遺産分割で取得した非上場株式を売却する際の注意点
遺産分割により非上場株式を取得された方から、売却を進めたいというご相談をいただくことがあります。この場合、価格の話に入る前に確認しておくべき事項があります。株式の権利がご自身に帰属していること、そして会社の株主名簿の記載がその状態を反映していることです。
この前提が整っていないまま交渉を進めますと、相手方から株主としての地位そのものを争われ、価格の議論に入る前に手続が停滞いたします。本稿では、遺産分割から売却に至るまでの流れと、各段階の注意点を整理いたします。
遺産分割が終了するまでの株式の扱い
相続財産に含まれる非上場株式は、遺産分割が終了するまでの間、共同相続人の準共有に属します。この場合、共有者は、当該株式についての権利を行使する者一人を定め、会社に対してその者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができません(会社法第106条)。ただし、会社が権利行使に同意した場合は、この限りではありません。
権利行使者の指定の方法については、最高裁判所平成27年2月19日第一小法廷判決が、共有に属する株式についての議決権の行使は、当該議決権の行使をもって直ちに株式を処分し、又は株式の内容を変更することになるなど特段の事情のない限り、株式の管理に関する行為として、各共有者の持分の価格に従いその過半数で決せられる旨を判示しています。
したがって、遺産分割が未了の段階では、単独で株式を売却することはできません。この段階でできることは、共同相続人間で権利行使者を定めて株主としての権利を行使すること、又は遺産分割そのものを進めることです。共同相続人は、いつでもその全部又は一部の分割をすることができ、協議が調わないときは家庭裁判所に分割を請求することができます(民法第907条)。
遺産分割の方法が売却の進め方を左右します
遺産分割の方法には、株式そのものを相続人に配分する方法(現物分割)のほか、特定の相続人が株式を取得して他の相続人に代償金を支払う方法(代償分割)、株式を売却して代金を分ける方法(換価分割)があります。
売却を前提とされる場合、遺産分割協議書の記載は重要です。誰が何株を取得するのかが特定されていなければ、その後の名義書換えにも、譲渡の手続にも支障が生じます。株式の種類、株式数、取得者を明確に記載する必要があります。
なお、遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生じます(民法第909条本文)。ただし、第三者の権利を害することはできません(同条ただし書)。また、相続開始の時から10年を経過した後にする遺産の分割については、原則として特別受益及び寄与分に関する規定が適用されないこととされています(民法第904条の3)。遺産分割を長期間放置することには、この面からも留意が必要です。
名義書換えを済ませる
遺産分割により株式を取得した後は、会社に対し、株主名簿の記載又は記録を請求いたします。相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した場合には、会社の承認を要せずにこの請求をすることができます(会社法第134条第4号)。
株主名簿記載事項の記載の請求は、原則として株主名簿に記載された者と共同してしなければなりませんが、一般承継の場合には、その事実を証する資料を提供して請求し得るものとされています(会社法第133条第2項、会社法施行規則第22条第1項)。実務上は、被相続人の出生から死亡までの戸籍、相続人の戸籍、遺産分割協議書、印鑑登録証明書等の提出を求められることが一般的です。
会社が名義書換えに応じない場合には、その理由を確認いたします。遺産分割の有効性を争われている場合、権利行使者の通知(会社法第106条)を求められている場合、提出資料の不足を指摘されている場合では、対応が異なります。名義書換えが未了のままでは、株主としての権利行使にも、売却の交渉にも支障が生じますので、この段階での整理が重要です。
売却先によって手続が異なります
第1に、会社に売却する場合です。会社による自己株式の取得は、株主総会の決議により取得する株式の数、対価の内容及び総額並びに取得することができる期間を定めて行います(会社法第156条第1項)。特定の株主から取得する場合には、その旨を株主総会の決議によって定める必要があり、この決議は特別決議です(会社法第160条第1項、第309条第2項第2号)。この場合、他の株主は、原則として自己をも売主に加えることを請求することができます(会社法第160条第2項、第3項)。また、自己株式の取得は分配可能額の範囲内でしなければなりません(会社法第461条第1項)。
第2に、大株主、経営者その他の第三者に売却する場合です。株式が譲渡制限株式であるときは、会社に対して株式譲渡承認請求をすることになります。この請求は、譲り渡そうとする株式の数及び譲受人の氏名又は名称を明らかにしてしなければなりません(会社法第138条第1号)。会社又は指定買取人による買取りを請求する旨を併せて明らかにしておけば、会社が承認をしない旨の決定をしたときに、会社は対象株式を買い取らなければなりません(会社法第138条第1号ハ、第140条第1項)。譲受人は現実に譲り受ける意思のある者である必要があり、実体を伴わない譲受人を立てるべきではありません。
第3に、株式買取業者に売却するという選択肢が示される場合があります。株式買取業者は買主であり、株主本人の代理人ではありません。具体的な行為の態様によって法的問題が生じ、裁判例において違法性が認定された事例もあります。売却の前に、株主側の立場からの助言を受ける機会を持たれることをお勧めいたします。
価格の検討と税務上の取扱い
相続税の申告に用いた評価額は、相続税の課税価格の計算という目的のために定められた方法により算定される額であり、売買における価格とは目的を異にします。両者が一致しないことは通常です。
売買価格を検討するには、会社の財務内容の把握が必要です。株主は、持株数の要件なく計算書類等の閲覧謄写を請求することができます(会社法第442条第3項)。総株主の議決権の100分の3以上を有する株主は、請求の理由を明らかにしたうえで会計帳簿の閲覧謄写を請求することができます(会社法第433条第1項)。会社の保有する不動産、関係会社との取引、役員報酬の水準といった事項は、いずれも価格の検討に関係いたします。
株式の譲渡に伴う課税関係は、譲渡の相手方及び態様により異なります。相続により取得した財産を一定の期間内に譲渡した場合における相続税額の取得費加算の特例(租税特別措置法第39条)の適用の有無を含め、具体的な申告の判断は税理士にご確認いただく必要があります。
手続に関する期間の一覧
| 場面 | 期間 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 相続の承認又は放棄 | 自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内 | 民法第915条第1項 |
| 相続税の申告及び納付 | 相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内 | 相続税法第27条第1項 |
| 特別受益及び寄与分の主張の制限 | 相続開始の時から10年を経過した後の遺産分割について原則として適用されない | 民法第904条の3 |
| 会社による相続人等に対する売渡しの請求 | 相続その他の一般承継があったことを知った日から1年以内 | 会社法第176条第1項ただし書 |
| 売渡しの請求に関する株式売買価格決定の申立て | 売渡しの請求があった日から20日以内 | 会社法第177条第2項 |
| 会社による承認をするか否かの決定の内容の通知 | 株式譲渡承認請求の日から2週間(定款でこれを下回る期間を定めた場合はその期間) | 会社法第139条第2項、第145条第1号 |
| 会社による株式買取通知 | 承認をしない旨の決定の内容の通知の日から40日 | 会社法第141条第1項、第145条第2号 |
| 指定買取人による通知 | 承認をしない旨の決定の内容の通知の日から10日 | 会社法第142条第1項、第145条第2号 |
| 譲渡制限株式に関する株式売買価格決定の申立て | 株式買取通知又は指定買取人の通知があった日から20日以内 | 会社法第144条第2項、同条第7項 |
手続の順序を誤らないために
遺産分割から売却に至る流れは、権利の帰属の確定、名義書換え、会社の財務内容の確認、売却先の検討、手続の選択という順序をたどります。この順序を飛ばして価格の交渉から入りますと、相手方から株主としての地位を争われ、あるいは資料がないまま提示額の当否を判断できないという事態に陥ります。
とりわけ、定款に相続人等に対する売渡しの請求の定めがある会社では(会社法第174条)、相続があったことを知った日から1年以内に会社の側から売渡しを求められる可能性があります(会社法第176条第1項ただし書)。この場合には、こちらの検討の時間軸とは別に、会社の側の期間が進行いたします。定款の確認は早期に行う必要があります。
よくあるご質問
質問1 遺産分割協議書があれば、すぐに会社に売却できますか。
遺産分割協議書により株式の帰属は定まりますが、会社に対する関係では株主名簿の記載又は記録が必要です(会社法第133条、第134条第4号)。まず名義書換えの手続を行い、そのうえで売却の検討に進むことになります。
質問2 遺産分割がまとまらないうちに会社から買取りの打診がありました。応じられますか。
遺産分割が終了するまで株式は共同相続人の準共有に属し、権利行使者を定めて会社に通知しなければ原則として権利を行使することができません(会社法第106条)。共同相続人全員の合意により売却する方法(換価分割)も考えられますが、その場合も相続人間の合意が前提となります。打診の内容と条件を確認したうえで、遺産分割の進め方と併せてご検討ください。
質問3 株券が見当たりませんが、売却できますか。
まず、会社が株券発行会社であるかどうかを、定款及び登記事項証明書により確認いたします。株券発行会社でない場合には株券は存在しません。株券発行会社である場合には、株券の所在の確認又は喪失の手続の検討が必要となります。
質問4 会社が「相続人には売却させない」と言っています。
譲渡制限株式であっても、会社の承認が得られない場合には、会社又は指定買取人が買い取る仕組みが用意されています(会社法第140条)。この仕組みを利用するには、株式譲渡承認請求において会社又は指定買取人による買取りを請求する旨を併せて明らかにしておく必要があります(会社法第138条第1号ハ)。売却が一切できないというわけではありません。
交渉手法の詳細を開示していないことについて
当事務所では、非上場株式・少数株式について、当初は株式買取りに消極的であった会社又は関係者との交渉を行い、任意の株式買取りに至る案件を取り扱っています。もっとも、会社が株式買取りに応じるか否かは、株主構成、会社の財務状況、株式価値、株主間の従前の経緯、会社支配権、相続・事業承継の状況その他の事情によって異なります。どのような事情を踏まえ、どのような順序及び方法で会社と交渉するかは、当事務所が個別案件の経験を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本ページでは具体的な交渉手法の詳細を開示していません。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
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