非上場株式の売却交渉で最初から価格だけを提示してはいけない理由

いずれの方法を採るか、どの数値を用いるかによって、結論は大きく異なります。個々の手法の詳細は、既存記事(/archives/share_minoritysharevalue/、/archives/share_kabushikikachisanteihouhou/)及び記事「非上場株式の時価純資産法を少数株主側からどう見るか」(B04)に整理しております。

重要な点は、金額が先にあって根拠が後から付くのではなく、根拠から金額が導かれるという順序です。根拠のない金額は、相手方にとって応諾も反論もできない主張となり、結果として回答が留保されることになります。

第2節 相手方の側にも検討の手続があります

会社が株式を取得する場合、会社は一定の会社法上の手続を踏まなければなりません。株式会社が株主との合意により自己の株式を有償で取得するには、株主総会の決議によって取得する株式の数、対価の内容及びその総額、取得することができる期間を定めることを要し(会社法第155条第3号、第156条第1項)、特定の株主から取得するときはこの決議は特別決議によらなければなりません(会社法第160条第1項、第309条第2項第2号)。さらに、対価の総額は分配可能額を超えることができません(会社法第461条第1項第3号)。

つまり、会社が「はい」と答えるためには、社内で数値を検証し、機関決定を経る必要があります。根拠の示されていない金額は、この検討の入口に乗りません。会社の側の意思決定の構造については、記事「会社に株を買ってほしいと頼んでも応じてもらえないのはなぜか」(A02)に整理しております。

なお、買主が支配株主その他の個人である場合には、会社法上の財源規制は及びませんが、資金の手当てという事実上の制約は残ります。

表2 根拠を示さずに金額のみを提示した場合に生じやすい事態

生じやすい事態 理由
回答が長期間留保されます 相手方が社内で検証する手がかりがありません
金額のみを理由として拒絶されます 「高すぎる」という一言で議論が終わります
提示額が上限として扱われます 後により高い金額を述べる根拠を示しにくくなります
資料の開示を受ける機会を失います 金額の議論のみが先行し、資料の話に戻りにくくなります
手続の選択肢が狭まります 期間の制約のある手続の検討が後回しとなります

いずれも、金額そのものが不当であるために生ずるのではなく、金額を検証する共通の土台が存在しないために生ずるものです。逆に申しますと、算定の前提となる資料と評価の枠組みが共有されていれば、金額に開きがある場合であっても、どこに見解の相違があるのかを特定することができます。協議はその特定から進んでまいります。

第3節 資料が先行するという考え方

根拠から金額が導かれる以上、資料の確認が金額の検討に先行いたします。会社法は、株主に対して次の情報取得の手段を認めております。

表3 株主に認められた主な情報取得の手段

手段 対象 要件 根拠条文
計算書類等の閲覧及び謄本の交付の請求 計算書類、事業報告、附属明細書等 株主であること 会社法第442条第3項
会計帳簿の閲覧謄写の請求 会計帳簿又はこれに関する資料 総株主の議決権又は発行済株式の100分の3以上 会社法第433条第1項
株主名簿の閲覧謄写の請求 株主名簿 株主であること。請求の理由を明らかにいたします 会社法第125条第2項
株主総会議事録の閲覧謄写の請求 株主総会の議事録 株主であること 会社法第318条第4項

会計帳簿の閲覧謄写の請求については、会社が拒むことができる場合が法定されております(会社法第433条第2項)。したがいまして、いかなる目的で請求するかを含め、要件の充足を検討したうえで行使することとなります。この点は記事「会計帳簿閲覧謄写請求権は株式売却交渉にどう関係するか」(F02)に整理しております。

第4節 協議が調わない場合の手続を想定しておく必要があります

任意の交渉は、相手方に応ずる義務がありません。したがいまして、協議が調わなかった場合に何が起こるのかをあらかじめ把握しておくことが、検討の前提となります。

表4 協議が調わない場合の主な受け皿

制度 開始の契機 価格の決定
株式譲渡承認請求 株主が請求いたします(会社法第136条) 協議が調わないときは裁判所が決定いたします(会社法第144条)
反対株主の株式買取請求 会社が組織再編等をすることが前提です 協議が調わないときは裁判所が決定いたします
任意の交渉の継続 当事者の申入れ 合意によります

株式譲渡承認請求については、譲受人を明らかにして請求することが前提となり(会社法第138条第1号)、また、買取りの通知があった日から20日以内に売買価格の決定の申立てをしないときは、1株当たり純資産額に対象株式の数を乗じて得た額が売買価格となります(会社法第144条第2項、第5項、第7項)。この期間は短く、手続の選択は事前の準備を要します。

裁判所が価格を決定する場合には、株式譲渡承認請求の時における会社の資産状態その他一切の事情が考慮されます(会社法第144条第3項)。ここでも、資料が判断の基礎となります。

第5節 弁護士に相談する意味

以上のとおり、価格の主張は、資料の確保、評価の枠組みの選択、手続の見通しという三つの要素の上に立つものです。これらを個別に、かつ順序立てて整えることが、専門家の関与する意味です。

弁護士は、株主本人の代理人として、株主に認められた情報取得の手段を用いて資料の範囲を確保し、協議及び必要に応じた裁判手続を行います。株式買取業者は買手であり、株主本人の代理人ではありません。当事務所は株式を買い取る立場ではなく、株主の方が株式を保有したまま手続を進めるものです。

よくあるご質問

質問1 既に金額を伝えてしまいました。取り消すことはできますか。

任意の交渉における申入れは、契約が成立するまでの段階では相手方の承諾がない限り契約としての拘束力を生じません。もっとも、いったん述べた金額は事実として残りますので、その後の説明の仕方が問題となります。具体的な進め方は事案によって異なります。

質問2 会社から先に金額を提示されました。どう受け止めればよいですか。

まず、その金額の算定方法と基礎となった数値の説明を求めることが出発点となります。詳細は記事「非上場株式の会社提示額が低いと感じたときに確認する5つの事項」(A03)に整理しております。

質問3 株価算定書を取得すれば交渉は有利になりますか。

算定書は評価の一つの意見であり、それ自体が価格を確定させるものではありません。前提となる資料の範囲及び手法の選択によって結論は変わります。この点は記事「株価算定書があれば会社との価格交渉に勝てるのか」(B10)に整理しております。

質問4 交渉の具体的な進め方を教えていただけますか。

具体的な交渉方法は、株主構成、財務状況、株価、従前の経緯等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本ページでは詳細を開示しておりません。ご相談の際に、事案に即して説明いたします。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、非上場株式・少数株式について、株主側の代理人としてご相談をお受けしております。会社に対して書面を送付される前の段階でのご相談もお受けしております。

ご相談の際には、定款の写し、株主名簿の写し、直近3期分の決算書、会社とのやり取りの記録をご用意ください。お手元にない場合でもご相談いただけます。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜日・日曜日・祝日も受付)
  • 所在地 〒105-6017 東京都港区虎ノ門四丁目三番一号 森トラスト城山トラストタワー17階

本記事は一般的な法律上の枠組みをご説明するものであり、結論は事案ごとの事実関係及び資料によって異なります。結果を保証するものではありません。課税関係については税理士にご確認ください。

本記事の根拠条文

会社法 第125条第2項(株主名簿の閲覧謄写請求)、第136条・第138条第1号(譲渡等承認請求)、第144条第2項・第3項・第5項・第7項(売買価格の決定)、第155条第3号・第156条第1項・第160条第1項(自己株式の取得)、第309条第2項第2号(特別決議)、第318条第4項(株主総会議事録の閲覧等)、第433条第1項・第2項(会計帳簿の閲覧謄写請求及び拒絶事由)、第442条第3項(計算書類等の閲覧及び謄本の交付の請求)、第461条第1項第3号(分配可能額による財源規制)

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