会社が保有株式の一部だけを買い取ると言ってきた場合に確認すべき事項

この記事の位置付け

本記事は、会社から保有株式の一部だけを買い取ると提案された少数株主の立場から、提案の理由の確かめ方、持株比率が下がることにより失われる権利、及び応ずる場合に書面へ定めておく事項を解説するものです。会社に買い取ってもらう手続と価格の全体像は、少数株主が非上場株式を会社に買い取ってもらう方法 手続と価格をご覧ください。

自己株式の取得の制度そのものは自己株式取得で会社が少数株式を買い取る場合の会社法上の留意点、売主追加請求の可否は株式譲渡承認請求・株式買取請求の際の売主追加請求の可否、買取りを断られた後の選択肢は会社に非上場株式の買取りを断られた場合に少数株主が検討すべきこと、大株主に買い取ってもらう方法は非上場株式を会社ではなく大株主に買い取ってもらう方法、少数株主権の全体像は少数株主権(非上場株式・少数株式の権利)一覧において扱っています。

会社に対して保有する非上場株式の全部の買取りを求めたところ、今期は一部だけを買い取る、残りは翌期以降に検討すると回答された。このような提案を受けて、応じてよいのか、応じた場合に残った株式がどうなるのかが分からないまま、返事を保留にしている株主の方は少なくありません。金額の話に入る前に、株式の数を分けて売ることの意味を確かめておく必要があります。

一部だけの買取りという提案には、会社の側の財源の事情による場合と、交渉上の意図による場合とがあります。いずれであるかによって、応ずるべきかどうかも、応ずる場合に書面へ何を残すべきかも変わります。会社法は、株式会社が自己の株式を取得する場合について、株主に交付する金銭等の総額を分配可能額の範囲に限る旨を定めていますので(会社法第461条第1項第3号)、財源上の理由が実際に存在することは十分にあり得ます。他方で、株式の数を分けて取得することにより、株主の議決権の割合を下げ、あるいは1回あたりの支出を抑えて単価の議論を先送りする交渉の手法として用いられる場合もあります。

本記事は、会社が保有株式の一部だけを買い取ると提案してきた場面、すなわち株式の数を分けて売買する場面に限って、株主の側が確認すべき事項を述べるものです。株式の数は一度に全部を売りながら、代金の支払だけが複数回に分けられる場面は、確認すべき事項が異なりますので、別の記事において扱います。また、自己株式の取得という制度そのものの解説、及び売主追加請求をすることができるかどうかという法律論も、それぞれ別の記事において扱います。これらについては、位置付け欄に掲げた記事をご覧ください。買取りを断られた後の進め方の全体像については、会社から株式の買取りを断られ、その後の進め方が分からずお困りではありませんかのご案内に整理しています。

目次
  1. なぜ会社は一部だけと言うのか
    1. 分配可能額による財源の制約
    2. 資金繰りの事情
    3. 持株比率を意図的に調整する場合
    4. 理由を資料により確かめる方法
  2. 分配可能額の制約を株主の側から確かめる
    1. 分配可能額とはどのように算出されるか
    2. どの資料を見れば分かるか
    3. 制約が真実かを確かめる着眼点
    4. 数値例により制約の意味を確かめる
    5. 制約があるとしても採り得る手段
  3. 一部の取得に用いられる手続と、株主の側の留意点
    1. 特定の株主からの取得の手続と特別決議
    2. 他の株主が売主として加わる請求(売主追加請求)
    3. 会社が全株主に対して申込みの機会を与える方法
    4. 手続の違いにより株主が採り得る対応が変わること
  4. 持株比率が下がることで失われるもの
    1. 行使の要件と議決権の割合の対照表
    2. 3%を下回った場合に行使できなくなる権利
    3. 10分の1を下回った場合に行使できなくなる権利
    4. 議決権の割合の低下による影響
    5. 低下の前に行使しておくべき権利
  5. 応ずる場合に書面へ定めておく5つの事項
    1. 残りの株式についての取扱い
    2. 買取りの時期と価格の定め方
    3. 会社が応じなかった場合の取扱い
    4. 取得の手続の種類
    5. 書面の形式と作成の時期
  6. 応じない場合に採り得る手段
    1. 会社又は大株主に対して全部の買取りを求める
    2. 株式譲渡承認請求により第三者への譲渡を試みる
    3. 売買価格の決定の申立てへ進む場合の期間の制限
  7. よくあるご質問
    1. 一部だけを売ると税務上の取扱いは変わりますか
    2. 残りの株式を必ず買い取らせる方法はありますか
    3. 分配可能額が足りないという説明を確かめる方法はありますか
    4. 会社ではなく大株主に買ってもらう場合の違いは何ですか
    5. 一部の買取りに応ずるかどうかに期限はありますか
    6. 一部だけ応じたことで、後の交渉が不利になりませんか
  8. まとめ

なぜ会社は一部だけと言うのか

一部だけの買取りという提案を受けたときに最初に行うことは、金額の当否を検討することではなく、なぜ全部ではないのかという理由を特定することです。理由によって、残りの株式が将来買い取られる見込みも、こちらが採るべき順序も異なります。会社の説明は、多くの場合「資金がない」という一言で終わります。この一言の内側には、次の4つの事情が単独で、又は重なって存在します。

なお、株式会社には、株主から求められたことにより当然に自己の株式を買い取る義務が生ずるものではありません。任意の申入れを断ること自体は違法ではなく、一部だけを取得すると回答することも、それ自体が違法となるものではありません。買取りの義務がないことの一般論と、断られた後の選択肢については、当サイトの別の記事において扱っていますので、本記事では前提としてこの限度で触れます。

分配可能額による財源の制約

会社が自己の株式を取得して株主に金銭を交付する場合、その総額は、効力を生ずる日における分配可能額を超えてはならないものとされています(会社法第461条第1項第3号)。分配可能額は、おおまかにいえば、その他資本剰余金とその他利益剰余金を基礎として算出される金額であり、会社に現金があるかどうかとは別の概念です。したがって、預金残高が株式の代金を上回っていても、分配可能額が小さければ、法律上、全部を一度に取得することができません。この制約は実在するものですので、会社の説明を頭から疑うのは適当ではありません。

資金繰りの事情

分配可能額に余裕があっても、手元の資金がない場合があります。設備の入替え、借入金の約定弁済、季節による売上の変動といった事情により、一時に多額の支出をすることが難しいという説明です。この場合には、資金繰りの改善が見込まれる時期を確かめることに意味があります。分配可能額の制約と資金繰りの制約とは別のものですので、会社の説明がいずれを指しているのかを、書面により確認してください。

持株比率を意図的に調整する場合

株式の数を分けて取得することにより、株主の議決権の割合を、法律が定める権利行使の要件の下に落とすことができます。後に述べるとおり、会計帳簿の閲覧謄写の請求、株主総会の招集の請求、検査役の選任の申立ては、いずれも100分の3という数の要件を備えることを求めています。現に100分の4を保有する株主から、まず4分の3の株式を取得すれば、残りは100分の1となり、これらの請求をすることができなくなります。会社の側にこの意図があるかどうかは外からは分かりませんが、結果としてそうなるかどうかは、こちらで計算することができます。

理由を資料により確かめる方法

理由の特定は、口頭のやり取りではなく、書面によって行います。会社に対し、一部にとどめる理由が分配可能額の制約であるのか、資金繰りであるのか、その他の事情であるのかを明示するよう、日付を付した書面又は電子メールにより求めてください。あわせて、直近3期分の計算書類、株主資本等変動計算書及び個別注記表の写しの交付を求めます。会社が理由を明らかにしないまま数の提案だけを繰り返す場合には、その経緯自体が、後の手続において意味を持ちます。

分配可能額の制約を株主の側から確かめる

財源がないという説明の当否は、資料によらなければ確認することができません。分配可能額の算出の細部は会社法の計算に関する規定に委ねられていますので、株主が自ら精緻に計算する必要はありません。株主の側で行うべきことは、制約が存在すると言えるだけの数字が資料に現れているかどうかを確かめることです。以下では、何をどの資料で見るかを順に述べます。

分配可能額とはどのように算出されるか

分配可能額は、剰余金の額を基礎とし、これに法令の定める加算及び減算を行って算出されます。実務上の目安としては、貸借対照表の純資産の部に計上されたその他資本剰余金及びその他利益剰余金の合計から、保有する自己株式の帳簿価額等を控除した金額が、おおよその水準となります。資本金及び資本準備金は、原則としてこの金額に含まれません。利益を計上していても、その利益が資本金に組み入れられている場合や、過年度の欠損が残っている場合には、分配可能額が小さくなることがあります。

どの資料を見れば分かるか

株主は、営業時間内はいつでも、計算書類及びその附属明細書の閲覧又は謄本の交付を請求することができます(会社法第442条第3項)。この請求には、保有する株式の数の要件がありません。まずこの請求により、貸借対照表の純資産の部、株主資本等変動計算書及び個別注記表を入手してください。総勘定元帳その他の会計帳簿を見る必要がある場合には、会計帳簿の閲覧又は謄写の請求(会社法第433条第1項)によることとなりますが、こちらには後に述べる100分の3という数の要件があります。

制約が真実かを確かめる着眼点

着眼点は4つです。第一に、その他利益剰余金の残高が、提示された買取代金の総額を下回っているかどうかです。第二に、直近の決算日の後に、役員報酬の増額、剰余金の配当、関係する法人への貸付けといった支出があったかどうかです。第三に、同じ時期に他の株主から株式を取得していないかどうかです。取得していれば、その分だけ分配可能額が費消されていますので、順序の公平が問題となります。第四に、3期分の推移を並べ、分配可能額が今後回復する見込みがあるかどうかです。これらは、いずれも計算書類と株主資本等変動計算書から読み取ることができます。

数値例により制約の意味を確かめる

次の表は、制約の意味を具体的に示すための数値例です。前提を単純化していますので、実際の事案における分配可能額は、法令の定める加算及び減算により異なります。この表は、結果を保証するものではありません。

項目 金額 意味
その他資本剰余金 500万円 分配可能額の基礎となります
その他利益剰余金 2,500万円 分配可能額の基礎となります
自己株式の帳簿価額 0円 控除する項目です
分配可能額の目安 3,000万円 1年間に取得することができる上限の目安です
保有株式の評価額 8,000万円 全部の買取りを求めた場合の代金の水準です
一度に取得し得る割合の目安 およそ8分の3 残りは翌期以降となる計算です

この例では、会社が全部を一度に取得することは法律上できません。しかし、3,000万円分を今期に取得することはできますので、「資金がないので一切応じられない」という説明とは整合しません。制約の存在と、提案された数の妥当性とは、別に検討する必要があります。

制約があるとしても採り得る手段

分配可能額の制約が実在する場合であっても、手段が尽きるものではありません。第一に、取得の時期を複数の事業年度に分けたうえで、全部の取得を内容とする合意を先に書面にする方法があります。第二に、会社ではなく代表者その他の大株主が買主となる方法があります。この場合には分配可能額の制約が働きません。第三に、譲渡の承認の請求を経て、第三者又は会社の指定する買取人に取得させる方法があります。順序の組み立てについては、株式の買取りを断られた後の対応のご案内もご参照ください。

一部の取得に用いられる手続と、株主の側の留意点

会社が自己の株式を取得する場合の手続は、株主総会の決議を経ることを原則とします(会社法第156条第1項)。この決議では、取得する株式の数、対価として交付する金銭等の内容及び総額、並びに取得することができる期間を定めます。この期間は1年を超えることができません。ここから先は、全株主に売却の機会を与えるか、特定の株主から取得するかによって手続が分かれます。どちらの手続によるかにより、株主の側が採り得る対応も変わります。

特定の株主からの取得の手続と特別決議

会社が特定の株主から株式を取得する場合には、第156条第1項の決議に併せて、取得の通知を当該特定の株主に対して行う旨を株主総会において定めなければなりません(会社法第160条第1項)。この決議は特別決議によることとされています(会社法第309条第2項第2号)。したがって、会社が一部の株式を株主から直接取得しようとする場合には、株主総会の招集と特別決議が必要となります。会社が「手続が面倒である」と述べる場合、この負担を指していることがあります。

他の株主が売主として加わる請求(売主追加請求)

特定の株主からの取得においては、会社は、他の株主に対し、自己をも売主に加えることを請求することができる旨を通知しなければならず、他の株主はその請求をすることができます(会社法第160条第2項及び第3項)。これを売主追加請求といいます。この請求がされると、取得の対象となる株式の数が増え、1人あたりの取得の数が減ることがあります。会社が一部にとどめる理由として、他の株主が売主として加わる可能性を挙げることがあるのは、この仕組みによります。なお、この売主追加請求は自己株式の取得の場面のものであり、株式譲渡承認請求の場面のものではありません。両者は別の場面のものですので、混同しないでください。請求をすることができるかどうかという法律論は、位置付け欄に掲げた記事において扱っています。

会社が全株主に対して申込みの機会を与える方法

会社は、取得の条件を定めたうえで(会社法第157条)、株主全員に対して取得の条件を通知し(会社法第158条)、申込みを受けて取得することができます。この方法によれば、特定の株主からの取得のような特別決議を要しません。申込みが取得の総数を超えた場合には、按分により取得されますので、こちらの希望する数の全部が売却できるとは限りません。会社がこの方法を選んだ場合には、通知に定められた申込みの期間を必ず確認してください。

手続の違いにより株主が採り得る対応が変わること

次の表は、一部の買取りに用いられる手続を3つの類型に分けて対比したものです。いずれの類型によるかにより、必要となる決議、他の株主の関与の有無、及び分配可能額の制約の有無が異なりますので、こちらが確認すべき事項も変わります。

類型 根拠となる条文 株主総会の決議 一部の買取りの場面における留意点
全株主に申込みの機会を与える方法 会社法第156条第1項、第157条、第158条 普通決議 申込みが多い場合には按分となり、売却できる数が減ります
特定の株主からの取得 会社法第156条第1項、第160条第1項 特別決議 他の株主の売主追加請求により数が変動します
会社以外の者による取得 会社法第136条、第138条、第140条ほか 不要(会社の承認の手続によります) 分配可能額の制約を受けません。買主の資力の確認を要します

会社から提案を受けた際には、この3類型のいずれによるのかを確かめてください。会社が決議の予定を答えられない場合には、提案がまだ社内で固まっていないことを意味しますので、こちらから数と時期を提示して協議を進める余地があります。

持株比率が下がることで失われるもの

一部だけの買取りに応ずるかどうかを判断する際に、最も見落とされやすいのが、残った株式の議決権の割合です。株式の数が減れば、議決権の割合も下がります。会社法は、株主の権利のうち相当のものについて、一定の割合以上の議決権又は株式を有することを要件としていますので、割合が下がることにより、それまで行使することができた権利を行使することができなくなります。残った株式の価値は、金額だけでなく、行使することができる権利によっても左右されます。

行使の要件と議決権の割合の対照表

次の表は、株式の売却により議決権の割合が下がる場合に、影響を受ける主な権利を整理したものです。公開会社でない株式会社、すなわち発行する全部の株式について譲渡の制限が定められている会社においては、6箇月前から引き続き保有することを求める要件は適用されません。非上場の同族会社の多くはこれに当たります。

権利 条文 数の要件 保有の期間の要件
計算書類等の閲覧又は謄本の交付の請求 会社法第442条第3項 1株から行使することができます ありません
議題の提案(取締役会設置会社の場合) 会社法第303条第2項 総株主の議決権の100分の1以上又は300個以上の議決権 6箇月。ただし公開会社でない会社には適用されません(同条第3項)
会計帳簿の閲覧又は謄写の請求 会社法第433条第1項 総株主の議決権の100分の3以上又は発行済株式の100分の3以上 ありません
株主総会の招集の請求 会社法第297条第1項 総株主の議決権の100分の3以上 6箇月。ただし公開会社でない会社には適用されません(同条第2項)
検査役の選任の申立て 会社法第358条第1項 総株主の議決権の100分の3以上又は発行済株式の100分の3以上 ありません
会社の解散を求める訴えの提起 会社法第833条第1項 総株主の議決権の10分の1以上又は発行済株式の10分の1以上 ありません
特別決議を単独で否決すること 会社法第309条第2項 議決権の3分の1を超える保有 ありません

3%を下回った場合に行使できなくなる権利

100分の3という数の要件は、株主が会社の内部の情報に接し、株主総会の場を自ら設定するための権利に用いられています。会計帳簿の閲覧又は謄写の請求(会社法第433条第1項)、株主総会の招集の請求(会社法第297条第1項)、検査役の選任の申立て(会社法第358条第1項)が、いずれもこの要件によります。これらを失うことは、価格の交渉において決定的な意味を持ちます。会社の財務の状況を確かめる手段を失えば、会社の提示する金額の当否を検証することができなくなるためです。発行済株式総数が10,000株で1,000株を保有している株主が、700株を売却すれば、残りは300株となり、100分の3をようやく維持する計算となります。751株を売却すれば、要件を割り込みます。

10分の1を下回った場合に行使できなくなる権利

10分の1という数の要件は、会社の解散を求める訴えの提起に用いられています(会社法第833条第1項)。この訴えは要件が厳格であり、認められる例は限られていますが、この立場にあること自体が交渉において意味を持つ場合があります。10分の1を超えて保有している株主が一部の売却によりこれを割り込むことは、交渉の材料を自ら手放すことになり得ますので、売却する数を定める前に必ず計算してください。

議決権の割合の低下による影響

数の要件を割り込まない場合であっても、議決権の割合が下がること自体に影響があります。株主総会の特別決議は、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成を要しますので、議決権の3分の1を超えて保有する株主は、単独でこれを否決することができます。定款の変更、事業の全部の譲渡、組織の再編といった重要な事項は、いずれも特別決議によりますので、3分の1を超える保有には固有の意味があります。

また、取締役会設置会社において株主総会の議題を提案するためには、総株主の議決権の100分の1以上又は300個以上の議決権を有することを要します(会社法第303条第2項)。剰余金の配当に関する議題を提案することは、株主の側から会社に働きかける現実的な手段の一つですので、この割合を下回るかどうかも、売却する数を定める際に確かめてください。公開会社でない会社においては、6箇月前から引き続き有することを求める要件は適用されません(同条第3項)。

低下の前に行使しておくべき権利

売却により要件を割り込む見込みがある場合には、売却の前に権利を行使しておく方法があります。会計帳簿の閲覧又は謄写の請求は、請求の時点で要件を満たしていれば足ります。したがって、価格の交渉に必要な資料は、株式を手放す前に確保しておくことが適切です。株主総会の招集の請求も同様です。応ずるかどうかの返答を保留にしている期間に、これらの請求を先行させることを検討してください。

応ずる場合に書面へ定めておく5つの事項

一部だけの買取りに応ずることが不合理であるとは限りません。まとまった金額を先に受け取ることができ、残りについて協議を続けられるのであれば、合理的な選択となる場合があります。問題は、残りの株式についての取扱いを定めないまま、数の一部だけを売却してしまうことです。売却が済んだ後は、会社の側に協議を続ける動機が乏しくなります。次の5つの事項を、必ず書面に残してください。

定める事項 記載の内容
残りの株式についての取扱い 残りの株式の数を明記し、会社が将来これを取得する意向であることを記載します
買取りの時期 取得の時期を、事業年度又は年月により特定します。「翌期以降」といった記載は避けます
価格の定め方 今回と同一の単価によるのか、改めて算定するのか、算定の方法を記載します
会社が応じなかった場合の取扱い 期限までに取得がされない場合に、株主が譲渡の承認の請求その他の手続を採ることを妨げない旨を記載します
取得の手続の種類 特定の株主からの取得によるのか、全株主に申込みの機会を与える方法によるのかを記載します

残りの株式についての取扱い

最も重要な事項です。残りの株式の数を明記し、会社がこれを将来取得する意向を有することを書面に残します。会社の側は、取締役会の決議や株主総会の決議を要することを理由に、確定的な約束を避けようとすることがあります。その場合であっても、意向であること、及び協議を継続することを明記した書面を交わすことには意味があります。何も残さないことと、意向を残すこととの差は大きいものです。

買取りの時期と価格の定め方

時期は、事業年度又は年月により特定します。価格については、今回の単価をそのまま用いるのか、その時点の計算書類に基づいて改めて算定するのかを定めます。改めて算定する場合には、算定の方法をあらかじめ定めておきます。この点を定めないまま数だけを分けると、残りの株式について、会社から今回よりも低い単価を提示される余地を残すこととなります。分けて買うことが単価を下げる手法として用いられ得るのは、この点によります。

会社が応じなかった場合の取扱い

期限までに残りの取得がされない場合に、株主が譲渡の承認の請求その他の手続を採ることを妨げない旨を明記してください。会社との合意の中に、他の手続を採らないことを約する条項や、一定の期間は権利を行使しないことを約する条項が入れられることがあります。条項の全文を必ず読み、不利な定めがないかを確認してください。取得がされない場合に協議を再開する時期を定めておけば、放置されたまま年月が過ぎることを避けることができます。

取得の手続の種類

今回の取得が、特定の株主からの取得によるのか、全株主に申込みの機会を与える方法によるのかを記載します。前者であれば株主総会の特別決議を要しますので、決議の予定日を確かめることができます。後者であれば申込みの期間が定められますので、その期間を書面に反映します。手続の種類が定まっていない提案は、社内で固まっていない提案ですので、決議の予定を確かめたうえで返答してください。

書面の形式と作成の時期

形式は、合意書、覚書、確認書のいずれでも差し支えありません。重要なのは、双方が記名押印し、日付が入っていることです。作成の時期は、株式の譲渡の効力が生ずる前です。代金を受け取った後に書面を求めても、会社が応ずる理由は乏しくなります。株主総会の決議の前に案文を交わし、決議及び代金の支払と同時に確定させる進め方が安全です。

応じない場合に採り得る手段

一部だけの提案に応じないという選択も当然にあり得ます。応じない場合には、任意の交渉にとどめず、法律上の手続へ切り替えることによって、会社が期間内に応答せざるを得ない状態を作ります。以下の3つが、実務上の中心となります。

会社又は大株主に対して全部の買取りを求める

まず、全部の取得を求める旨と、その根拠となる算定の考え方を書面により示します。会社に分配可能額の制約がある場合には、代表者その他の大株主が買主となる方法を提案することが考えられます。この場合には分配可能額の制約が働かず、価格及び時期を当事者間で定めることができます。買主となる者の資力と、税務上の取扱いの確認を要しますので、この方法については当サイトの別の記事をご覧ください。

株式譲渡承認請求により第三者への譲渡を試みる

譲渡制限株式を第三者に譲り渡そうとする株主は、会社に対し、承認するか否かの決定を請求することができ、承認しない場合には会社又は指定買取人が買い取ることを併せて請求することができます(会社法第136条、第138条、第140条)。会社が請求の日から2週間以内に決定の内容を通知しないときは、承認する旨の決定をしたものとみなされます(会社法第145条第1号)。譲受人を特定して請求する必要があり、買取りの請求は請求の際に併せて記載しておく必要があります。送付は、到達の日を証することができる方法によります。

売買価格の決定の申立てへ進む場合の期間の制限

会社又は指定買取人による買取りの通知があった後、価格について協議が調わないときは、当該通知があった日から20日以内に、裁判所に対し売買価格の決定の申立てをすることができます(会社法第144条第2項)。この20日という期間を徒過すると、法の定める算定方法による額が売買価格となる場合がありますので、日程の管理が決定的に重要です。一部だけの買取りに応ずるかどうかを検討している間に、この手続の起算日が動くことはありませんが、着手が遅れれば資料の確保が難しくなります。進め方に迷われる場合は、会社から株式の買取りを断られた後の対応のご案内をご覧ください。

よくあるご質問

一部だけの買取りの提案について、実際に多くお寄せいただくご質問を掲げます。個別の事案における結論は、定款の定め、保有する株式の数及び資料の有無により異なります。

一部だけを売ると税務上の取扱いは変わりますか

売却の相手方が会社であるか、大株主その他の個人であるかにより、課税の仕組みが異なります。会社が自己の株式を取得する場合には、対価のうち一定の部分が配当とみなされる取扱いがあり、第三者に譲渡する場合とは計算が異なります。売却する数を分けても、この区別自体は変わりません。税額の計算は事案により大きく異なりますので、税理士に確認されることをお勧めします。税務の詳細は、当サイトの税金に関する記事において扱っています。

残りの株式を必ず買い取らせる方法はありますか

会社に買取りを強制する一般的な制度はありません。もっとも、譲渡の承認の請求を経ることにより、会社が承認しない場合には会社又は指定買取人が買い取る手続へ進む余地があります。したがって、残りの株式について、この手続を採ることを妨げない旨を書面に残しておくことが実際上の備えとなります。

分配可能額が足りないという説明を確かめる方法はありますか

まず、計算書類及びその附属明細書の閲覧又は謄本の交付を請求します(会社法第442条第3項)。この請求には数の要件がありません。貸借対照表の純資産の部と株主資本等変動計算書を3期分並べれば、おおよその水準を確かめることができます。さらに詳細を要する場合には、会計帳簿の閲覧又は謄写の請求(会社法第433条第1項)によりますが、100分の3という数の要件がありますので、株式を手放す前に行使を検討してください。

会社ではなく大株主に買ってもらう場合の違いは何ですか

大株主その他の個人が買主となる場合には、分配可能額の制約が働きません。したがって、会社の財源を理由とする分割の必要がなくなります。他方で、買主となる者の資力の確認が必要となり、税務上の取扱いも会社が取得する場合とは異なります。譲渡制限株式である場合には、会社の承認の手続を要します。

一部の買取りに応ずるかどうかに期限はありますか

会社の提案自体に法律上の期限が定められているものではありません。ただし、会社が全株主に対して申込みの機会を与える方法を採る場合には、通知に申込みの期間が定められていますので、その期間を過ぎると申込みができません。また、譲渡の承認の請求へ進んだ後は、2週間、20日といった短い期間が働きます。返答を保留にする場合には、その旨と理由を書面により伝えておくことをお勧めします。

一部だけ応じたことで、後の交渉が不利になりませんか

数を分けて売却したこと自体が、残りの株式の価格を法律上引き下げるものではありません。もっとも、残りの取扱いを定めずに応じた場合には、交渉の材料が減ることは避けられません。応ずる場合には、本記事に掲げた5つの事項を書面に残し、議決権の割合が権利行使の要件を割り込まないかを事前に計算してください。

まとめ

会社が保有株式の一部だけを買い取ると提案してきた場合、まず行うことは、その理由が分配可能額の制約によるものか、資金繰りによるものか、それ以外の事情によるものかを、書面と計算書類により特定することです。分配可能額の制約は実在し得るものですが、その存在と、提案された数の妥当性とは別に検討する必要があります。

応ずる場合には、残りの株式についての取扱い、買取りの時期、価格の定め方、会社が応じなかった場合の取扱い、取得の手続の種類の5つを書面に残してください。あわせて、売却により議決権の割合が100分の3又は10分の1を割り込まないかを計算し、割り込む見込みがある場合には、会計帳簿の閲覧又は謄写の請求その他の権利を、売却の前に行使することを検討します。

応じない場合には、任意の交渉にとどめず、譲渡の承認の請求へ切り替えることにより、会社が期間内に応答せざるを得ない状態を作ります。いずれの道を選ぶ場合であっても、資料の確保を先に行い、日程を管理することが、結果を分けます。事案により採るべき順序は異なりますので、数の提案を受けた段階でご相談ください。

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