株式売買価格決定申立で鑑定が行われる場合の注意点

株式売買価格決定の申立てをすれば、裁判所が自動的に鑑定を実施して適正な株式売買価格を算出してくれる、というものではありません。鑑定は、当事者の主張と提出された資料を踏まえ、必要と認められる場合に実施される証拠調べの一つです。

しかも、鑑定が実施される場合には、鑑定の前提となる条件をどのように設定するかが結論に大きく影響いたします。本稿では、鑑定人の選任、前提条件の設定、鑑定費用の負担、鑑定結果に対する意見書の提出という順に、実務上の注意点を整理いたします。

株式売買価格決定の申立ての位置づけ

譲渡制限株式について会社が株式譲渡承認請求を承認しない旨の決定をし、会社又は指定買取人から通知があった場合、対象株式の株式売買価格は、まず当事者間の協議によって定めます(会社法第144条第1項)。協議が調わないときは、通知があった日から20日以内に、裁判所に対して株式売買価格決定の申立てをすることができます(会社法第144条第2項、同条第7項)。

この手続は、通常の民事訴訟ではなく非訟事件です。管轄は、会社の本店の所在地を管轄する地方裁判所に属します(会社法第868条第1項)。裁判所は、審問の期日を開いて申立人及び相手方の陳述を聴かなければならないものとされています(会社法第870条第2項)。裁判に対しては即時抗告をすることができます(会社法第872条第4号)。

裁判所は、株式譲渡承認請求の時における会社の資産状態その他一切の事情を考慮して株式売買価格を定めます(会社法第144条第3項)。「その他一切の事情」という文言からも分かるとおり、考慮要素は法定されておらず、どのような事情を主張し、どのような資料により裏付けるかは当事者に委ねられています。

鑑定は当然に行われるものではない

非訟事件においては、裁判所は職権で事実の調査をすることができるものとされています。もっとも、これは裁判所が当事者に代わって株式の価値に関する資料を収集してくれることを意味しません。

株式売買価格決定の手続では、当事者双方が、株価算定の専門家による株価算定書その他の資料を提出し、評価手法の選択、その前提となる事実、各手法の採否及び併用の割合等について主張を尽くすのが通例です。裁判所は、これらの主張及び資料を踏まえ、なお専門的知見を要すると判断した場合に鑑定を実施いたします。

したがって、鑑定を期待して自らの主張立証を省略することは適当ではありません。鑑定が実施されるとしても、その鑑定は、それまでに形成された争点の枠内で行われます。鑑定に至る前の段階における主張立証が、鑑定の内容そのものを規定するという関係にあります。

鑑定人の選任と鑑定事項の設定

鑑定が実施される場合、鑑定人は裁判所が選任いたします。公認会計士、不動産鑑定士その他の専門家が選任されることが一般的です。当事者が推薦した者がそのまま選任されるとは限りません。

実務上とりわけ重要となるのが、鑑定事項及び鑑定の前提条件の設定です。株式の評価は、どの評価手法を用いるか、いつの時点を基準とするか、会社の保有資産をどのように評価するか、将来の収益をどのように見込むか、少数株主が保有する株式であることをどのように扱うかといった前提の置き方により、結論が大きく異なります。

これらの前提のうち、専ら評価技術に属する事項は鑑定人の判断に委ねられますが、前提となる事実の存否は当事者の主張立証によって定まるべき事項です。たとえば、会社が保有する不動産の現況、簿外の債務の有無、役員報酬の水準、関係会社との取引条件といった事実は、いずれも評価の前提となります。これらについて争いがある場合には、鑑定の実施前に、事実に関する主張と証拠を整理しておく必要があります。

鑑定費用の負担と予納

鑑定には費用を要します。対象会社の規模、保有資産の内容、評価手法の複雑さによって金額は異なりますが、少額とはいえない負担となることが通例です。

鑑定を実施する場合、その費用は、まず申立人その他の当事者が裁判所に予納するのが通常の取扱いです。手続費用は、特別の定めがある場合を除き各自の負担とされますが(非訟事件手続法第26条)、裁判所は、事情により、本来負担すべき者以外の者に手続費用の全部又は一部を負担させることができます(同法第27条)。

したがって、鑑定を求めるか否かは、費用の負担と、鑑定によって得られる結果の見込みとを比較して判断すべき事項です。争いのある金額の大小、保有株式数、会社の財務内容によっては、鑑定を実施することの合理性が乏しい場合もあります。この判断は事案ごとに異なりますので、申立ての段階から見通しを立てておくことが望まれます。

鑑定結果が出た後の対応

鑑定の結果が裁判所に提出された後、当事者は、その内容を検討し、意見を述べる機会を有します。鑑定書の内容が当然に裁判所の判断となるわけではありません。

鑑定結果に対しては、前提とされた事実に誤りがないか、採用された評価手法の選択及び併用の割合が合理的か、計算過程に誤りがないか、依拠した資料が適切かといった観点から検討を加えます。必要に応じて、他の専門家による意見書を提出し、又は鑑定人に対する質問を求めることになります。

もっとも、鑑定結果に対する反論は、鑑定の前提となる事実に関する主張が手続の早期の段階で提出されていて初めて説得力を持ちます。鑑定書が出てから新たな事実を主張しても、既に鑑定はその事実を前提としないまま完成しています。この点でも、鑑定前の準備が結果を左右いたします。

なお、当事者が私的に依頼した専門家による株価算定書と、裁判所が選任した鑑定人による鑑定書とは、手続上の位置づけが異なります。前者は当事者が提出する書証であり、後者は裁判所が実施する証拠調べの結果です。もっとも、いずれも一定の前提の下で作成された専門家の判断であることに変わりはなく、前提が異なれば結論も異なります。私的に依頼した株価算定書が鑑定書と異なる結論を示している場合には、両者のどの前提が相違しているのかを具体的に指摘することが求められます。

また、鑑定の実施には相応の期間を要します。鑑定人の選任、資料の提出、鑑定の実施、鑑定書の提出、これに対する意見という各段階を経ますので、手続全体の期間はその分だけ長期化いたします。どの程度の期間を要するかは、対象会社の規模、資料の整備状況、争点の数によって異なりますので、一律に申し上げることはできません。手続の見通しは、この点も含めて検討する必要があります。

手続に関する期間制限

株式売買価格決定の申立てに関連する期間制限は次のとおりです。

場面 期間 根拠条文 徒過した場合の効果
株式売買価格決定の申立て(譲渡制限株式) 株式買取通知又は指定買取人の通知があった日から20日以内 会社法第144条第2項、同条第7項 協議が調った場合を除き、1株当たり純資産額に対象株式の数を乗じて得た額が株式売買価格となる(会社法第144条第5項)
株式売買価格決定の申立て(相続人等に対する売渡しの請求の場合) 会社からの売渡しの請求があった日から20日以内 会社法第177条第2項 協議が調った場合を除き、売渡しの請求はその効力を失う(会社法第177条第5項)
会社による承認をするか否かの決定の内容の通知 株式譲渡承認請求の日から2週間 会社法第139条第2項、第145条第1号 承認をする旨の決定をしたものとみなされる
会社による株式買取通知 承認をしない旨の決定の内容の通知の日から40日 会社法第141条第1項、第145条第2号 承認をする旨の決定をしたものとみなされる
指定買取人による通知 承認をしない旨の決定の内容の通知の日から10日 会社法第142条第1項、第145条第2号 会社が40日以内に株式買取通知をしない限り、承認をする旨の決定をしたものとみなされる

なお、定款により2週間、40日及び10日を下回る期間が定められている場合には、その期間によります。

申立ての前に準備しておくべき事項

第1に、会社の財務に関する資料です。株主は、持株数の要件なく計算書類等の閲覧謄写を請求することができます(会社法第442条第3項)。総株主の議決権の100分の3以上を有する株主は、請求の理由を明らかにしたうえで会計帳簿の閲覧謄写を請求することができます(会社法第433条第1項)。資料の収集には時間を要しますので、20日の期間を意識した段取りが必要です。

第2に、会社の保有資産に関する情報です。不動産の登記事項証明書、賃貸借契約の状況、関係会社の有無等は、時価純資産に関する主張の基礎となります。

第3に、株式を取得した経緯及び従前の経緯に関する資料です。過去の株式の売買事例、配当の実績、株主間の合意の有無は、いずれも「その他一切の事情」に含まれ得る事項です。

よくあるご質問

質問1 鑑定を申し出れば必ず実施されますか。

鑑定を実施するか否かは裁判所の判断によります。当事者双方から株価算定書が提出され、争点が限定されている場合には、鑑定を実施せずに判断がされることもあります。鑑定の申出をするか否かは、費用の負担及び見込まれる結果を踏まえて検討すべき事項です。

質問2 鑑定の結果が想定より低い金額であった場合、争うことはできますか。

鑑定書は裁判所の判断を拘束するものではありません。前提事実の誤り、評価手法の選択の不合理、計算上の誤りといった観点から意見を述べ、他の専門家の意見書を提出することが考えられます。もっとも、鑑定書が完成した後の反論には限界がありますので、前提事実に関する主張は早期に行っておく必要があります。

質問3 自分で株価算定書を用意する必要はありますか。

裁判所は当事者の主張と資料を踏まえて判断いたしますので、自らの主張を裏付ける資料を提出しないまま有利な判断を得ることは困難です。株価算定書を用意するか否か、どの範囲の資料を提出するかは、対象会社の内容と争点により異なります。

質問4 鑑定費用は最終的にどちらが負担することになりますか。

手続費用は、特別の定めがある場合を除き各自の負担とされています(非訟事件手続法第26条)。もっとも、裁判所は事情により負担者を定めることができます(同法第27条)。最終的な負担の在り方は事案によって異なりますので、あらかじめ確定的な見通しを述べることはできません。

交渉手法の詳細を開示していないことについて

当事務所では、非上場株式・少数株式について、当初は株式買取りに消極的であった会社又は関係者との交渉を行い、任意の株式買取りに至る案件を取り扱っています。もっとも、会社が株式買取りに応じるか否か、また裁判手続においてどのような主張立証を組み立てるかは、株主構成、会社の財務状況、株式価値、株主間の従前の経緯、会社支配権、相続・事業承継の状況その他の事情によって異なります。どのような事情を踏まえ、どのような順序及び方法で会社と交渉し、又は手続を進めるかは、当事務所が個別案件の経験を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本ページでは具体的な交渉手法の詳細を開示していません。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

株式売買価格決定の申立てには20日という期間制限があり、鑑定に関する判断も含めて早期の検討を要します。弁護士法人M&A総合法律事務所にご相談ください。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日・日曜日・祝日も受付いたします

ご相談の際は、会社又は指定買取人から届いた通知書、供託を証する書面、定款、直近3期分の計算書類、会社が提示した価格の根拠資料をお持ちいただけますと検討が進めやすくなります。これらの資料がお手元になくてもご相談いただけます。

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