株式買取請求権とは?少数株主が非上場株式を売る手続きと注意点
お困りではありませんか?

非上場会社の少数株主にとって、保有株式の現金化は簡単ではありません。会社から提示された買取価格が極端に低い、根拠が示されない、連絡が止まるといった状況では、個人での対応に限界を感じやすいでしょう。
こうした局面で検討される制度の一つが、株式買取請求権です。
もっとも、株式買取請求権は「いつでも使える権利」ではなく、行使できる場面、要件、期限が定められており、手続きを外すと主張の前提が崩れるおそれがあります。また、買取価格は会社との協議で決まるのが基本で、説明が不十分なまま合意を迫られるケースもあります。
本記事では、少数株主が株式買取請求権を検討する際に押さえるべきポイントとして、使えるケース・使えないケース、要件と手続の流れ、公正な価格の考え方、会社の低い提示や引き延ばしへの対応、相談を検討すべきタイミングを整理します。
弁護士法人M&A総合法律事務所として、少数株主・非上場株式に関する相談が多い立場から、迷いやすい点を中心に解説します。
株式買取請求権とは
株式買取請求権の基本的な考え方を整理し、少数株主が現金化を検討しやすい代表的な場面と、混同しやすい制度の種類を押さえます。
株式買取請求権の概要
株式買取請求権とは、会社が一定の重要な行為を行う際に、反対する株主が会社に対して株式の買取りを求められる制度です。少数株主にとっては、会社の意思決定によって投資環境や株主としての前提が大きく変わる局面で、保有株式を現金化するための選択肢になり得ます。
もっとも、株式買取請求権は「いつでも会社に買い取らせられる権利」ではありません。行使できる場面は法律上限定されており、反対の意思表示や期限の管理など、要件を満たさないと権利行使が認められない可能性があります。そのため、まずは「どの場面で」「どの種類の買取請求に当たるのか」を整理することが重要です。
また、非上場会社の株式について、株式譲渡に取締役会等の承認を要する旨の定款の定めがある場合、第三者への譲渡が会社に承認されないことがあります。
この場合に問題となるのは、反対株主の株式買取請求権ではなく、会社又は指定買取人による買取りの制度(会社法140条以下)と、協議が調わないときの売買価格の決定(会社法144条)です。「会社に買い取らせたい」という結論が同じでも、適用条文と期限が異なるため、手続類型を先に切り分ける必要があります。
少数株主が買取請求を検討する場面
少数株主が株式買取請求権を検討するのは、会社側が重要な意思決定を進め、少数株主の立場や株式の評価に影響が出る局面です。
代表例として、合併などの組織再編、事業譲渡等、定款変更、株式併合などが挙げられます。これらは会社の方向性や株主の権利内容が変わり得るため、賛否の判断とあわせて「反対して株式を手放す」という選択肢が問題になります。
株式買取請求権の種類
「株式の買取請求」と呼ばれる制度には複数の類型があり、前提や使える場面が異なります。
少数株主の相談で中心になりやすいのは、会社の重要行為に反対した株主が行使する類型です。あわせて、保有株式が単元未満株式に当たる場合に利用できる制度があるため、該当する場合は整理しておくと混乱を避けられます。
反対株主の株式買取請求権
反対株主の株式買取請求権は、株主総会等の決議を伴う重要行為に反対した株主を保護するための制度です。会社の行為によって株主の前提が大きく変わる場合に、反対した株主に退出の道を与える趣旨があります。行使に当たっては、対象となる行為の範囲、反対の手続、請求の期限、買取価格の決まり方が主要な論点になります。
単元未満株式の株式買取請求権
単元未満株式を保有している場合、取引単位の制約により処分が難しいことがあります。このような場合に、会社に対して買取りを求められる制度が設けられていることがあります。
もっとも、本記事が想定する「少数株主が非上場株式を現金化したい」という文脈では、反対株主の株式買取請求権に加え、会社側の低い提示額や連絡の停滞といったトラブル対応が中心になりやすいため、単元未満株式は該当する場合のみを想定しています。
株式買取請求権が使えるケース
株式買取請求権は、会社が一定の重要行為を行う場面で、反対する株主に「株式を手放して退出する」選択肢を与える制度です。行使できるかどうかは、会社が実施する行為の種類、決議の内容、株主が取るべき手続(反対の意思表示や請求期限など)によって左右されます。
ここでは、少数株主が問題にしやすい代表的な場面を類型ごとに整理します。
組織再編の場合
組織再編とは、会社の枠組みを変える行為を指し、合併、会社分割、株式交換・株式移転などが典型例です。
組織再編では、株主が保有する株式の性質や、会社に対する関与の仕方が変わることがあります。たとえば、再編後に株式の内容が変わる、持分比率が相対的に弱くなる、少数株主としての影響力がさらに小さくなるといった問題が起こり得ます。そのため、再編の内容に納得できない株主が、反対して株式の買取りを求める流れになります。
ただし、組織再編であれば常に買取請求ができるわけではありません。
対象となる再編行為の範囲や、反対の手続の要否は、行為の種類や会社の状況により異なります。少数株主としては、まず「何の再編が行われるのか」「自分の持株にどのような影響が出るのか」を確認し、買取請求の対象になり得るかを切り分けることが重要です。
反対株主として争点になりやすい点
組織再編で争点になりやすいのは、反対の意思表示が適切に行われているか、請求の期限を守れているか、そして買取価格をどう考えるかです。
特に少数株主の場合、会社側が提示する金額の根拠が十分に示されず、納得できないまま協議が進むことがあります。再編の内容を理解しないまま手続きを進めると、後から修正が難しい場面もあるため、資料の読み方や進め方を早めに整理しておく必要があります。
事業譲渡等の場合
事業譲渡等は、会社の事業の全部または重要な一部が他社へ移転するなど、会社の中身が大きく変わる行為です。
少数株主にとっては、投資の前提としていた収益の源泉が動く、将来の事業計画が変わるといった影響が生じ得ます。こうした変化に反対する株主が、株式買取請求権によって退出を選ぶことが問題になります。
事業譲渡等の場合も、行為の内容や重要性、手続の取り方によって、買取請求の可否や条件が変わります。少数株主としては、譲渡の対象や範囲、対価の内容、会社に残る事業の見通しなどを踏まえ、自身の保有株式の位置づけがどう変わるかを整理することが基本になります。
定款変更の場合
定款変更であっても、反対株主の株式買取請求権が認められるのは、会社法が定める一定の変更に限られます(会社法116条1項)。
典型例は、発行する全部の株式の内容として譲渡制限を設ける旨の定款変更で、譲渡の自由が大きく制約されるため、反対株主に公正な価格での退出機会を与える趣旨です(会社法116条1項1号、107条1項1号)。
ただし、すべての定款変更が対象になるわけではありません。対象性は、議案の内容が会社法116条1項各号の類型に当たるかで決まるため、招集通知や議案書の記載から、変更内容と条文類型を対応させて確認する必要があります。
スクイーズアウトの場合
スクイーズアウトは、少数株主を整理して株式を支配株主側に集約する手続の総称で、株式併合や特別支配株主による株式等売渡請求など、複数の手法が用いられます。株式併合型では、株式併合により一株に満たない端数が生じる場合に限り、反対株主が一株に満たない端数となるものの全部を公正な価格で買い取るよう請求できます(会社法182条の4)。
一方で、株式等売渡請求(会社法179条の2以下)のように、少数株主が会社に対して株式買取請求をする枠組みではなく、取得対価について裁判所に売買価格の決定を申し立てる枠組みが用意されている手続もあります(会社法179条の8)。
どの手続が採用されているかで、異議の出し方と期限が変わるため、会社からの通知書面で手続類型とスケジュールを先に確定させる必要があります。
少数株主が退出を迫られやすい理由
スクイーズアウトでは、少数株主の意思とは別に、会社側の意思決定で株主構成が再編されます。
少数株主は「保有を続ける」選択が取りにくくなり、提示される金額での処理を迫られやすくなります。この局面では、提示額の根拠が十分か、前提となる評価が偏っていないか、必要な説明や資料が示されているかが重要な検討対象になります。
株式買取請求権が行使できないケース
株式買取請求権は、使える場面が限られているうえに、手続きの順番や期限を外すと行使できなくなる可能性があります。少数株主にとって特に起こりやすい「うっかりミス」と、法律上の例外・対象外になり得るパターンを整理します。
手続き不備で行使できないケース
行使できない原因として多いのが、反対の意思表示や請求の手続きを適切に踏めていないケースです。会社側と揉める以前に、形式面で「権利を行使したことにならない」と評価されると、価格交渉にすら進めなくなるおそれがあります。
反対通知・反対票・買取請求の順序
株式買取請求権(反対株主型)では、一般に「反対の意思を示す段階」と「買取請求をする段階」が分かれており、順序を取り違えると問題になり得ます。ありがちな混乱は、次のようなものです。
- 反対の意思表示をしていないのに、いきなり買取請求書面だけ送ってしまう
- 株主総会で反対するつもりだったが、当日の対応が不十分で反対の事実が残らない
- 反対の意思表示はしたが、買取請求の期限を過ぎてしまった
少数株主の場合、会社側からの案内が十分でなかったり、連絡が遅れたりして「いつ何をすべきか」を見失うことがあります。書面提出や投票方法が形式的に処理されやすい点も含め、反対の証拠を残す設計が重要です。どの書面が必要で、いつまでに、どの方法で提出すべきかは、対象となる会社行為や会社の進め方で結論が変わるため、迷う時点で確認した方が安全です。
例外・対象外となるケース
そもそも株式買取請求権は「どんな不満にも使える制度」ではありません。会社の行為の種類や、株主の立場、対象となる株式によっては、制度の対象外になったり、別の制度で整理すべき場面になったりします。
株主の立場や株式の種類による違い
同じ会社の株主であっても、置かれた状況により結論が変わることがあります。たとえば、次のような点で扱いが分かれます。
- 反対株主としての要件を満たす立場にあるか(反対の意思表示が可能な局面か)
- 対象となる株式が、制度の前提とする株式に当たるか
- 問題になっているのが「反対株主型の買取請求」ではなく「譲渡制限と承認拒否に伴う買取り」など別類型ではないか
少数株主が「会社が買い取ってくれない」と感じる場面でも、原因が手続き不備なのか、対象外の類型なのかで、取るべき対応が変わります。特に非上場株式の現金化では、譲渡制限や会社側の対応(低い提示、連絡停止)と絡み合いやすいため、制度の当てはめを誤らないことが大切です。
株式買取請求権の要件
株式買取請求権は、対象となる会社行為に反対しただけで自動的に発生するものではなく、一定の要件を満たしてはじめて行使できます。少数株主がつまずきやすいのは、反対の意思表示と買取請求が別工程になっている点と、期限が複数出てくる点です。要件を順番に整理します。
株主であること
当然ながら、株式買取請求権を行使できるのは株主です。ただし、問題になりやすいのは「いつの時点で株主である必要があるのか」という点です。
会社の重要行為(合併や株式併合など)は、株主総会の決議や効力発生日を伴うため、株主名簿の基準日や権利確定のタイミングにより、手続に関与できる範囲が変わることがあります。
少数株主としては、会社から送付される招集通知や通知・公告に記載された基準日等を確認し、自分が対象株主として扱われているかを早めに確かめることが重要です。名義書換の未了や名義の不一致など、形式面の問題があると、反対の意思表示をしたつもりでも手続が進まないおそれがあります。
事前の反対通知
反対株主の株式買取請求権では、株主総会(又は種類株主総会)の決議がある類型について、原則として、総会に先立ち会社に対して議案に反対する旨を通知する必要があります。
ただし、株主総会で議決権を行使できない株主や、株主総会決議を要しない手続が採られる場合には、事前の通知が不要とされる類型があります(会社法116条2項)。
事前通知が必要な場面では、口頭や電話だけで済ませると、後から通知の有無や到達が争点になりやすいです。書面で行い、配達記録等の到達確認ができる方法を選び、提出日、宛先、内容を後で説明できる形で保存する必要があります。
株主総会での反対
事前通知を要する類型では、株主総会で反対の議決権行使を行い、反対の事実が議事録等に残る形にする必要があります。
反対の方法は、出席して反対票を投じる方法、書面又は電磁的方法で議決権を行使して反対とする方法など、会社が採用している手続によって変わります。議決権を行使できない株主が含まれる場面では、反対票を投じることができないため、対象株主の範囲と要件を条文に沿って整理する必要があります(会社法116条2項)。
少数株主の場合、招集通知の読み落としや、当日の進行に任せた結果、反対の意思が記録に残らないことがあります。代理人を立てる場合や、議決権行使書面を使う場合も含め、反対が「形式として残る」形になっているかを意識して対応する必要があります。
株式買取請求の期限
株式買取請求権は、期限が極めて重要です。反対通知や株主総会での反対とは別に、会社に対して「株式を買い取るよう請求する」意思表示を、定められた期間内に行う必要があります。
株式買取請求(会社法116条1項)の期間は、原則として効力発生日の20日前の日から効力発生日の前日までです(会社法116条5項)。一方、新設合併、新設分割、株式移転などの新設型組織再編では、株主への通知又は公告をした日から20日以内とされます(会社法806条5項)。
したがって、招集通知や通知・公告に記載された効力発生日と請求期間を突き合わせて確認し、期限起算の前提を誤らないようにする必要があります。
期限を落としやすいパターン
期限を落としやすい典型例は、次のような状況です。
- 反対通知を出したことで安心し、株式買取請求の提出が遅れる
- 株主総会が終わってから動こうとして、請求期限が迫っている
- 会社が返事をしないため、手続が止まっていると誤解して時間が過ぎる
- 「提示額が低いから交渉してから請求しよう」と考え、請求自体が後回しになる
会社の低い提示額や連絡の停滞は、株式価格交渉の問題である一方、期限管理の面では別問題です。請求の要件を満たした状態を先に確保できているかが、その後の交渉や手続の前提になります。
株式買取請求権の手続きの流れ
株式買取請求権は「反対の意思表示」と「買取請求」、さらに「価格の協議」という流れで進みます。少数株主のトラブルで多いのは、会社の案内が不十分だったり、連絡が途切れたりして、どの段階にいるのかが曖昧になることです。ここでは、全体の順番を崩さずに進めるための基本形を整理します。
1.会社の通知・公告の確認
はじめに、会社から届く通知書類や公告内容を確認します。対象となる会社行為(組織再編、事業譲渡等、定款変更、株式併合など)が何か、株主総会の開催有無、反対の意思表示に関する案内、買取請求の方法や期限など、後の行動を決める情報が含まれます。
少数株主の場合、会社からの連絡が遅れたり、説明が簡略だったりして、必要な情報が揃わないことがあります。とはいえ、情報が十分でないからといって手続が止まるわけではないため、まずは手元資料から「何が決議される予定か」「いつまでに何が必要か」を抜き出すことが重要です。
2.反対通知の提出
対象となる類型では、株主総会に先立って反対通知の提出が求められます。ここで大切なのは、反対の意思を、会社に対して所定の方法で伝え、後から到達を説明できる形にすることです。会社担当者への口頭連絡だけに頼ると、反対通知を出したかどうか自体が不明確になりやすいので注意が必要です。
会社の対応が遅い場合ほど、「提出したのに反応がない」という状態になりがちです。提出日・提出方法・宛先・内容が分かる形で記録を残し、送付や到達の根拠を保持することが重要です。
3.株主総会での反対
次に、株主総会で反対の意思表示を行います。反対の方法は、出席して反対票を投じる、書面・電子による議決権行使で反対とするなど、会社が採用する手続によって異なります。少数株主側としては、「反対した事実が形式として残るか」を意識して対応することが重要です。
出席できない場合に代理人を立てる、議決権行使書面を使う、オンライン開催で手続が分かりにくいなど、反対の意思表示が記録に残りにくい場面もあります。招集通知に記載された手順に沿って、反対が明確に反映される方法を選ぶ必要があります。
4.株式の買取請求の提出
反対通知や株主総会での反対とは別に、会社に対して株式の買取請求を提出します。ここが手続の中核で、期限を外すと買取請求そのものが認められないおそれがあります。少数株主が「会社が返事をしない」「提示額が低いから交渉してから」と考えているうちに、請求期限が過ぎてしまうのは典型的な失敗パターンです。
株式の買取請求の提出は、会社側の反応とは切り分けて、期限内に行う必要があります。提出の形式、必要書類、株券の扱いなどは会社や株式の状況で変わり得るため、案内が不十分な場合は、どの方法で提出すべきかを早めに確認することが重要です。
5.株式の買取価格の協議
株式の買取請求が成立すると、次は株式買取価格について会社と協議します。会社側が提示してくる金額が十分な根拠を伴わない、または極端に低い、連絡が途切れるといったトラブルはこの段階で起きやすくなります。
協議では「何を前提に価格を出しているのか」を確認し、前提が妥当かを見極める必要があります。少数株主としては、提示額の妥当性を判断できる材料がないまま合意してしまうと、後から修正が難しくなることがあるため、合意のタイミングには注意が必要です。
協議前に揃えたい情報
協議を始める前に、最低限、次の情報が揃っていると話が進めやすくなります。
- 会社側が提示している金額と、その算定根拠(前提・資料・算定方法)
- 会社行為の内容とスケジュール(決議内容、効力発生日、関連資料)
- 自分が行った手続の記録(反対通知、議決権行使、買取請求の提出記録)
- 会社とのやり取りの履歴(メール、書面、回答の有無)
会社が資料を出さない、説明が曖昧という場合でも、こちら側で記録を整理しておくと、次の対応(追加説明の要求、交渉の組み立て、必要に応じた手続)に移りやすくなります。
株式の買取価格の決まり方と公正な価格
株式買取請求権で最も揉めやすいのが買取価格です。会社と株主の話し合いで決まるのが原則ですが、提示額が低いと感じる場面では「何を根拠に、どんな前提で算定しているか」を確認し、必要に応じて追加説明や資料の提示を求めることが重要になります。合意に至らない場合に備えて、裁判所の手続が用意されている点もあわせて押さえます。
会社との協議で決める
株式の買取価格は、まず会社と株主の協議で決めるのが基本です。会社側が金額を提示し、株主側が同意すれば、その金額で買取りが成立します。少数株主の立場では、会社が提示する算定根拠が十分に示されないまま「この金額でどうか」と進められることもあるため、合意の前に前提を揃える必要があります。
協議では、金額そのものだけでなく、算定の出発点が何かを確認します。たとえば、直近の純資産を基準にしているのか、将来の収益性を織り込んでいるのか、特定の取引や再編の影響をどう扱っているのかなどで、結論が大きく変わり得ます。
会社提示が低いと感じたときの確認ポイント
会社提示が低いと感じる場合、単に「安すぎる」と主張するだけでは話が進みにくくなります。次の観点で確認すると、論点が整理しやすくなります。
- 算定方法:どの評価手法を使ったのか、複数の手法を比較したのか
- 前提条件:直近期の数値だけで判断していないか、将来計画をどう扱ったか
- 使用資料:財務諸表、事業計画、資産評価の根拠、関連取引の条件などが示されているか
- 特殊要因の扱い:再編や取引に伴う価値変動をどう織り込んだか
- 説明の一貫性:提示額の説明が途中で変わっていないか、根拠が後付けになっていないか
会社が「算定の考え方」を開示しない、または説明が抽象的なままの場合、協議が成立しにくくなります。少数株主側としては、やり取りの記録を残しつつ、追加説明や資料提示を求める形で論点を具体化させることが重要です。
非上場株式で争点になりやすいポイント
非上場株式は市場価格がないため、株式の買取価格の説明が「会社側の算定に依存しやすい」傾向があります。少数株主が納得できないと感じる場面では、算定の基礎となる情報が限定的で、説明の透明性が不足していることが原因になっているケースもあります。
算定の考え方の全体像
非上場株式の評価は、会社の資産・負債の状況、収益力、将来の見通し、取引の条件など、複数の要素を踏まえて説明されるのが一般的です。ただし、どの要素をどれだけ重視するかは事案ごとに変わります。
少数株主としては、提示額をそのまま受け入れる前に「どの要素が評価に入っていて、どの要素が外れているか」を確認することが重要です。たとえば、会社が将来の収益性や成長性をほとんど織り込んでいない、特定の資産評価が低く見積もられているといった点は、見直しの余地になり得ます。
ディスカウントの考え方
非上場株式の評価で問題になりやすいディスカウントには、主に2つあります。
一つは、非上場株式には市場性がなく換金に時間やコストがかかることを理由とする非流動性ディスカウント(市場性ディスカウント)です。もう一つは、支配権がない少数持分であることを理由とするマイノリティ・ディスカウント(少数株主割引)です。
どのディスカウントが許されるかは、手続の趣旨と評価方法によって結論が変わります。
吸収合併に反対した株主の株式買取価格決定では、収益還元法で算定した価格に対して非流動性ディスカウントを行うことを否定した最高裁決定があります(最高裁平成27年3月26日第一小法廷決定)。
一方、譲渡制限株式の譲渡承認がされない場合の売買価格決定(会社法144条2項)では、DCF法によって算定された評価額を基礎に非流動性ディスカウントが許され得るとした最高裁決定があり、二重の減価に当たらないかが検討対象になります(最高裁令和5年5月24日第三小法廷決定)。
会社がディスカウントを主張する場合は、どのディスカウントを、どの根拠と割合で適用するのかを区別して説明する必要があります。少数株主側としては、採用された株式の評価方法の中で市場性の欠如が既に考慮されていないか、支配構造や配当政策、譲渡制限の内容などと整合するかを、提示資料に基づいて確認する必要があります。
裁判所による価格決定
会社と株主の協議で株式買取の価格がまとまらない場合、裁判所に対する価格決定の申立てにより、公正な株式の価格を確定させる仕組みが用意されています。協議の成否にかかわらず、申立期間が定められているため、価格交渉と期限管理を切り分けて進める必要があります。
会社法116条型の株式買取請求では、効力発生日から30日以内に協議が調わないときは、その期間満了後30日以内に価格決定の申立てができます(会社法117条2項)。協議が調った場合の支払期限は効力発生日から60日以内で、裁判所が価格を定めた場合は利息の取扱いも問題になります。
株式の価格決定で重視されやすい資料
株式価格の判断では、会社側の算定資料だけでなく、前提となる事実関係を裏付ける資料が重要になります。たとえば、会社が示す算定根拠の資料、財務資料、事業計画や将来見通しに関する説明資料、取引条件や再編条件を示す資料、当事者間のやり取りの記録などが論点整理に役立ちます。
少数株主側としても、どこが争点で、何を示せばよいかを整理したうえで、資料の不足を補う動きが必要になることがあります。資料が出てこない場合には、出てこない事実自体が後の説明の前提になることもあるため、開示依頼の経緯を記録として残すことが重要です。
株式価格決定の申立の期限と相談の目安
株式価格決定の申立ては、効力発生日から起算して期限が定められている類型が多く、例えば会社法116条型では、効力発生日から30日以内に協議が調わない場合に、その満了後30日以内に申立てを行います(会社法117条2項)。会社の返答が遅い、資料が出ないという状況でも期限は進むため、協議の停滞と期限管理は切り分けて整理する必要があります。
次のような状態に入った時点で、少なくとも期限と手続の整理を優先するのが安全です。
- 会社の提示額の根拠が示されず、説明も曖昧なまま
- 追加の説明や資料提示を求めても回答が途切れる
- 協議が平行線で、合意の見通しが立たない
- 手続のどの段階にいるか自体が不明確になっている
早い段階で整理しておくことで、期限を落とすリスクを下げつつ、交渉の組み立てや次の選択肢を確保しやすくなります。
よくあるトラブルと対処法
少数株主が株式買取請求権を使って非上場株式の現金化を進める際に起こりやすいのは、会社による低い提示額と、回答の遅延や連絡停止による引き延ばしです。感情面の対立に引きずられると、期限管理や証拠の確保が後回しになりやすいため、論点を切り分けて対応方針を整えます。
会社が低い株式の買取価格を提示する場合
会社が示す株式金額が低いと感じる場面では、まず「金額」ではなく「根拠」を確認することが重要です。根拠が曖昧なまま合意してしまうと、その後に増額を求めることが難しくなるおそれがあります。
確認したいポイントは、株式の買取価格の算定方法、前提条件、使用した資料、特殊要因の扱いです。たとえば、直近期の数値だけで結論を出していないか、将来の収益性や事業計画をどう扱ったか、資産評価の見積りが不自然に低くないか、再編や取引による価値変動をどのように整理したかといった点が争点になり得ます。
合意を急がない方がよいケース
次のような状況では、合意の前に立ち止まって整理する必要があります。
- 算定根拠の説明が抽象的で、前提や資料が示されない
- 質問をしても回答がぶれる、説明が後から変わる
- 「この金額でないと進めない」など、結論だけを急がされる
- 期限が迫っていることを理由に、十分な説明がないまま同意を求められる
株式価格の協議と、権利行使のための期限管理は別問題です。合意の可否に関わらず、期限や手続の前提を確保できているかは先に確認しておく必要があります。
反論材料の準備
会社の提示額に納得できない場合でも、反論は「高いはずだ」という感覚ではなく、論点と資料に基づいて組み立てることが重要です。
- 会社が示す算定資料の入手状況と、不足している資料の特定
- 会社の前提条件の妥当性に関する指摘点の整理
- 財務資料や事業計画の説明内容と、提示額との整合性の確認
- 会社とのやり取りの記録化(いつ、何を求め、どう回答されたか)
少数株主側で入手できる情報には限界があるため、資料が出てこない場合は「出てこない経緯」も含めて残し、説明を求めた事実関係を整理しておくことが重要です。
会社が引き延ばす場合
会社の引き延ばしは、「株式の買取価格が決まらない」問題に見えて、実際には「手続の前提が整わない」「期限が進む」という別のリスクを伴います。特に、返答がないまま時間が過ぎると、少数株主側が動けなくなると誤解し、必要な対応が遅れやすくなります。
引き延ばしが疑われる場面では、こちら側の行為(反対通知、買取請求、資料提出依頼など)が適切に到達しているかを確認し、到達を説明できる形に整えることが基本になります。
記録の残し方
引き延ばしへの対応では、やり取りの記録が重要です。後から「言った、言わない」にならないよう、日時と内容が追える形で残します。
- 依頼内容を文章で残す(質問事項、求める資料、回答期限の希望)
- 送付記録や到達が確認できる手段を選ぶ
- 口頭で話した場合も、直後に要点をメール等で確認し、履歴を残す
会社の回答が遅いほど、記録の積み上げが次の対応の前提になります。
次の打ち手
会社の対応が止まった場合でも、期限は進行し得ます。現状が「協議の停滞」なのか、「要件や期限に影響する段階」なのかを切り分け、必要に応じて次の手段を検討します。
- 期限管理の再確認と、必要な手続の先行実施
- 追加説明や資料提示を求める手続の整理
- 合意が見込めない場合に備えた、裁判所の価格決定に向けた準備(流れと注意点の範囲)
低い提示額と引き延ばしは同時に起きることが多く、放置すると不利になりやすい類型です。どの段階で何を確保すべきかが不明確な場合は、早い時点で整理しておくことが安全です。
弁護士に相談すべきタイミング
株式買取請求権は、手続の順番と期限を外すと取り返しがつかない一方、買取価格の協議では会社側の説明が十分でないまま進むこともあります。
少数株主が「低い株式買取価格の提示額」「連絡が止まる」といった状況に直面したとき、どの段階で専門家の関与を検討すべきかを整理します。
結論としては、価格の不満が表面化してからでは遅い場面があり、期限と証拠の確保が絡む時点で相談の優先度が上がります。
期限が近い・手続きが不安な場合
最も注意すべきは、期限が迫っているのに手続が不確かな状態です。反対の意思表示や株式買取請求は、会社側の反応が鈍くても期限だけは進む可能性があります。「会社が返事をしないから進められない」「資料が出ないから判断できない」と考えているうちに期限を過ぎると、株式買取請求権の行使自体が難しくなり得ます。
また、少数株主側で起こりがちなのが、反対通知や株主総会での対応をしたことで安心し、株式買取請求の提出や到達確認が後回しになるケースです。どの書面を、いつまでに、どの方法で出すべきかが曖昧な時点で、まず期限と手続の整理を優先する必要があります。
特に非上場株式の場合、会社との関係性を気にして連絡を控えたり、口頭で済ませたりすると、後から説明が難しくなるため注意が必要です。
提示額が低い・交渉が平行線の場合
会社が示す買取価格が極端に低い、または根拠が曖昧なまま譲らない場合、早めに論点を整える価値があります。
少数株主としては「高くしてほしい」という希望だけでなく、「どの前提が不合理か」「どの資料が不足しているか」を示す必要があり、交渉が長引くほど主張と資料の整理が重要になります。
提示額に納得できない場面でありがちなのは、納得できないまま合意を急かされる、質問をしても回答が抽象的で話が前に進まない、説明が途中で変わるといった状況です。
合意すると後から修正が難しくなるおそれがあるため、合意の前に、根拠の提示を求める手順や、やり取りの記録化、次の選択肢を見据えた準備を検討すべき局面です。
会社の対応が止まった場合
会社の引き延ばしは、株式買取価格の問題と同時に、手続の前提が崩れるリスクを伴います。返答がない、資料が出ない、担当者が変わって話が戻るなど、協議の形が整わないまま時間だけが過ぎると、少数株主側が「待つしかない」と誤解して対応が遅れやすくなります。
この局面では、こちらから出した通知や請求が到達しているか、求めた資料や質問事項が文章で残っているかが重要になります。会社が沈黙している場合でも、期限や必要な手続は別に進行し得るため、現状を「協議が止まっている」だけで済ませず、期限の再確認と、取れる手段の整理を優先するべきです。対応が止まるほど、後から説明する材料は「記録」に依存します。
よくある質問
少数株主の方から特に多い疑問を、会社からの低い提示額や連絡停止といったトラブルも念頭に置いて整理します。
株式買取請求権が行使できないのはどんなときですか?
よくあるのは、制度の対象外である場合と、手続の不備がある場合です。
- 対象外の例:そもそも株式買取請求権の対象となる会社行為に当たらない、または別の制度で整理すべき状況だった。
- 手続不備の例:反対の意思表示の方法を外した、買取請求の提出が期限後になった、反対の事実が形式として残っていない。
少数株主の方は、会社の案内が簡略で「何を、いつまでに」が見えにくいことがあります。連絡が遅い、説明が曖昧という状況でも、期限が自動的に延びるとは限らないため、手続の要件だけは先に押さえる必要があります。
非上場株でも公正な株式買取価格になりますか?
非上場株式は市場価格がないため、価格の説明は会社側の算定に寄りやすく、少数株主が不安を感じやすい領域です。それでも、公正な価格という枠組みの中で、前提や根拠が整理されることが期待されます。
ポイントは「金額の高低」だけではなく、次が説明されているかです。
- どの算定方法を採用したのか
- どんな前提条件で計算しているのか
- どの資料に基づいているのか
- 少数株主であることや換金しにくさを理由に調整するなら、その根拠は何か
会社の説明が一般論に終始する、資料が出てこない、説明が二転三転する場合は、協議で合意に至りにくくなります。納得できない状態で合意を急がず、まず根拠を具体化させることが重要です。
少数株主の株式でお困りならご相談ください
株式買取請求権は、期限や書面の扱いを外すと主張の土台が崩れやすく、買取価格の協議では根拠が十分に示されないまま進むことがあります。
少数株主が「低い提示額」「連絡が止まる」といった状況に置かれた場合、早い段階で状況を整理し、手続と交渉の方針を組み立てることが重要です。弁護士法人M&A総合法律事務所では、少数株主・非上場株式に関するご相談を多く取り扱っており、状況に応じて適切な進め方を提案できます。
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本記事で紹介している内容は、執筆時点の法令や通達等を前提とした一般的な情報提供であり、個別の事件についての法的助言や税務アドバイスではありません。
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