介護会社の株価を二つの方法で評価した判断―福岡高等裁判所平成21年5月15日決定
この記事の位置付け
介護会社の譲渡制限株式について、福岡高等裁判所平成21年5月15日決定がディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法と純資産価額法を併用した理由を解説します。原審との違い、算定資料、売却交渉の経緯を中心に扱います。株価評価の一般的な進め方は、非上場株式の譲渡適正価格はいくらか 少数株主が適正価格で譲渡(売却)する方法を解説をご覧ください。
会社が継続して事業を営む見通しがある一方、将来の利益の予測には幅がある場合、株価にその両面をどのように反映するのでしょうか。本件では、地方裁判所が1株7万5000円と定めた価格を、高等裁判所が1株10万3261円に変更しました。将来の収益力を全面的に無視せず、予測の不確実性にも配慮して、二つの評価方法を併用した点に特徴があります。
対象は、福岡高等裁判所平成21年5月15日決定(平成20年(ラ)第145号)及び原審の福岡地方裁判所平成20年4月8日決定(平成18年(ヒ)第76号)です。以下では実名を用いず、発行会社をA社、株式を譲り受けた申立人・抗告人をBさん、指定買取人をC社、元の株主をD社と表記します。
譲渡を承認しなかった会社が買取人を指定した事案
対象会社と94株の持つ意味
A社は、訪問介護、通所介護等を営む会社です。平成10年10月8日に設立され、資本金は1000万円、発行済株式総数は200株でした。定款には、株式の譲渡について取締役会の承認を要する旨の定めがありました。
BさんがD社から譲り受けた94株は、発行済株式の47%に当たります。指定買取人となったC社は既に102株、すなわち51%を保有しており、対象株式を取得すれば保有割合は98%になります。既に支配権を持つC社にとっても、A社をほぼ完全に子会社化する意味のある取得でした。
先行する交渉と、譲渡契約の価格条項
D社は先に株式の買取交渉をしていましたが、まとまりませんでした。その交渉窓口を担当していたBさんがD社から株式を譲り受け、譲渡承認を求めるに至りました。高等裁判所の決定本文に記載された、D社とBさんとの譲渡価格の約定は、次のとおりです。
「適正時価又は転売価額の70パーセントとする。但し、1株5万円を最低下限額とする。」
この条項は、裁判所が定める指定買取人の買取価格そのものではありません。D社とBさんとの取得契約の条項です。高等裁判所は、ここからD社は投下資本の回収を、Bさんは売買差益の獲得を企図していたと捉え、先行する交渉を含む取引の実態を検討しました。
A社は譲渡を承認せず、C社を指定買取人としました。その後、BさんとC社との間で価格がまとまらなかったため、売買価格決定の申立てがされました。一般の企業買収で価格交渉が不調になれば、当然に裁判所が価格を決めるという事案ではありません。譲渡不承認に伴う指定買取人との価格決定手続が問題となったものです。
当事者の主張と原審の判断
Bさんが求めた価格と、C社の反論
Bさんは、原審では1株247万3000円を求めました。これに対しC社側の株式評価書による価格は1株5万0450円で、約49倍の開きがありました。C社は、この5万0450円に94株を乗じた474万2300円を供託しています。
原審が1株7万5000円と定めた後、Bさんは抗告審で1株90万2100円を求めました。上場企業であるC社の子会社であることなどから、類似業種比準価額法による価格を採用すべきであるとし、原審が収益性を評価に反映していないことや、採用した決算資料の適切性も争いました。C社は、原審は複数の評価方法の長短を検討したうえで総合判断しており、その価格は妥当であると反論しました。
地方裁判所が1株7万5000円とした理由
地方裁判所は、純資産価額法による二つの価格、すなわち平成17年3月期決算に基づく1株10万0025円と、平成18年3月期決算に基づく1株5万0450円を検討しました。過去に1株5万円で取引された例、売主側からの買取要請、C社が取得することの利益等も考慮し、両価格の中間に当たる7万5000円を上回るものではないと判断しました。
原審はディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法にも言及しましたが、事業計画の予測や割引率の決定の困難さから重きを置きませんでした。また、C社はD社とBさんとの譲渡が仮装であり、申立てが権利濫用に当たるとも主張しましたが、原審はこれらを認めませんでした。先行する交渉や転売益を求める事情だけから、本件の譲渡が仮装であるとは判断されなかったのです。
高等裁判所が二つの評価方法を併用した理由
継続する介護事業の収益力を無視できない
高等裁判所は、A社の営業継続に特段の問題はなく、近い将来の解散・清算は予想されないと判断しました。C社にとっても、A社をほぼ完全子会社にすることの有用性があります。このため、将来の収益を評価するインカムアプローチを重視する必要があるとしました。
ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法は、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引く方法です。高等裁判所は、継続企業の価値を把握する面で合理性があり、本件で全面的に無視することは許されないとしました。原審が事実上、純資産価額を中心に価格を定めた点との大きな違いです。方法の仕組みは、非上場株式のDCF法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法)とはで解説しています。
ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法の予測の幅を純資産価額法で補う
もっとも、ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法による算定結果にも大きな幅がありました。Bさん提出の鑑定書では1株161万7590円、修正資料では247万3000円だったのに対し、原審の鑑定人による結果は22万6485円でした。事業収支計画や割引率の設定の難しさが、現実に大きな差として現れていたのです。
高等裁判所は、各評価方法の長所・短所を検討したうえで、次のように述べています。以下は決定本文からの引用です。
「ひとつの評価方法だけを選択して算出した場合、上記で指摘された短所が増幅される危険があるので、対象会社に適合すると思われる複数の算定方式を適切な割合で併用することが相当である。」
介護事業にはさまざまな形態があり、介護保険制度の見直し等の影響もあります。そのため、貸借対照表上の純資産に着目することにも意味があり、本件では純資産価額法を基本に据えながらディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法を併用することが相当としました。
1株10万3261円の計算
高等裁判所は、ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法の価格として、純資産価額法の結果との乖離が比較的小さい原審鑑定人の22万6485円を採用しました。純資産価額法については、譲渡等承認請求時に近い平成18年3月期決算に基づく5万0450円を採用しました。
さらに、過去の1株5万円の取引、D社が1株6万5000円に一定額を加えた価格で応じる意向を伝えた交渉、Bさんがその経緯を知っていたこと、C社が取得する利益を総合考慮し、ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法を3、純資産価額法を7の割合で併用しました。
- 22万6485円×0.3=6万7946円(円未満四捨五入)
- 5万0450円×0.7=3万5315円
- 6万7946円+3万5315円=10万3261円
この3対7という割合は、本件の事業、資料及び取引経緯を踏まえた判断です。非上場株式には常にこの割合を用いるという一般則が示されたわけではありません。
他の評価方法と算定資料はどう扱われたか
類似業種比準価額法などを採用しなかった理由
マーケットアプローチについては、A社と類似する適切な上場会社を見いだせないとして採用しませんでした。Bさんが主張した類似業種比準価額法の90万2100円も、相続税法上の評価であることに加え、比較対象が概括的な業種区分で、介護事業を営むA社の価値を正確に反映しているとは認められませんでした。
配当還元法は配当実績がないため採用し難く、収益還元法には課税後純利益の予測の困難さが指摘されています。また、C社が上場企業であることをそのままA社の価格に反映する主張も、A社株主の利益はA社自身の資産価値や収益力によるとして退けられました。
株主総会未承認の決算でも、正確性を具体的に検討する
採用された平成18年3月期決算は、紛争により株主総会の承認を得ていませんでした。Bさんは監査役の不適法意見も指摘しましたが、高等裁判所は、監査役の指摘が取締役との信頼関係等に関するもので、決算の正確性を問題とするものではなかったことを検討しました。Bさん自身が鑑定資料としての採用に同意していたことも考慮しています。
決定は、株価算定で重要なのは決算の正確性であり、株主総会の承認はその正確性を担保するものと位置付けました。未承認の決算なら常に使えるという趣旨ではなく、本件でその内容を疑う具体的事情が認められるかが検討されています。資料の評価は、株価算定書があれば会社との価格交渉に勝てるのかもご参照ください。
少数株式の一律減価と、売却交渉の事情は区別する
本件では、非流動性ディスカウントやマイノリティディスカウントを一定率で控除する計算はされていません。一方、高等裁判所は、売主側から買取りを要請した事情が相対取引では価格を低くする方向に働くことを認め、Bさんが先行交渉の窓口でもあったことから、本件でも考慮できるとしました。
この判断から、売主が売却を申し出れば必ず一定率を減額するという結論は導けません。本件では、形式的な保有割合だけでなく、個別の交渉経緯と買主の取得利益が併せて考慮されています。
この決定を株価の検討にどう生かすか
本件の要点は、会社の将来収益を評価から落とさず、同時に、その予測の根拠や不確実性を検証することです。「ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法だから正しい」「純資産価額だから客観的」と方法の名称だけで結論を決めるのではなく、どの資料を使い、どの会社の特性に対応させたのかが重要になります。
もっとも、高等裁判所の価格は、Bさんが抗告審で求めた90万2100円には届いていません。高い評価書を提出すればそのまま採用されるという事例でもありません。原審と抗告審の違いを理解し、評価の前提、算定時点、既存の取引及び取得後の支配関係を一体として検討するための裁判例です。
出典:福岡高等裁判所平成21年5月15日決定・平成20年(ラ)第145号(金融・商事判例1320号20頁)、福岡地方裁判所平成20年4月8日決定・平成18年(ヒ)第76号(同号27頁)。引用箇所以外は、決定本文に基づく当事務所の解説です。
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