医療法人を退社して出資持分の払戻しを請求する手順 退社の届出・算定の資料・請求書の送り方

▶ 医療法人の出資持分の払戻請求で問題になること(医療法人の種類と払戻額)
医療法人を辞めるので出資した分を返してほしい、亡くなった親が出資していた医療法人に払戻しを求めたい、と考えても、何から始めればよいか分からないまま、医療法人の理事長に口頭で申し出てしまうことがあります。
出資持分の払戻しの請求は、定款の定めに基づく権利です。退社の日は払戻額の算定の基準となり、請求の日は遅延損害金に、請求権が生じた時期は時効に、それぞれ関わります。手順を誤ると、請求の根拠や日付をめぐって争いが生じ、交渉の土台が定まりません。
本記事では、払戻しを請求する社員・ご遺族の立場から、定款の確認、退社の届出、算定の資料の集め方、請求書の送り方、交渉から訴訟までの順序をご説明します。
払戻しを請求する手順の全体像
- 定款で払戻しの定めと退社の手続を確かめます。
- 退社を届け出ます(ご遺族の場合は相続人を確定します)。
- 払戻額の算定の資料を集めます。
- 請求書を送ります。
- 交渉し、まとまらなければ調停又は訴訟に進みます。
以下、手順ごとにご説明します。
定款で払戻しの定めを確かめます
払戻しを請求できるのは、定款に持分の定めがある社団医療法人です。平成19年4月1日より前に設立され、又は同日より前に設立の認可を申請して同日以後に認可を受けた社団医療法人で、定款に残余財産の帰属すべき者に関する規定を設けていないもの等は「経過措置医療法人」と呼ばれます(良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律(平成18年法律第84号)附則第10条の2)。改正前のモデル定款には「社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求することができる。」との定めがあり、ご自身の医療法人の定款に同じ趣旨の定めがあるかを確かめます。
定款が手元にない場合、社員は、医療法人の主たる事務所で、定款や事業報告書等の閲覧を請求することができます(医療法第51条の4第1項)。また、都道府県知事は、医療法人の定款や届け出られた事業報告書等について請求があれば、閲覧に供しなければならないとされています(同法第52条第2項)。
退社を届け出ます
社員の場合
退社の手続は定款で定めます。厚生労働省が示す持分のある医療法人の定款の条文例には、「やむを得ない理由のあるときは、社員はその旨を理事長に届け出て、退社することができる。」との定めがあります。理事長の同意や社員総会の承認を要する定めになっていないかを、ご自身の医療法人の定款で確かめます。
退社の日は、払戻額の算定の基準となる時点です。最高裁判所平成22年4月8日判決は、「退社時」の法人の財産の評価額を基礎とする解釈を示しています。届出は書面で行い、配達証明付きの内容証明郵便を用いるなどして、届け出た日と内容を証拠に残します。
なお、理事を辞任することと、社員として退社することは別の手続です(医療法人と役員との関係は委任に関する規定に従います。医療法第46条の5第4項)。退社すると社員総会の議決権を失いますので、退社の前に、社員として事業報告書等の閲覧を求めておくこと、払戻しを求めるか社員として医療法人の運営に関わり続けるかを決めておくことが大切です。
ご遺族の場合
社員が亡くなったときは、定款の定めにより社員の資格を失い、払戻しの請求権が生じます。厚生労働省の手引書は、この払戻請求権が相続人に相続されると解しています。戸籍で相続人を確定し、遺言の有無を確かめます。相続人が複数いる場合は、誰がどの割合で請求するかが問題となるため、請求の前に相続人の間で方針をそろえます。
相続税の申告書は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に提出します(相続税法第27条第1項)。医療法人が認定医療法人である場合には、医療法人の持分についての相続税の納税猶予及び免除・税額控除の特例(租税特別措置法第70条の7の12、第70条の7の13)が設けられており、国税庁の案内では、申告期限までに出資額に応じた払戻しを受けた場合などには、税額控除の特例の適用を受けることができないとされています。請求の時期は、税理士と相談して決めます。
払戻額の算定の資料を集めます
払戻額は、社員の資格を喪失した時点の法人の財産の評価額に、その時点の総出資額のうちご自身(ご遺族の場合は亡くなった社員)の出資額が占める割合を乗じて算定されます(最高裁判所平成22年4月8日判決)。主な資料は次のとおりです。
| 資料 | 確かめる事項 | 入手の方法 |
|---|---|---|
| 定款 | 払戻しの定め、退社の手続、残余財産の分配の定め | 主たる事務所での閲覧の請求(医療法第51条の4第1項)、都道府県での閲覧(同法第52条第2項) |
| 事業報告書等(財産目録、貸借対照表、損益計算書等) | 資格を喪失した時点に近い財産の状況 | 同上。医療法人は毎会計年度終了後3月以内に都道府県知事に届け出ます(同法第52条第1項) |
| 出資の記録(出資証書、出資者の名簿、払込みの記録) | ご自身の出資の額と時期、総出資額 | 手元の資料、医療法人への開示の求め |
| 不動産の登記事項証明書等 | 法人の土地・建物の所在と権利関係 | 法務局での請求 |
帳簿の価額と時価が大きく異なる資産(土地、建物等)がある場合や、医療法人の設立の後に途中で出資した社員がいる場合には、算定の方法が争われることがあります。資料をそろえたうえで、算定の根拠を示して請求します。
出資持分の払戻しを医療法人に求める社員・ご遺族の方のご相談は、次のページでご案内しています。
請求書を送ります
請求書には、請求する者、社員の資格を喪失した日と理由(退社又は死亡)、根拠となる定款の条項、請求する額又は算定の根拠、算定に必要な資料の開示の求め及び回答の期限を記載します。送付には、配達証明付きの内容証明郵便を用いるのが通例です。
払戻しの債務は、期限の定めのない債務として、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負うと考えられます(民法第412条第3項)。請求した日を明らかにしておくことは、遅延損害金の起算の点でも意味があります。
払戻請求権は、権利を行使することができることを知った時から5年間、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときは、時効によって消滅します(民法第166条第1項)。令和2年4月1日より前に資格を喪失して請求権が生じた場合は、改正前の民法の時効期間によります(民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則第10条第4項)。資格を喪失した日から期間を確かめ、早めに請求します。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
交渉・調停・訴訟へ進みます
医療法人の側は、財産の評価の方法、出資の割合、支払いの資金について反論することが通例です。最高裁判所平成22年4月8日判決は、事案によっては払戻しの請求が権利の濫用に当たり許されないことがあり得るとしています(民法第1条第3項)。請求の額と支払いの方法の提案を含めて、交渉の方針を立てます。権利の濫用の主張への反論は出資持分の払戻しの請求は権利の濫用だと言われたらで、この判決の事案と判断は最高裁判所平成22年4月8日判決の解説でご説明しています。
話合いがまとまらない場合は、裁判所の調停を利用する方法と、払戻金の支払を求める訴訟を提起する方法があります。和解する場合は、支払いの額、時期及び方法と、清算の条項を和解書に定めます。
手続を進めるうえで注意したいこと
医療法人から持分の放棄を求められたとき
医療法人が持分なし医療法人への移行を進めている場合、出資者に持分の放棄を求めることがあります。移行計画には、出資者による持分の放棄又は払戻しの見込みを記載することとされています(医療法施行規則附則第56条第3項第2号)。放棄すれば払戻しを受けることはできなくなりますので、署名の前に、払戻しを受ける場合との違いを確かめます。
口頭のやり取りだけで済ませない
退社の申出や払戻しの請求を口頭で行うと、日付や内容が後から争いになります。いずれも書面で行い、送った書面の写しと、医療法人からの回答を保管します。
出資した額の返還を示されたとき
医療法人から、出資した額だけを返すという提案を受けることがあります。定款の定めにもよりますが、最高裁判所平成22年4月8日判決の解釈によれば、払戻額は出資した額に限られるとは限りません。合意書に署名する前に、算定の根拠を確かめます。
弁護士に相談する意味
払戻しの請求は、定款の解釈、退社の時期の選び方、資料の入手、財産の評価、時効の管理が組み合わさる手続です。医療法人の側は決算書類と資産の情報を持っていますが、請求する側は資料を集めるところから始めなければなりません。
どの資料をどの順序で求め、どのような根拠と方法で医療法人と交渉するかは、事案ごとに異なり、当事務所が個別の案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウに属するため、本記事では詳細を開示していません。税務の判断は税理士と連携して進めます。ご相談は事前予約制です。
よくあるご質問
質問1 退社しないまま払戻しを請求できますか。
改正前のモデル定款と同じ趣旨の定款では、払戻しを請求できるのは社員の資格を喪失した者です。まず退社の手続を定款で確かめ、退社を届け出てから請求します。
質問2 医療法人が決算書を見せてくれません。
社員は主たる事務所で事業報告書等の閲覧を請求することができます。また、都道府県知事に届け出られた事業報告書等や定款の閲覧を、都道府県に求める方法もあります。
質問3 親が亡くなってから何年もたっています。まだ請求できますか。
資格を喪失した時期によって適用される時効の規定が異なります。亡くなった日、請求権を知った時期、これまでのやり取りを確かめたうえで判断します。
まとめ
- まず定款で、払戻しの定めと退社の手続を確かめます。定款は主たる事務所や都道府県で閲覧を求めることができます。
- 退社の日が払戻額の算定の基準となるため、届出は書面で行い、日付を証拠に残します。
- ご遺族の場合は相続人を確定し、相続税の申告期限と特例との関係を税理士と確かめます。
- 事業報告書等と出資の記録をそろえ、算定の根拠を示して内容証明郵便で請求します。
- 時効の期間を確かめ、交渉がまとまらなければ調停又は訴訟に進みます。
手順を一つずつ確かめながら進めることが、適正な払戻しへの近道です。早めにご相談ください。
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必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
この記事の位置付け
本ページは、持分のある医療法人の社員やご遺族が、退社の届出から算定の資料の入手、請求書の送付、交渉と訴訟までを順に進める手順をご説明します。払戻額の考え方と紛争の例は、医療法人の出資持分の払戻請求のページで扱います。
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