少数株主の会計帳簿閲覧請求権
会計帳簿といえば、社外秘の重要資料で経営者しか目にすることができないイメージがありますが、実は、株主も一定の条件を満たせば閲覧を請求することが可能です。
この記事では、株主が会計帳簿の閲覧を請求できる権利である「会計帳簿閲覧請求権」について、概要と権利を行使できる株主の要件、開示対象となる「会計帳簿」とは、請求理由を明示する必要性について、会社側が拒否できるケースなどについて解説していきます。
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会計帳簿閲覧請求権とは?その概要
会計帳簿といった経理関係の資料は、会社の経営状況をつぶさに伝えるものであるため、経営者にとっては外部に決して見られたくないものです。一方、会社や取締役が不正を働いているのではないかと疑っている株主にとっては、閲覧できれば大きな武器となります。
会計帳簿閲覧請求権とは、会社法433条により株主の権利として保証されている権利です。一定の条件を満たせば、会社に対して「会計帳簿又はこれに関する資料」の閲覧・謄写(コピー)を請求できます。
以下、どのような条件を満たした株主が請求できるのか、「会計帳簿又はこれに関する資料」とはどのような範囲の帳簿かなどについて解説していきます。
会計帳簿閲覧請求権において行使できる株主の条件
会計帳簿閲覧請求権について、権利を行使できる株主の条件は次の通りです。
・総株主の議決権において ないし 発行済株式において 100分の3以上を保有する株主 |
つまりは3%以上の株式をもっている株主が対象となります。
この条件は単独で満たす必要はなく、請求を行う複数人において保有する株式が3%を超えるケースでも適用されます。
100分の3と制限が設けられているのは、株主によって請求権が濫用されないためであり、過去には10分の1以上の株式保有が必要だった時期もありました。
申請以降に株主の持株比率が低下したケースではどうなるか
では、閲覧請求を申請した後で、申請人の持株比率が何らかの理由で100分の3を下回り適格要件を満たさなくなったケースでは、どのように判断されるのでしょうか。
株式譲渡によって持株比率が低下したケース
基本的には、請求の申請時も実際の閲覧時のどちらにおいても、持株比率100分の3という適格要件を満たすことが必要です。そのため、株主が意図して行った株式譲渡などの行為によって持株比率が低下したケースでは請求権を失います。
新株発行によって持株比率が低下したケース
一方、新株発行といった、株主が意図しない理由で持株比率が低下したケースでは、2種類の判決が存在します。
従来の通説では、請求の申請時に要件を満たしていれば、それ以後の新株発行による持株比率の低下については株主に帰責事由がないため、請求権は失われないとみなされていました(高浜地裁判決・昭和60年5月31日)。
しかし、平成18年9月28日の最高裁判決では、検査役選任の申請時には持株比率が100分の3以上だったが、その後の新株発行により100分の3を下回った株主に対して、会社側が妨害目的で新株発行を行った場合などを除けば、申請人の要件を満たさないとし、申請を却下しています。これは検査役選任の判決ですが、会計帳簿の閲覧請求にも類推適用されます。
そのため、会計帳簿の閲覧請求を行う際には、申請時以降も持株比率の適格要件を保持するように注意しましょう。
また、計算書類や株主名簿などの閲覧請求権と違って、会計帳簿の閲覧請求権については、債権者には行使する権利がありません。会社の経営を監督する権利がある株主とは異なり、債権者はあくまで債権の回収が目的であり、会社の経理状況まで把握する必要がないためです。
会計帳簿閲覧請求権で開示の対象となるのはどのような帳簿か
会計帳簿閲覧請求権のメインともいうべき、この請求権によって閲覧できる「会社帳簿又はこれに関する資料」とは、どのような帳簿を指すのでしょうか。
「会計帳簿」とは
まず、「会計帳簿」または「これに関する資料」のうち、「会計帳簿」について説明します。
会社法や商法では、株式会社や商人に対して会計帳簿を作成し、帳簿の閉鎖の時(帳簿に記載されている事項に関する会計期間の満了時)から10年間は、帳簿と関連資料を保存することを義務づけてます(会社法432条・商法19条)。
しかし、会社法や商法では会計帳簿の種類や様式までは定めていません。そのため、企業会計で使われている複式簿記に従って、会計帳簿は「主要簿」と「補助簿」の2種類に分けられます。
主要簿とは
会計帳簿のうち、主要簿とは日々の取引を記帳する帳簿で、主に次の2種類から構成されています。
・仕訳帳:日々の取引を発生順に、借方/貸方に仕分けして記帳
・総勘定元帳簿:仕訳帳を転記し、勘定科目ごとに全取引を記帳
補助簿とは
「補助」とは、ある勘定科目を細かく分類して管理したいときに使う項目です。たとえば、売上という勘定科目を取引先別に管理したいケースでは、取引先が補助となります。売上−A社、売上−B社、売上−C社などのように使われます。
補助簿とは、主要簿だけでは網羅できない詳細な記録を記帳する「補助記入帳」と、特定の勘定科目や取引先などについて記帳する「補助元帳」の2種類に分けられます。
補助記入帳とは
補助記入帳には、主に次のような種類があります。
・現金出納帳:現金の出入りを記帳
・小口現金出納帳:小口現金(日々の小さな出費)の金額を記帳
・当座預金出納帳:当座預金に入出金を記帳
・受取/支払手形記入帳:受取/支払手形の取引を記帳
・売上帳:売上があった製品の取引を記帳
・仕入帳:仕入れた製品の詳細を記帳 など
補助元帳とは
補助元帳には、主に次のような種類があります。
・売掛金元帳:取引先別に売掛金残高について記帳
・買掛金元帳:取引先別に買掛金残高について記帳
・商品有高帳:商品の仕入れ時と販売時に記帳
「これに関する資料」とは
次に、「これに関する資料」の部分について説明します。
会計帳簿に関する資料とは、伝票や領収書、契約書、受取書や信書など、会計帳簿を作成するうえで必要な資料となりますが、具体的な種類は定義されていません。
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実際の裁判例による、開示対象の範囲例
実際の裁判において、会計帳簿閲覧請求による開示対象になるかどうかを争われた事例を紹介します。
税務申告書・月次試算表
税務申告書や月次試算表については、開示対象にあたらないという判決が出ています(東京地裁判決・平成30年10月22日)
この判決では、「会計帳簿」とは総勘定元帳・仕訳帳・日記帳(日々の取引を仕訳なしに記帳した帳簿)ないし補助元帳などを意味し、「これに関する資料」とは先述の会計帳簿を補充する書類を意味していると解釈しています。
そのうえで、企業秘密を保護する必要性や業務検査役制度(会社の財産などを調査する制度)の存在を踏まえて考えると、会社の経理に関する一切の帳簿資料を「会計帳簿又はこれに関する資料」とみなすのは困難だという判断です。
法人税の確定申告書
法人税の確定申告書(原本と控え)については、開示対象にあたらないとの地裁判決がいくつか示されています(東京地裁決定・平成元年6月22日/横浜地裁判決・平成3年4月19日など)。
しかし、これらは地方裁判所レベルの見解であり、高等裁判所や最高裁判所が正式に示した見解はありません。一方、学者の中では法人税の確定申告書は開示対象とすべきという見解もあり、識者のなかでも意見が分かれています。
その他、開示対象にあたるもの/あたらないもの
そのほかの帳簿が、会計帳簿閲覧請求の開示対象となるかどうかについては、次のような判決があります(横浜地裁判決・平成3年4月19日)。
開示対象にあたるもの
・総勘定元帳
・現金出納帳
・手形小切手元帳
・(仕訳帳にて代用しない)会計用伝票
・売掛金に係る売上明細の補助簿
開示対象にあたらないもの
・決算報告書(会計帳簿ではなく、計算書類に含まれる)
・法人税の確定申告書・明細表・その作成資料
・普通預金通帳
・契約書の綴り
・当座預金照会表
・手形帳と小切手帳の元帳と控え
・請求書・納品書・領収書の各控え
・経費や固定資産税に係る領収書・請求書すべて
上記の書類が開示対象にあたらないと判断されたのは、該当企業の会計処理において、会計帳簿の作成に必要な資料は主には伝票であり、それ以外は伝票作成の資料に過ぎなかったという実情があったためです。
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実際の請求では、どのような帳簿を閲覧対象として請求すべきか
実際に閲覧請求を行うにあたって、一般的に会計帳簿とみなされる帳簿だけでは正確性などに不安があるため、できたら法人税の確定申告書などといったその他の書類も閲覧請求を行いたいと思う方もいらっしゃるでしょう。
しかし、法人税の確定申告書など、識者のなかでも見解が分かれる帳簿を含めてしまうと、会社側と争いになった場合、本来なら問題なく閲覧できる帳簿の開示も併せて拒絶される可能性もあります。
そのため、まずは会計帳簿であるかの定義に争いがない帳簿(総勘定元帳など)の開示を請求し、開示された帳簿の内容を吟味したうえで、必要があれば別途ほかの帳簿の開示請求を行うといったように、段階を追って請求を行うのがよいでしょう。
会計帳簿閲覧請求権では請求理由を明示する必要がある
実際に閲覧請求を行う際に、実は会社法では書面による請求は求められていないため、法律上は口頭による請求でも問題はありません。
ですが、会計帳簿の閲覧請求を行う際には、閲覧を請求する理由(閲覧の目的)を明示する必要があるため、実務上は書面で請求を行うほうが適切です。
請求理由の明示が必要な理由
会計帳簿閲覧請求権において、申請する株主側が閲覧の目的を明示しなければならない理由は大きく2つあります。
1つ目は、請求を受ける会社側が、閲覧の目的とそのために閲覧が必要な帳簿の範囲を把握して、そこに拒絶事由が存在するかどうかを判断するためです。
2つ目は、理由のない単なる調査目的での閲覧が広く認められてしまうと、企業秘密漏洩などの危険性が会社側に生じるため、具体的な理由をもつ株主に閲覧を限定したほうがよいためです。
会計帳簿閲覧請求の一般的な請求理由
株主が会計帳簿の閲覧請求を行う一般的な請求理由としては、主に次が考えられます。
・取締役に対して、違法行為の差止め請求や損害賠償請求、解任請求などといった、権利を行使するための資料集めとしての閲覧
・株式の妥当な買取価格を決定するための調査としての閲覧
請求理由を具体的に記載する方法
具体的には、請求理由を「会社が保有する財産の運用が適正に行われているかの確認」など抽象的に記載するだけでは不十分です。
たとえば、「○○取締役が不正な会計処理に携わっているかの確認」などにすれば、閲覧する帳簿の範囲を、該当の取締役が就任期間内に従事していた業務に関する帳簿と特定することができます。
または、「○年○期の決算にて、計上された項目□□の価格が妥当でないことから、内容や発生理由に関する調査を行うため」など、閲覧する帳簿の範囲を特定できるように具体的に示すことが求められます。
実際の判例では、関連会社への巨額の無担保融資や、巨額の美術品取得など、会社側が行った不当・違法行為を挙げ、そうした行為に対する監視や具体的な調査を理由とする閲覧請求に対しては、具体性に欠けることはないと判断されています。
一方、株主側は会社内部の帳簿状況まで把握できないため、帳簿については請求理由から範囲を特定できればよいとされていますが、総勘定元帳や現金出納帳など、どの会社にもある明らかな会計帳簿はあらかじめ特定しておくとよいでしょう。会社は閲覧の請求を受けて、請求理由に不要と思われる帳簿を立証して、範囲から外していくのが通常です。
帳簿の閲覧以外にも、謄写(コピー)を行うことができますが、申請する株主側が自分でコピーをする必要があり、費用も株主の負担となります。補助者の利用はできますので、コピー業者などにコピーを依頼することも可能です。
会計帳簿閲覧請求を会社側が拒否できるケース
株主が会計帳簿の閲覧請求を行った場合、会社側は拒否できる正当な理由がない限りは、請求に応じる必要があります。
会社側が閲覧請求を拒否できるのは次のケースです(会社法433条)。
・株主が、権利行使や調査以外の目的で、閲覧を請求しているとき
・株主が、会社の業務妨害や利益侵害などの目的で請求しているとき
・株主が、会社と競業関係にあたる事業の運営・従事を行っているとき
・株主が、閲覧で知った事実を第三者に通報して利益を得るために請求しているとき
・株主が、過去2年以内に、閲覧で知った事実を第三者に通報して利益を得ているとき
上記のケースにおいて会社は閲覧を拒否できますが、拒絶事由の立証責任は会社側にあります。
会社に請求を不当に拒否された場合には、株主側は訴訟提起か、急ぐ場合は仮処分の手続きを取ることが可能です。会社が会計帳簿を改ざんする可能性がある場合には、裁判所に証拠保全の手続きを求めることもできます。
まとめ
会計帳簿閲覧請求権は、100分の3以上の株式をもつ株主が行使できる権利であり、「会計帳簿又はこれに関する資料」の閲覧・謄写を請求できます。
「会計帳簿又はこれに関する資料」には具体的にどの資料が含まれるのかは、総勘定元帳や仕訳帳など、判例などで明白な判断が下されたものと、法人税の確定申告書など、識者のなかでも判断が分かれるものがあるため、実際の請求では専門家に相談するのがよいでしょう。
会計帳簿の閲覧請求においては、申請する株主側は請求理由を明示する必要があります。また、株主側が権利行使や調査以外の目的で請求を行っているなど、正当な理由があれば、会社側は株主の請求を拒否することが可能です。
つまり、株主側が請求理由を抽象的に記載した場合、請求を却下される可能性もあるため、実際の請求にあたっては、弁護士など専門家の意見を踏まえて、具体的な請求理由を練り上げることが必要といえます。
株主側・会社側の双方にとって、会計帳簿の閲覧請求における請求理由は重要な要素となります。請求をしたいとき、または請求を受けたとき、いずれの場合にも単独で対応するよりも専門家に相談することで成功の確率を確実に上げていきましょう。
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