裁判所における非上場株式の価格算定方法|評価のポイントを弁護士が解説
お困りではありませんか?

取引相場が存在しない非上場株式(未公開株式)は適正な価値の算定が難しい財産です。特に、会社経営に影響を及ぼさない少数株式の場合、売却や価格交渉が難航しやすく、最終的にその売買価格の決定が裁判所に委ねられることがあります。
本記事では、非上場株式や少数株式(以下「非上場株式等」とします)の売買価格が裁判所によって決定される際の法的枠組み、裁判所が採用する具体的な評価手法、判例の傾向について解説します。
裁判所による価格決定が必要となる主な場面
非上場企業の株を売却する際、基本的には「売る側(株主)」と「買う側(会社など)」の話し合いで売買価格が決まります。しかし「譲渡制限」がある株式や、大きな会社の組織再編(合併など)では、当事者どうしの合意がうまくいかないケースも少なくありません。
会社法はこうした場合を想定し、裁判所が株の適正な価格を決める制度を設けています。
裁判所による株式の価格決定は主に以下の3つのケースで必要となります。
(1)譲渡制限の新設や強化に反対した株主が、会社に対して株式買取請求権を行使する場合
会社が定款を変更して、これまで自由に譲渡できた株式に譲渡制限を付けると、株主は株式を第三者に売りにくくなります。そこで会社法は、このような定款変更に反対する株主に対し、会社に対して自己の株式を「公正な価格」で買い取るよう請求できる権利(株式買取請求権)を認めています(会社法116条1項1号・2号)。
もっとも、非上場株式等の価格算定については会社と株主の間で意見が対立することも少なくありません。
そこで会社法は、定款変更の効力発生日から30日以内に価格の協議がまとまらなかった場合、株主または会社は、裁判所に対して株式の価格を決定するよう申立てることができると定めています(会社法117条2項)。この申立てがされた場合、最終的な買取価格は、裁判所が会社の財務状況や収益力など諸事情を考慮して決定することになります。
(2)譲渡制限株式の売却で会社が承認しない場合
株式を譲渡するのに会社の承認を必要とする株式を譲渡制限株式といいます。非上場会社は定款で株式の譲渡制限を設けていることがよくあります。
株主が第三者に譲渡制限株式を譲渡する際は、会社の承認が必要です。会社が第三者への譲渡を承認しない場合、会社または会社が指定する買取人(指定買取人)が株式を買い取らなければなりません(会社法140条1項)。
この場合、会社または株主(譲渡承認請求者)は、裁判所に対して譲渡制限株式の売買価格を決定するよう申立てることができます(会社法144条2項)。
なお、(1)のケースとは違って、「会社(または指定買取人)と株主の間で売買価格の協議が整わない場合」という要件は不要です。
(3)会社の事業譲渡や合併などの大きな組織再編に反対する株主が、会社に対して株式買取請求権を行使する場合
事業譲渡や合併などの組織再編行為において、その決定に反対した株主は、会社に対し自己の保有する株式を公正な価格で買い取るよう請求することができます(会社法469条1項、785条1項等)。
会社と株主の間で価格について協議が整わない場合は、裁判所に対して価格決定の申立てを行うことが可能です(470条2項、786条2項等)。
裁判所の株価算定における評価のアプローチと手法
会社法は、売買価格の具体的算定方法を定めていませんが、「譲渡等承認請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならない」(会社法144条3項)と規定しています。
裁判所が株価算定を行う際、「インカム・アプローチ」「コスト・アプローチ」「マーケット・アプローチ」という3つの評価アプローチに基づき、企業価値評価実務に沿った検討が行われます。
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評価のアプローチ |
代表的な評価手法 |
概要 |
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インカム・アプローチ(収益方式) |
DCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー) 法、収益還元法、配当還元法 |
企業の将来的な収益力に着目し、現在価値に割り戻す。継続企業としての動的価値を表す。 |
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コスト・アプローチ(純資産方式) |
時価純資産法、簿価純資産法 |
評価基準日時点の資産・負債を時価評価し、純資産に着目する。企業の静的価値(清算価値)を表す。 |
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マーケット・アプローチ |
類似会社比較法、類似業種比準方式 |
類似する上場企業や取引事例と比較し、相対的な価値を推定する。 |
近年の裁判実務では、「複数の評価手法を組み合わせる(折衷法)」や、「条件によっては1つの方法を重視する」など、会社の実態に応じて柔軟に判断する傾向が強くなっています。
なお、株式の相続税評価額を算定する際、税法上は「純資産法」「類似業種批准法」「配当還元法(形式的配当還元法)を採用し、これらの加重平均または最低額を選択することができます。
しかし、相続税評価額は課税をする際の便宜的な制度であり、実態を表しているものではありませんので、裁判所が株価算定をする場合にはまったく採用されることはありません。
裁判所が採用する具体的な評価手法と判断基準
裁判所がどの評価手法を採用し、どの程度の割合で折衷するかは、株主の立場(議決権割合)や会社の事業継続性、資産構成といった個別具体的な事情によって判断されます。
株主の立場(議決権割合)による評価の選択
売買対象となる株式が会社経営に与える影響の度合いは、評価方法を左右する最も重要な要素の一つです。
支配株主のように会社経営に影響力を持つ場合
買主が支配株主となる場合、または支配株主グループに属する場合、その株式は会社が将来生み出す利益を享受できる立場にあるため、継続企業価値を評価するDCF法が採用されやすくなります。折衷法を採用する場合でも、収益還元法が高い比重で採用される傾向があります。
例えば、東京高裁平成20年4月4日決定では、指定買受人の取得後の議決権割合が100%となるため、収益還元法のみが採用されました。
少数株主のように会社経営に影響力を持たない場合
会社経営に影響力を持たない少数株主の場合、配当の取得が株式を保有する主な目的です。したがって、将来の配当に対する期待から株価を評価する配当還元法を中心に評価します。
ただし、支配株主が配当を過度に低く抑える偏った経営政策を取っているような場合、配当還元法のみでは株式価値が過小評価されるリスクがあるため、会社の資産価値を算定要素として純資産法を併用する折衷法が採用されることがあります。
例えば、東京高裁平成2年6月15日決定では、議決権割合0.16%の少数株式の株価算定について、配当還元法70%、時価純資産法30%の折衷法が採用されました。
会社規模と事業継続性
対象会社の規模が大きく、事業継続性に特に問題がないと判断される場合、DCF法などのインカム・アプローチがふさわしいと判断されます。
一方、会社規模が小さく事業リスクが存在する場合には、事業の永続を前提とする収益方式のみでの評価は相当ではないとされ、コスト・アプローチも一部考慮されます。
例えば、東京地裁平成26年9月26日決定(後述)では、対象会社の安定した売上と事業継続性が認められたものの、従業員数や企業リスクをふまえて折衷法が採用されました。
特定の資産構成を持つ会社
不動産を保有し収益を得る会社や、子会社の株式保有を目的とする資産管理会社など、事業の特性や資産構成が特殊な会社の場合、将来の利益から価値を評価する収益還元法は適切ではないと判断され、時価純資産法による評価が採用されやすくなります。
裁判所による評価手法に確たるルールはない
裁判所が株価を決める際は、会社の実態や株主の立場に応じて、収益力(DCF法など)・資産価値(時価純資産法)・配当価値(配当還元法)など複数の評価手法を組み合わせる「折衷法」を採用する傾向があります。
例えば、東京地裁2014年9月26日決定では、会社の清算価値だけでなく、今後の利益や配当見込みまで総合的に加味し、「収益還元法35%、純資産法35%、配当還元法30%」で算定しました。これによって、会社側が主張した安い税法評価額が却下され、少数株主に有利な売却価格が認められました。
もっとも、「折衷法が原則である」とまではいえない状況です。高い成長力が認められるベンチャー企業についてDCF法だけで評価した事例(東京高裁2008年4月4日決定)や、実際の配当額でなく上場会社の平均値を使った予想配当性向を参考に配当還元法を採用した事例(大阪地裁2015年7月16日決定)など、単独の評価手法で株価を算定する裁判例も見受けられます。
株式買取請求時における評価のポイント
反対株主の株式買取請求権を行使した際の価格決定では、少数株主保護の観点から、「マイノリティ/非流動性ディスカウント」や「ナカリセバ価格」などの評価ポイントに注意する必要があります。
マイノリティ・ディスカウント/非流動性ディスカウントの不考慮
株式の売買価格を算出する際、(マイノリティディスカウント(支配権のない少数株主の持分ということで価値を下げる考え方)や非流動性ディスカウント(市場で換金できない不利を反映して価値を下げる考え方)を考慮するかが問題となります。
最高裁平成27年3月26日決定は、反対株主による株式買取請求権行使時にこれらのディスカウントを考慮することは相当でないと判断しました。これは、株式買取請求権が「少数株主にとっての実質的な保護手段」「不利な状況で手放さざるを得ない株式の損失補填」という役割を持つためです。
ただし、同決定は「収益還元法」を用いて株式買取価格を決定したケースです。他の評価手法を採用したケースにも直接妥当するとはかぎらない点に注意すべきでしょう。
「ナカリセバ価格」の検討とシナジー効果
株式買取請求権行使時における公正な価格は、組織再編行為などがなければその株式が有していたであろう価格(ナカリセバ価格)を基準とします。
ただし、組織再編行為によってシナジー効果その他の企業価値の増加が生じる場合、公正な価格はそのシナジー効果を織り込んだ価格とするべきであり、反対株主にも適切に分配されるべきと考えられています。
まとめ
非上場株式等の評価は、税務上のリスクも伴う複雑なプロセスであり、価格交渉や訴訟手続きにおいては、法令や裁判例の知識に基づいた戦略的なアプローチが不可欠です。思わぬ不利益を被らないためにも、非上場株式等の評価やトラブル解決に精通した弁護士や公認会計士、税理士といった専門家と連携することを推奨します。
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