、次の点でした。

  1. 売主2名が、株式の実質的な価値について錯誤に陥っていたか。
  2. 売主2名が、買主2社が一族の支配する会社であると誤信していたか(支配関係についての錯誤)。
  3. TRN氏の働き掛けによる欺罔があったか。
  4. 売主2名が、売買に至った意思決定の過程を具体的に供述していないことを、どう評価するか。

第一審と差戻し前の控訴審は、4の点を重視して錯誤や欺罔による誤信を認める余地はないとしましたが、最高裁判所は、1から3の点について、客観的な事情から錯誤がうかがわれるのに十分な審理をしていないとして原判決を破棄しました。本件各決議の存否は、誰が株主かによって決まる関係にあり、審級ごとの結論もこれに連動しています。

裁判所が認定した重要な事実

各審級の判決本文に共通する、又は上級審が補正したうえで認定した事実のうち、結論に関係する主なものは次のとおりです(以下は判決本文の認定事実の要約です)。

対象会社の財務状況

項目 平成10年12月31日当時 平成11年12月31日当時(売買直後)
資産合計 20億4153万9950円 27億4061万8391円
負債合計 10億2867万2501円 17億5261万1169円
主な資産 現金及び預金821万4701円、その他流動資産14億2077万8355円 国内銀行及び外国銀行に対する預金合計26億2428万4087円、機械装置5070万9814円
主な負債 短期借入金5億円、前受金3億3726万0657円 仮受金11億6344万9975円、借入金5億円

平成11年12月31日当時の預金の合計額は、第一審判決では別の金額でしたが、差戻し前の控訴審判決が26億2428万4087円に訂正し、最高裁判所判決と差戻し後の控訴審判決もこの金額によっています。第一審判決は、対象会社QVNが平成9年及び平成11年は赤字決算、平成10年は特別利益による黒字決算であったことも認定しています。

エンジン開発会社ENWと大手メーカーGMKとの関係

差戻し前の控訴審判決は、エンジン開発会社ENWが大手メーカーGMKからレース関係の業務を受託し、その売上げが総売上げの概ね3分の1を占めていたこと、大手メーカーGMKが自らのレース活動の再開を発表し、平成11年8月11日にはENWに平成14年以降は契約を締結する予定はないとの意向を示し、同年10月ころには保有していたENWの株式を長男LMT氏に売却したことなどを詳しく認定しました。そのうえで、本件各売買契約の当時、ENWは経営の基盤である大手メーカーGMKとの取引が縮小する見込みであったと認定しています。

売買代金の資金の流れ(差戻し後の控訴審で追加された認定)

差戻し後の控訴審判決は、TRN氏の指示により、エンジン開発会社ENW名義の口座から対象会社QVN名義の口座へ、平成11年中に多額の資金が移動し、対象会社QVN名義の口座から資金運用会社SPQ名義の口座にも入金されていたことを認定しました。そして、母WSK氏に支払われた代金合計1億円と、長男LMT氏に支払われた代金1億円のうち9000万円は、資金運用会社SPQ名義の口座から払い戻されたもので、資金運用会社SPQではこれらが買主側に対する立替金として処理されていたと認定しています。買主2社は、長男LMT氏名義の口座に振り込んだ1億円の原資等を明らかにしていないとも述べています。

また、売買の当時、外国銀行の対象会社QVN名義の口座には約26億円余りがありましたが、買主2社が対象会社QVNを支配するようになった後の平成12年3月22日、その口座から不動産会社DPL名義の口座に5億円が送金されたことも認定されています。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

第一審の判断

東京地方裁判所は、買主2社の第1事件の請求を認容し、売主2名の第2事件の請求を棄却しました。

売買契約は成立し、株券も有効と判断

第一審判決は、売買契約書等の各書面に長男LMT氏又は母WSK氏の署名又は印影があり、それが本人の意思に基づかずに作出されたと認めるには足りないとして、売買契約の成立を認めました。TRN氏を信頼したあまり書面の内容を確認せずに署名押印したとの売主2名の主張については、長男LMT氏が複数の会社の代表取締役を20年以上務めてきたことなどの経歴や書面の内容の重要性に照らし、容易に信用することができないとしています。

売主2名が所持する平成3年発行の株券については、長男LMT氏が平成12年1月7日付けで、株券の発行と買主2社のための保管を求める書面に署名していたことから、売主側の株券は対象会社QVN及び株主である長男LMT氏の了解の下で買主2社の株券に差し替えられたと認定しました。買主2社の株券に額面額の記載がないとの主張についても、「株券が法定の記載事項を欠いていても、株券として本質的な事項の記載がある限り、当該株券は無効でないと解すべきである」と述べて、株券は有効であるとしました。

錯誤と暴利行為は否定

第一審判決は、まず、売主2名の錯誤の主張は予備的なものにすぎず、長男LMT氏は本人尋問で書面に署名捺印した記憶はないなどと供述するだけで、具体的な錯誤の内容を明らかにしておらず、その供述の内容や態度は錯誤の主張と適合していないと指摘しました。

そのうえで、次の事情を総合考慮しました。

  • 長男LMT氏は、母WSK氏から株式を購入しようとしていたが、自ら出捐することは考えていなかったこと
  • TRN氏から財務内容などのおおむねの説明を受けた長男LMT氏が、自分も株式を1億円で売りたいと述べたこと
  • 長男LMT氏は、自分の株式の参考価格が4億9800万円であることを認識していたこと
  • 対象会社QVNは約10億円余の純資産と約26億円余の預金債権を有していたが、エンジン開発会社ENWに50億円の保証約束をしており、ENWの資金繰りを支えるため相当多額の支出が見込まれていたほか、資金運用会社SPQに対しても約4億円の簿外の債務を負担していたこと
  • 安定して利益を計上できる体質ではなく、株式の買主は一定期間、利益配当を受けられずに資金を寝かせることになる状態であったこと
  • 対象会社QVNは非公開会社であり、「その株価算定には一義的な基準が存在しない」こと
  • 売主2名において、対象会社QVNを解散して資産を分配することを考えることはできない状況にあったこと

第一審判決は、これらの事情から、純資産の価額のみを基準として株式の価額を決定することはできない状況にあったとし、次のとおり判断しました。

「〔LMT氏及びWSK氏〕が、〔対象会社QVN〕の全株式を合計2億円で売り渡したことに錯誤があると認めることはできず、また、この売買契約が暴利行為であるとまで認めることはできないというべきである。」

売主2名が提出した、株主価値を約10億円余と算定した資料についても、作成者自身が参考にすぎないことを認めているとして、認定を覆すに足りないとしました。売買代金が売主側の資金であったとの公序良俗違反の主張も、資金運用会社SPQと長男LMT氏とは法人格を異にするなどとして退けています。

決議は存在しないと判断

以上から、対象会社QVNの株主は買主2社であり、本件各決議は買主2社を排除してされたものであることが明らかであるとして、本件各決議が存在するものと認めることはできないと判断しました。

控訴審の判断(差戻し前)

売主2名だけが控訴しました。差戻し前の控訴審判決によれば、第1事件については、被告補助参加人である長男LMT氏の控訴により、被告である対象会社QVNについても移審の効果が生じています。東京高等裁判所は、第一審判決の理由を引用しつつ訂正し、控訴審での新たな主張への判断を付加したうえで、控訴をいずれも棄却しました。第一審の結論を維持し、理由を補正したものです。

第一審判決の主な補正箇所

  • 売主2名が個人の実印までTRN氏に預けていたと認めるに足りる証拠はなく、売主2名は自ら又は代理人をして印鑑登録証明書の交付を申請し、各売買契約書に実印を押捺したものと認められる、との理由を加えました。
  • 大手メーカーGMKとエンジン開発会社ENWとの取引の縮小の経緯を詳しく認定し直しました。
  • 錯誤を否定する事情として、長男LMT氏が、本件各売買契約に先立つ平成11年3月に、代表取締役として、純資産が約10億円存在することを容易に把握できる貸借対照表を含む確定申告書を税務署に提出していたことを加えました。
  • 錯誤の主張に対する理由を、売主2名が、TRN氏からどのような説明を受け、どのように考えて売買契約を締結するに至ったのか、どのように誤信したのかなど、具体的な意思決定の過程について何ら供述ないし陳述していないという内容に改めました。
  • 売主2名が新たに提出した株主価値の算定資料も、参考資料にすぎないとして認定を覆すに足りないとしました。
  • 簿価約5070万円の機械装置が後に5億円で売却された点について、その売却は平成12年のことであり、売買当時に簿価で評価することが相当性を欠くとはいえない、との理由に改めました。

新たな主張(支配関係の錯誤・詐欺取消し・資金の出所)への判断

売主2名は、控訴審で、本件各売買契約はTRN氏が私益を図る目的で行った一連の資産流出の一環であり、TRN氏の支配する買主2社を一族の会社であると誤信して契約したとして、支配関係についての錯誤と詐欺による取消しを主張しました。差戻し前の控訴審判決は、売主2名は主位的には売買契約の締結を否認しており、錯誤無効と詐欺取消しの主張は予備的なものにすぎないうえ、長男LMT氏は契約書を作成した記憶も株式を売った覚えもないと述べるだけで、具体的な意思決定の過程を供述していないとして、次のとおり判断しました。

「〔LMT氏ら〕が主張する錯誤や〔TRN氏〕の欺罔行為による誤信を認める余地はないというほかない」

TRN氏の資産流出行為の全体的な違法性が本件各売買契約の効力に当然影響するという主張については、「独自の見解であって、採用することができない」としました。

売買代金がエンジン開発会社ENWの口座から移動させた資金で支払われたとの主張についても、仮にそうであるとしても、「〔エンジン開発会社ENW〕と〔買主2社〕との間で清算の権利義務関係が残るに過ぎないものであり」、ENWと売主2名とは法人格を異にし、そもそもTRN氏が欺罔行為を行ったとは認められないとして、退けました。

上告審の判断

売主2名らの上告受理の申立てに対し、最高裁判所第一小法廷は、原判決を破棄し、事件を東京高等裁判所に差し戻しました。最高裁判所は、原判決のうち、本件各売買契約につき詐欺による取消し又は錯誤による無効が認められないとした判断は是認することができないとしました。原判決の結論を変更する前提として、審理のやり直しを命じたものです。最高裁判所自身が錯誤や詐欺を認定したのではない点に注意が必要です。

理由1―全株式を純資産の約5分の1で売ることは、特段の事情がない限り不自然

最高裁判所は、売買当時、対象会社QVNが26億円余りの預金債権と約10億円の純資産を有していたこと、代表取締役であった長男LMT氏が預金を引き出すことに妨げとなるような事情はうかがわれず、仮にこの時点で清算したとすれば、全株式を有する売主2名は少なくとも負債との差額約10億円を容易に現金化して取得できたことを指摘しました。そのうえで、次のように述べています。

「特段の事情のない限り,このような資産を有する会社であることを知りながら,その会社の全株式を合計2億円で売却することは不自然であるといわざるを得ず,このことは,〔LMT氏及びWSK氏〕において,本件各売買契約の要素たる売買対象物の価値について錯誤があったことをうかがわせるものである。」

原審が重視した事情については、次のように評価して、特段の事情があるとは認め難いとしました。

  • エンジン開発会社ENWへの50億円の保証は、売買当時は保証約束の段階にとどまっており、保証債務の発生は将来の可能性にすぎない。
  • 長男LMT氏が、株式の評価参考価額4億9800万円と記載された書面に署名押印したことや、純資産約10億円の貸借対照表を添付した確定申告書が同氏の名義で提出されたことについても、同氏が当時、資産の運用管理をTRN氏に委ね、その誠実さを疑うことなく全面的に信頼していたこと等がうかがわれることに照らすと、「上記の事実をもって,直ちに,〔LMT氏〕が〔対象会社QVN〕の株式の実質的な価値について正確に認識していたものとは認め難い」。

理由2―「関係する会社」と説明された相手方が、一族と資本関係のない会社だった

最高裁判所は、TRN氏が「関係する会社」において株式を買い取ることを提案していたことに着目し、この「関係する会社」とは、売主2名ら一族が株式等を有するなどして支配権を有する会社を指すものと解されるとしました。そのうえで、次のように述べています。

「〔LMT氏及びWSK氏〕としては,このような会社が〔対象会社QVN〕の株式を買い取るというのであればともかく,その買主たる〔買主2社〕が,〔LMT氏及びWSK氏〕ら一族と全く資本関係がなく,〔両氏〕らの支配が及ばない会社であるのに,〔対象会社QVN〕の全株式を合計2億円という,〔対象会社QVN〕の純資産額と比較して極めて安価な代金で売却したというのであれば,特段の事情が存しない限り,〔LMT氏及びWSK氏〕の意思に,〔買主2社〕に対する支配関係又は上記株式の実質的な価値について錯誤があったことがうかがわれるというべきである。」

さらに、「関係する会社」による買取りを提案したのはTRN氏自身であるから、売主2名にこの錯誤があったとすれば、TRN氏は当然にそれを了知していたものとみるべきであるとしました。

理由3―売買代金の出所と性質を審理する必要がある

売主2名は、代金2億円は、TRN氏が一族の支配するエンジン開発会社ENWから、TRN氏の支配する資金運用会社SPQへ移動させた資金であると主張していました。最高裁判所は、これが事実であれば、売主2名は実質的に対価を得ることなく対象会社QVNの資産をTRN氏の支配する買主2社に譲渡したことになり、「このような取引は通常考えられないから」、売主2名が買主2社を一族の支配する会社と誤解していたことを強くうかがわせることになるとしました。そして、「売買代金2億円の支払資金の出所及び性質についての審理が必要であるというべきである」と判断しました。差戻し前の控訴審が、資金の出所を「清算の権利義務関係が残るに過ぎない」として退けた点を、審理すべき事項として改めたことになります。

理由4―TRN氏が利益を得たことをうかがわせる事実

最高裁判所は、記録から、次の事実がうかがえるとしました。

  • 売主2名はTRN氏を信頼して資産管理を委託しており、TRN氏から財産の保全・増加に必要であるとして示された方策に全面的に従っていたこと
  • 売買当時、外国銀行の対象会社QVNの口座には26億円余りの残高があったが、買主2社が対象会社QVNを支配するようになった後の平成12年3月に、その口座から不動産会社DPLに5億円が送金されていること
  • TRN氏は将来的には対象会社QVNの清算を考えており、平成12年12月には、対象会社QVNの商号が、会社の清算を考えてと思われる商号に変更されていること

最高裁判所は、これらの事情、とりわけ、純資産約10億円の会社の全株式を合計2億円で取得することになったのはTRN氏の提案に基づくものであったこと、売主2名がTRN氏を全面的に信頼していたこと、TRN氏が買主2社の全株式を有し、本件各売買契約の結果、労せずして多額の利益を得たといえることに照らすと、売主2名が、TRN氏からの働き掛けにより、買主2社に対する一族の支配関係又は株式の実質的な価値に関し錯誤に陥ったことを直ちに否定することはできないとしました。

結論―意思決定の過程を明らかにしていなくても、審理を尽くすべき

最高裁判所は、原判決が指摘するように、長男LMT氏が売買契約締結に至る意思決定の過程を具体的に明らかにしていないという事情を考慮しても、なお、TRN氏による欺罔の事実又は売主2名の錯誤の事実について十分に審理をすることなくこれを否定した原審の判断には、「審理不尽の結果法令の適用を誤った違法があるといわざるを得ない」としました。そして、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとして原判決を破棄し、更に審理を尽くさせるため、事件を東京高等裁判所に差し戻しました。

なお、最高裁判所は、その余の上告受理申立て理由については判断していません。暴利行為・公序良俗違反を否定した原審の判断について、最高裁判所が独立した判断を示したものではありません。

差戻し後の控訴審の判断

差戻し後の東京高等裁判所は、第一審判決の理由を引用しながら、錯誤と詐欺に関する部分を全面的に書き改め、第一審判決を取り消しました。第一審と差戻し前の控訴審の結論を変更したものです。売買契約の成立と株券の差替えの認定は維持されており、結論が変わったのは、売買契約が錯誤により無効であり、また詐欺により取り消されたと判断されたためです。

意思決定の過程を供述していないことの評価を改めた

差戻し後の控訴審判決は、長男LMT氏が、本人尋問で、売買契約書等に署名又は押印した記憶はないとし、具体的な意思決定の過程を供述していないことについて、理解しがたい点もあることは否定し得ないとしながらも、同氏が多額の資産の管理を他人任せにしてきた経緯の中で当時TRN氏を全面的に信頼しており、個人的な資産の話については会社の仕事の話の後にまとめて書類へのサイン等を求められることも多く、説明をそのまま受け入れていたことなどから、具体的な状況を明確に記憶していないものと考えられるとしました。そのうえで、詳細な供述を拒んでいることをもって、売主2名の意思を、次のように判断するべきではないと述べています。

「契約内容がおよそ合理的なものであればともかく、〔LMT氏及びWSK氏〕にとりかなりの不利益のある契約内容につき、その内容を十分理解し、その上で、不利益のある契約内容を容認したと判断するべきではない。」

また、第一審判決の「書面の内容を確認することなく」署名押印したとは信用できないとの部分は、「書面の内容を十分に理解していたかどうかはともかく、全く確認することもなく」と改められました。署名押印の事実は認めつつ、内容の理解とは区別する趣旨と読めます(当事務所の理解です)。

2億円の代金は低額にすぎる

差戻し後の控訴審判決は、最高裁判所と同様に、対象会社QVNを清算すれば売主2名は少なくとも約10億円を容易に現金化して取得できたから、特段の事情がない限り、全株式を2億円で売却することは不自然であるとしました。そして、買主2社が代金の合理性の根拠として挙げた事情を、次のとおり退けました。

  • 長男LMT氏は当時122億円以上の資産を有しており、不利な条件で株式を現金化しなければならない状況にあったとは認められない。
  • 一族が関与する対象会社QVNを直ちに解散することがはばかられるのであれば、その支配権を手放すことも同様に問題となるはずであり、買主2社の主張は当を得ない。
  • 資金運用会社SPQに対する4億円の簿外債務は、内容が明確でなく、これを認めるに足りる的確な証拠もない。
  • エンジン開発会社ENWへの50億円の融資枠保証は、売買当時は保証約束の段階にとどまり、保証債務の発生は将来の可能性にすぎない。

そのうえで、「2億円という売買代金は前記認定した〔対象会社QVN〕の価値に比較して低額にすぎるものであるというべきである」と判断しました。

株式の価値と支配関係についての錯誤を認めた

代表取締役として確定申告をしていたから財務状況を把握していたという買主2社の主張については、母WSK氏は長男LMT氏に万事を任せきりであり、長男LMT氏はTRN氏を全面的に信頼して資産の運用管理や会社の運営を委ねていたもので、代表取締役として書類に決済印を押してもその財務内容を十分理解していたとはいえず、株式の実質的価値を正確に認識していたと認めることはできないとしました。

さらに、TRN氏が買主は「関係のある会社」であると説明したことについて、一族が株式等を有するなどして支配する会社を指すものと解するのが自然であるのに、買主2社はTRN氏が全株式を有する会社であったこと、代金には一族の支配するエンジン開発会社ENWから引き出され、TRN氏の支配する資金運用会社SPQを経由した資金が充てられたこと、その後に対象会社QVNの預金から不動産会社DPLに5億円が送金されたことを挙げ、次のように判断しました。

「〔LMT氏及びWSK氏〕の意思に上記株式の実質的な価値及び〔買主2社〕に対する〔LMT氏及びWSK氏〕の支配関係について錯誤があったというべきである。」

重大な過失は否定

買主2社は、仮に錯誤があっても売主2名に重大な過失があると主張しました。差戻し後の控訴審判決は、売主2名が、資産の管理運営を任せていたTRN氏から、TRN氏が買主2社の全株式を有していることに触れられず、対象会社QVNの財務状況について不正確な説明を受けたことにより錯誤に陥ったものであることを考慮すると、重大な過失があったと認めることはできないとしました。

TRN氏の欺罔と、買主2社の認識も認めた

差戻し後の控訴審判決は、全株式を合計2億円で売却することはTRN氏の提案であったこと、TRN氏が買主は「関係のある会社」であると説明して自らが全株式を有する買主2社に売却させたことなどから、TRN氏は株式の価値と買主2社に対する支配関係について売主2名を欺罔し、誤信させたものと認めることもできるとしました。そして、TRN氏は買主2社の全株式を有してこれらを支配していたから、「〔買主2社〕は〔TRN氏〕の上記欺罔を知っていたというべきである」と判断しています。売主2名が差戻し前の控訴審の口頭弁論期日において売買契約を取り消す旨の意思表示をしたことは、記録上明らかであるとされました。

追認の主張も退けた

買主2社は、長男LMT氏が売買契約後の平成12年3月30日付けで対象会社QVNの確定申告書を提出し、同年12月25日付けで代表取締役の辞任届を提出したことは、売買契約の追認に当たると主張しました。差戻し後の控訴審判決は、長男LMT氏は、平成13年1月23日にTRN氏の態度が急変するのを現認するまでTRN氏に対する信頼を失っておらず、TRN氏の提案する方策に従っていたのであり、確定申告書や辞任届を提出した際に錯誤があったことを認識していたとは認められないとして、追認の主張を採用しませんでした。

決議は有効と判断

以上から、売主2名はそれぞれ49万8000株を有する株主であり、平成13年2月13日に全株式を有する株主として株主総会を開催して本件各決議をしたものであるから、「本件各決議は有効なものであると認めることができる」と判断されました。

差戻し後の控訴審判決は、錯誤と詐欺の判断によって結論を出しており、暴利行為・公序良俗違反の主張については独立した判断を示していません。

審級ごとの結論の推移

審級 錯誤・詐欺 株主と認められた者 本件各決議 下級審との関係
第一審(平成14年3月27日) 価値についての錯誤を否定。暴利行為・公序良俗違反も否定 買主2社 存在しないことを確認 ―
控訴審・差戻し前(平成15年4月16日) 価値・支配関係についての錯誤、詐欺による誤信をいずれも否定 買主2社 存在しない(控訴棄却) 第一審の結論を維持し、理由を補正
上告審(平成16年7月8日) 錯誤・欺罔を直ちに否定することはできず、審理不尽の違法があるとした 判断せず 判断せず 原判決を破棄し、差戻し
差戻し後の控訴審(平成16年12月22日) 価値・支配関係についての錯誤を認め、重大な過失を否定。TRN氏の欺罔と買主2社の認識も認め、追認を否定 売主2名(各49万8000株) 有効(不存在確認請求を棄却) 第一審判決を取り消し、結論を変更

主文及び結論

  • 第一審判決の主文は、本件各決議が存在しないことを確認し、売主2名の第2事件の請求をいずれも棄却し、訴訟費用は対象会社QVN及び売主2名の負担とする、というものでした。
  • 差戻し前の控訴審判決の主文は、「控訴人〔LMT氏〕及び同〔WSK氏〕の本件控訴をいずれも棄却する。」というもので、控訴費用は売主2名の負担とされました。
  • 最高裁判所判決の主文は、「原判決を破棄する。」「本件を東京高等裁判所に差し戻す。」というものです。
  • 差戻し後の控訴審判決の主文は、「原判決(第1審判決)を取り消す。」「被控訴人らの請求をいずれも棄却する。」というもので、あわせて、売主2名がそれぞれ対象会社QVNの株式49万8000株を有する株主であることを確認し、訴訟の総費用は買主2社の負担とされました(「被控訴人ら」は買主2社を指します)。

最終的に、売主2名は株主の地位を回復し、売主2名が開催した株主総会での本件各決議は有効とされました。

判断の射程

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。判断の基準は、最も上級の審級である最高裁判所の判断と、それを受けた差戻し後の控訴審の判断です。第一審と差戻し前の控訴審が示した判断のうち、錯誤と詐欺を否定した部分は、上級審で改められています。

参考となる点

  • 客観的な価格の著しい不均衡が、錯誤をうかがわせる事情になること。最高裁判所は、清算すれば約10億円を容易に取得できる会社の全株式を合計2億円で売却することは、特段の事情のない限り不自然であり、価値についての錯誤をうかがわせるとしました。非上場株式には一義的な株価算定の基準がないとしても、会社の資産の大半が預金であるような場合には、純資産との比較が重視され得ることを示しています。
  • 「誰に売るのか」についての誤解も、錯誤の対象になり得ること。最高裁判所と差戻し後の控訴審は、株式の価値だけでなく、買主に対する一族の支配関係についての錯誤を問題にしました。身内や関係会社に移すつもりで安く売ったのに、実際には第三者の支配する会社だった、という場面です。
  • 本人が経緯を具体的に説明できないことだけで、錯誤を否定すべきではないこと。第一審と差戻し前の控訴審は、売主が意思決定の過程を具体的に供述していないことを重視しましたが、最高裁判所は、その事情を考慮してもなお十分な審理が必要であるとしました。差戻し後の控訴審も、かなりの不利益がある契約内容について、内容を理解したうえで容認したと判断するべきではないとしています。資産管理を他人に任せきりにしていた株主にとって、重要な判断です。
  • 代金の資金の出所が、取引の実態を示す事情になること。最高裁判所は、売買代金が売主側の会社から出た資金であれば、実質的に対価を得ずに資産を譲渡したことになり、通常考えられない取引であるとして、資金の出所と性質の審理を求めました。安値売却の後に会社の資産が買主側に移っていないかも、事案の実態を示す材料になります。
  • 代表取締役であったことや、決算書類に関与していたことだけで、株式の価値を正確に認識していたとはされないこと。最高裁判所と差戻し後の控訴審は、確定申告書の提出や評価額の記載された書面への署名押印があっても、資産管理を全面的に委ねていた事情の下では、直ちに正確な認識があったとは認め難いとしました。
  • 売買後の行動が、当然に追認とされるわけではないこと。差戻し後の控訴審は、売買後の確定申告や役員の辞任について、その当時に錯誤を認識していたとは認められないとして追認を否定しました。

一般化できない点

  • 本件は、対象会社の資産の大半が預金であり、純資産が明確で容易に現金化できたこと、売主が全株式を有していたこと、買主の全株式を売主の資産管理の受託者が有していたこと、代金の資金が売主側の会社から出ていたこと、売買後に会社の預金が買主に送金されたことなど、特殊な事情が重なった事案です。単に売却価格が安かったというだけで、錯誤や詐欺が認められるわけではありません。
  • 最高裁判所は、錯誤や詐欺を自ら認定したのではなく、審理不尽を理由に原判決を破棄して差し戻したものです。錯誤と詐欺を認定したのは、差戻し後の東京高等裁判所です。
  • 本件には、平成29年の民法改正(令和2年4月1日施行)前の民法が適用されています。当時の民法では、要素の錯誤がある意思表示は無効とされ、表意者に重大な過失があるときは無効を主張できないとされていました。現在の民法では、錯誤は取消しの原因とされ(民法95条1項)、法律行為の基礎とした事情についての錯誤は、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り取り消すことができるとされています(同条2項)。第三者が詐欺を行った場合も、現在は、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに取り消すことができると定められています(民法96条2項)。本件の判断が現在の民法の下でどのように扱われるかは、本件の判決からは直接には分かりません。
  • 本件では、当時の商法の下で株券が発行されており、株券の交付や効力も争点となりました。現在の会社法では、定款で定めない限り株券は発行されないため、株券をめぐる争点の構図は異なり得ます。
  • 暴利行為・公序良俗違反の主張は、第一審と差戻し前の控訴審で否定され、最高裁判所と差戻し後の控訴審はこの点について独立した判断を示していません。
  • 差戻し後の控訴審判決に対する上訴の有無及び確定は確認できていません。

株式を手放すよう求められた株主の皆様へ

本件は、信頼していた人物の提案に従って、会社の実質的な価値を十分に理解しないまま全株式を手放してしまった事案です。株式の譲渡を勧められたときは、会社の純資産や預金の額、買主が誰の支配する会社なのか、代金の資金がどこから出るのかを確認することが大切です。これは本件を踏まえた当事務所の着眼点であり、判決が一般的な基準として示したものではありません。

会社が買取りに応じない場合を含め、非上場株式の売却の進め方は、次のページで総合的にご案内しています。

よくあるご質問

非上場会社の株式を安値で売ってしまった後でも、株主の地位を取り戻せることはありますか。

事情によっては、売買契約の錯誤や詐欺を主張して、株主であることの確認を求める余地があります。本件では、純資産約10億円の会社の全株式を合計2億円で売却した売主について、差戻し後の控訴審が錯誤と詐欺を認め、売主が株主であることを確認しました。ただし、本件は価格の著しい不均衡に加え、買主の支配関係や代金の資金の出所など多くの事情が重なった事案であり、安値であったことだけで認められるものではありません。

売買契約書に署名押印してしまっていても、錯誤や詐欺を主張できますか。

本件でも、売買契約書への署名押印の事実は認められ、売買契約の成立自体は否定されませんでした。そのうえで、差戻し後の控訴審は、契約内容が売主にかなりの不利益のあるものである場合に、内容を十分理解して容認したと判断するべきではないとして、錯誤と詐欺を認めています。署名押印があっても、契約に至った事情によっては、意思表示の効力を争う余地があります。

会社の代表取締役として決算書や確定申告に関わっていた場合でも、株式の価値を誤解していたといえますか。

本件では、売主が代表取締役であり、純資産約10億円の貸借対照表を添付した確定申告書が売主名義で提出されていました。それでも、最高裁判所は、売主が資産の運用管理を信頼する人物に全面的に委ねていた事情等に照らすと、直ちに株式の実質的な価値を正確に認識していたとは認め難いとし、差戻し後の控訴審も、株式の実質的価値を正確に認識していたと認めることはできないとしました。形式的な関与の有無だけでなく、実際にどのように経営や資産管理が行われていたかが問題になります。

株式を売った後に役員を辞任したり、会社の申告をしたりすると、売買を認めたことになりますか。

本件では、買主側が、売主が売買後に確定申告書を提出し、代表取締役の辞任届を提出したことは追認に当たると主張しました。差戻し後の控訴審は、売主がその当時、錯誤があったことを認識していたとは認められないとして、追認の主張を退けました。いつ錯誤や欺罔に気付いたのかが重要になります。

株式を取り戻した場合、自分たちで開いた株主総会の決議はどうなりますか。

株主総会の決議の存否や効力は、誰が株主であるかによって左右されます。本件では、第一審は買主2社を株主と認め、売主2名が開いた株主総会の決議は存在しないとしましたが、差戻し後の控訴審は売主2名を株主と認め、売主2名が全株式を有する株主として開催した株主総会の決議を有効と判断しました。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

2024年(令和6年)10月に最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得た弁護士です。長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件にも関与しています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

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中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
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