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出資持分の払戻しの請求は権利の濫用だと言われたら 最高裁判所平成22年4月8日判決と社員・相続人の側の反論

公開 2026年11月5日更新 2026年11月5日

▶ 医療法人の出資持分の払戻請求と医療法人の種類

父が設立の時から出資していた医療法人に、相続した出資持分の払戻しを求めました。ところが、医療法人の代理人から「病院の経営が立ち行かなくなるような請求は権利の濫用であり、応じられない」という回答が届きました。法人の財産の評価額をもとに計算した額を求めただけなのに、請求そのものが認められないのでしょうか。たとえば、このような場面です。

本記事は、持分のある医療法人(経過措置医療法人)に払戻しを請求した、又はこれから請求する社員・相続人の皆様に向けたものです。払戻しの制度と金額の計算の基本は、医療法人の出資持分の払戻請求と医療法人の種類でご説明しています。本記事は、その請求に対して医療法人から権利の濫用の主張を受けた段階での対応を扱います。

結論から申し上げます。最高裁判所平成22年4月8日判決は、払戻しの額を退社時の法人の財産の評価額に出資の割合を乗じた額とする一方で、請求が権利の濫用に当たり許されないことが「あり得る」と述べました。これは、請求が原則として権利の濫用になるという意味ではありません。判決が挙げた事情、すなわち法人の財産の変動の経緯とその過程で出資者が果たした役割、医療法人の公益性・公共性、請求の額に沿って、資料に基づく反論を組み立てることが重要です。以下、順にご説明します。

払戻しの額の基準は、最高裁判所の判決で示されています

退社時の法人の財産の評価額に、出資の割合を乗じた額です

最高裁判所第一小法廷平成22年4月8日判決(平成20年(受)第1809号)は、定款に「退社した社員はその出資額に応じて返還を請求することができる。」と定め、解散時の残余財産を払込出資額に応じて分配すると定める社団医療法人について、退社した社員は、退社時の法人の財産の評価額に、その時点の総出資額のうちその社員の出資額が占める割合を乗じて算定される額の返還を請求することができると判断しました。出資した額の限度でしか返還を認めなかった原審の判断は改められています。

社員が亡くなった場合は、死亡によって社員の資格を失った時点が基準となり、相続人がその請求権を引き継ぎます。判決の事案と判断の詳細は、最高裁判所平成22年4月8日判決の解説をご覧ください。

途中で入社した社員の出資の割合

設立の後に出資して入社した社員の割合については、東京高等裁判所平成7年6月14日判決(平成6年(ネ)第1929号)が、出資の時点の法人の資産の総額にその社員の払込済出資額を加えた額に対する、その出資額の割合によると判断しています。設立の時から出資していた社員と、財産が形成された後に入社した社員との間の公平を図るための考え方です。同じ判決は、払戻しの計算の基礎となる資産の評価について、帳簿の価額ではなく、退社の時点の資産の客観的な価額によるべきであるとしました。

最高裁判所が権利の濫用について述べたこと

権利の濫用に当たることが「あり得る」とした事情

民法第1条第3項は、権利の濫用は許さないと定めています。平成22年4月8日判決は、払戻しの額の基準を示したうえで、その請求の額、医療法人が過去に和議開始の申立てをしてその後再建されたなどの法人の財産の変動の経緯とその過程において出資者らが果たした役割、医療法人の公益性・公共性の観点等に照らすと、請求が「権利の濫用に当たり許されないことがあり得る」と述べ、額と権利の濫用に当たるかどうか等を審理させるため、事件を原審に差し戻しました。

最高裁判所は、請求が権利の濫用に当たると判断したのではありません。当たるかどうかは、個別の事情に基づいて審理すべきものとしたのです。

補足意見が示した比較衡量の考え方

宮川光治裁判官の補足意見は、返還の請求額が多額となり医療法人の存続が脅かされる場合があり得るとしても、医療法人の公益性を適切に評価し、出資者が受ける利益と医療法人及び地域社会が受ける損害を客観的に比較衡量するという「権利濫用法理の適用により妥当な解決に至ることが可能である」と述べています。そのうえで、医療法人が過去に債務超過又はそれに近い状態に陥り、後に関係者の努力により再建されて現在の資産状態が形成され、その資産の形成にその社員が貢献していないような事案では、返還の請求が権利の濫用となり得るとしました。

金築誠志裁判官の補足意見も、返還を認めることが従来の経緯や医療法人の存続の見地から不当と判断される場合には「権利濫用等の法理の適用を検討するのが採るべき道である」としています。いずれの補足意見も、払戻しの額の基準そのものを出資額の限度に引き下げるのではなく、例外的な事情がある場合に権利の濫用の法理で調整するという考え方です。

正しく計算された請求は、それだけでは権利の濫用とされていません

平成7年6月14日判決の事案でも、医療法人の側は、請求が信義則に反し権利の濫用に当たると主張しました。判決は、払戻しの義務が、出資の割合を正しく算定した額の限度にとどまる以上、その主張は失当であるとしています。請求の額が判決の示す基準に沿って算定されていることは、権利の濫用の主張に対する基本の反論になります。

社員・相続人の側の反論の組み立て

ここからは、判決が挙げた事情に沿った当事務所の考え方です。判決がこれらを判断の基準として示したものではありません。

法人の財産の形成に、出資者が果たした役割を示します

補足意見は、資産の形成に社員が貢献していない事案を例として挙げています。そこで、被相続人(又はご自身)が、設立の時の出資のほか、理事長・理事・院長として経営に当たったこと、借入れの連帯保証や担保の提供をしたこと、診療に従事したことなど、法人の財産の形成への関与を示す資料を集めます。社員総会・理事会の議事録、役員の登記の記録、借入れの契約書や保証の書面、勤務の記録が手掛かりになります。

法人の財産の変動の経緯を確かめます

平成22年4月8日判決の事案では、法人が過去に和議開始の申立てをして再建されたという事情がありました。請求の相手の医療法人に、債務超過や再建の経緯があったのか、それとも出資の後に順調に財産が積み上がってきたのかを、各年度の事業報告書等で確かめます。医療法人の社員又は債権者は、医療法人の主たる事務所に備え置かれた事業報告書等、監事の監査報告書及び定款の閲覧を請求することができます(医療法第51条の4第1項)。払戻しの請求権を持つ相続人は債権者に当たるため、この閲覧を求めることを検討します。医療法人は、毎会計年度終了後3か月以内に事業報告書等を都道府県知事に届け出なければならず、都道府県知事は請求があれば定款と届出の書類を閲覧に供することとされています(医療法第52条)。

公益性・公共性への配慮を、支払の方法で示します

医療法人の側の主張の中心は、多額の支払により病院の経営と地域の医療が損なわれるという点にあることが多いです。これに対しては、請求の額そのものを争点とするよりも、分割払い、支払の時期の猶予、担保の提供を受けたうえでの支払計画など、事業の継続と両立する支払の方法を社員・相続人の側から提案することが考えられます。支払の方法に柔軟に応じる姿勢は、出資者が受ける利益と医療法人の損害を比較衡量する場面で、請求の側に有利な事情となり得ます。

請求の額の根拠を明確にします

払戻しの額は、退社(死亡)の時点の法人の財産の評価額と、出資の割合で決まります。評価額は、帳簿の純資産額ではなく、土地・建物等の資産の時価を反映した額が問題となることが多いため、不動産の評価の資料、決算書類、退職給付等の負債の見込みを整理し、算定の根拠を示します。先に退社した他の社員の払戻しの請求権がある場合には、それを法人の負債として控除して算定するのが平成22年4月8日判決の考え方です。

請求の時期と経緯も、事情の一つです

社員の退社(死亡)から長期間が経ってから突然多額の請求をする場合と、退社の後すぐに資料の開示と協議を求めてきた場合とでは、印象が異なります。請求の経緯を書面で残し、医療法人に資料の開示と協議を求めた事実を記録しておきます。

期限と遅延損害金に注意します

消滅時効

払戻しの請求権は金銭の債権であり、権利を行使することができることを知った時から5年間、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときは、時効によって消滅します(民法第166条第1項)。令和2年4月1日より前に生じた債権には、改正前の民法の規定が適用されます(平成29年法律第44号附則第10条第4項)。平成22年4月8日判決の事案でも、先に亡くなった出資者の請求権について、原審が死亡から10年の経過により時効で消滅したと判断していました。権利の濫用の主張を受けて協議が長引く場合も、時効の完成を防ぐ手当てを検討する必要があります。

遅延損害金

債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負います(民法第412条第3項)。平成7年6月14日判決は、払戻金の支払を求める書面が医療法人に到達した日の翌日からの遅延損害金を認めました。請求は、到達の日を証明できる方法(内容証明郵便等)で行います。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

交渉と手続の進め方

  • 第1段階 定款の払戻しの規定と残余財産の分配の規定、出資の時期と金額、退社(死亡)の時点の財産の資料を確認し、請求の額の見通しを立てます。
  • 第2段階 書面で払戻しを請求し、あわせて事業報告書等・定款の閲覧を求めます。
  • 第3段階 医療法人から権利の濫用の主張があれば、その根拠とする事情を具体的に示すよう求め、上の反論の材料を整理します。
  • 第4段階 支払の方法を含めた協議を行い、合意に至れば和解書に金額、支払の時期と方法、遅延した場合の取扱いを定めます。
  • 第5段階 協議が調わない場合は、訴訟等の裁判手続により請求します。

いま確認していただきたいこと

  • 定款の写し(払戻しの規定と、解散時の残余財産の分配の規定の文言)
  • 出資の時期と金額が分かる資料(出資者名簿、払込みの記録)
  • 退社(死亡)の日と、その時点の決算書類・事業報告書等
  • 被相続人(又はご自身)が経営・診療・借入れの保証に関わったことを示す資料
  • 医療法人からの回答の書面(権利の濫用とする理由が書かれているか)
  • 請求の書面を送った日と到達の日、時効の完成までの期間

よくあるご質問

権利の濫用だと言われたら、請求はあきらめるべきですか。

直ちにあきらめる必要はありません。最高裁判所平成22年4月8日判決は、権利の濫用に当たることが「あり得る」と述べたもので、どのような場合に当たるかは個別の事情によります。法人の財産の形成への関与、法人の財産の推移、支払の方法についての提案などを資料に基づいて示し、医療法人の主張を検討することが大切です。

医療法人が「出資した額しか返せない」と言っています。

定款が、退社した社員は出資額に応じて返還(払戻し)を請求できると定め、解散時の残余財産を払込出資額に応じて分配すると定めている場合には、平成22年4月8日判決により、返還の額は退社時の法人の財産の評価額に出資の割合を乗じた額とされています。ただし、定款に出資額を限度として払戻しを請求できると定めている場合(いわゆる出資額限度法人)は扱いが異なりますので、現在の定款と変更の経緯を確認してください。

分割払いを提案すると、請求額を減らしたことになりますか。

分割払いは支払の方法の問題であり、それだけで請求の額を減らすことにはなりません。総額、各回の支払額と時期、遅延した場合に残額を一括して支払う旨の定め、担保の有無を和解書に明記することで、請求の側の権利を守りつつ、医療法人の事業の継続にも配慮することができます。

医療法人が決算書を見せてくれません。

医療法人の社員又は債権者は、事業報告書等、監事の監査報告書及び定款の閲覧を請求することができます(医療法第51条の4第1項)。また、医療法人が都道府県知事に届け出た事業報告書等は、都道府県知事に閲覧を請求することができます(医療法第52条第2項)。

税金のことも心配です。

払戻しを受けた場合の課税や、相続税の申告との関係は、税理士の職域です。当事務所は、払戻しの請求に関する法的な対応を担当し、税務については税理士と連携して進めます。

まとめ

医療法人から権利の濫用だと言われても、それだけで払戻しの請求が否定されるわけではありません。最高裁判所平成22年4月8日判決は、払戻しの額を退社時の法人の財産の評価額に出資の割合を乗じた額とし、権利の濫用は、法人の財産の変動の経緯と出資者の役割、公益性・公共性、請求の額に照らして例外的に問題となるものとしました。請求の額の根拠を明確にし、法人の財産の形成への関与を資料で示し、支払の方法について現実的な提案をすることで、反論を組み立てます。時効と遅延損害金の起算点にも注意して、早めに対応を始めてください。

医療法人の出資持分の払戻しに関するご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

出典

  • 民法第1条第3項(権利の濫用の禁止)
  • 民法第166条第1項(債権の消滅時効)
  • 民法第412条第3項(期限の定めのない債務の履行遅滞)
  • 民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則第10条第4項(時効に関する経過措置)
  • 医療法第51条の4第1項(事業報告書等の備置き及び閲覧)
  • 医療法第52条(事業報告書等の届出及び閲覧)
  • 良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律(平成18年法律第84号)附則第10条の2(経過措置医療法人)
  • 最高裁判所第一小法廷平成22年4月8日判決(平成20年(受)第1809号)
  • 東京高等裁判所平成7年6月14日判決(平成6年(ネ)第1929号)

本記事は一般的な制度と判例の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。

この記事の位置付け

出資持分の払戻しを請求した後に、医療法人から権利の濫用だと反論された社員・相続人の皆様に向けたページです。払戻しの制度と金額の計算の全体像は、次のページで先にご確認いただけます。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

2024年(令和6年)10月に最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得た弁護士です。長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件にも関与しています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

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本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。

著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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