株式譲渡とは?メリットやデメリット、譲渡制限がある場合の対応もわかりやすく解説
企業のM&Aには、合併、事業譲渡、株式交換、会社分割など、さまざまな手法がありますが、株式譲渡は、中小企業がM&Aを行う際に、最も多く用いられている手法として知られています。
今回は、中小企業のM&Aで最も利用されている株式譲渡とは何か、株式譲渡という手法は、他のM&Aと比較してどのようなメリットやデメリットがあるのか、さらに、実際に、株式譲渡でM&Aを行う際の手続きや注意点などについてわかりやすく解説します。
株式譲渡とは
株式譲渡とは、売り手企業の株式の一部または全部を、買い手企業に売却、譲渡することによって、売り手企業の経営権を買い手企業に移転させるというM&Aの手法のことを言います。
一般的に株式会社の経営権は、議決権の所有割合で決まります。よって、売り手企業の株主が、その議決権を有する株式自体を買い手企業に売り渡すと、売り手企業の経営権が買い手企業に実質的に移転します。
日本の中小企業が行っているM&Aの約90%が株式譲渡であるとも言われており、株式譲渡は、中小企業が行うM&Aとしては、最もスタンダードな手法であると言えます。
なお、上場企業の場合は、株式が公開されていて、広く株式市場に出回っているので、買い手側が多数の株式を取得して経営権を掌握することを目指す場合でも、売り手企業の株主から直接株式を買い取る株式譲渡ではなく、市場買付や公開買付(TOB)などが使われるのが通常です。
今回は、株式譲渡の中でも、中小企業のケースでよく見られる、売り手企業の株主と買い手企業の間で売り手企業の株主が持つ譲渡制限株式の売買が行われる場合を前提に、解説を進めていきます。
株式譲渡の方法
前述のとおり、株式譲渡は、売り手企業の株主が所有する会社の株式を、買い手企業が買い取って取得するという方法で行われます。
株式譲渡によるM&Aが行われることが多い中小企業では、経営者が100%株主、あるいは100%ではなくても、経営者が会社の株式の大部分を持っていて、経営者の親族が、その他の少数株主であるというような株主構成が数多く見られます。
買い手企業としては、買収後の企業経営が自社の方針に従ってスムーズに進むように、売り手企業の経営権を完全に掌握したいと考えるのが通常です。
よって、株式譲渡で中小企業を買収する場合には、買い手企業は、売り手企業の経営者が持っている株式の全部、少数株主がいる場合でも、その少数株式をまとめて買い取って、できるだけ売り手企業の100%の株式を取得するという形で株式譲渡が行われることを目指すことがほとんどです。
このような形で株式譲渡が行われると、主な手続きとしては、売り手企業の株主と買い手企業の間での、株式の売買という行為だけで、売り手企業から買い手企業へ実質的な会社の経営権の移転を行うことができます。
株式譲渡と他のM&Aの手法との違い
株式譲渡の他にもM&Aの手法にはさまざまなものがあります。株式譲渡とそれ以外の手法との比較をすることで、さまざまなM&Aの手法の中で株式譲渡という手法の特徴がより分かりやすくなります。ここからは、株式譲渡と他の手法との違いを見て、株式譲渡の特徴を理解していきます。
事業譲渡との違い
数あるM&Aの手法の中で、株式譲渡と比較されることが多いのが事業譲渡です。
株式譲渡は前述のとおり、売り手企業の株式を、売り手企業の株主から買い手企業に移転することにより、売り手企業の会社全体の経営権を買い手企業に移転させる手法のことです。
一方、事業譲渡は、売り手企業の事業の一部または全部を切り出して、買い手企業に移転させる手法のことを言います。
株式譲渡の場合には、売り手から買い手へ株式が移転するのと比較して、事業譲渡の場合は、移転させようとする事業に関連する有形資産や従業員、取引先やノウハウなどの無形資産などを売り手から買い手に移転させるという方法でM&Aを行います。
つまり、株式譲渡の場合は、会社全体の経営権が、包括的に買い手企業に移転するのと比較して、事業譲渡の場合は、買い手企業が取得したい売り手企業の特定の事業の部分だけを切り出して獲得することが可能です。
このようなことからすると、買い手企業が欲しい事業の部分だけを買い取ることができるので、事業譲渡の方が理想的な手法のように見えますが、事業譲渡の実際の手続きでは、移転させる事業の切り分け作業や、移転させる事業に関係する資産を時価で算定し直すなど、手間が非常にかかることに加え、移転に伴う税負担も重くなる傾向があります。
さらに、事業譲渡を行うためには、売り手企業は株主総会の特別決議で承認を得る必要があり、売り手企業の従業員との労働契約、取引先との契約、許認可などもすべて買い手企業とやり直す必要があることも、M&Aを行う際に事業譲渡を選択することへの障害となります。
このため、中小企業のM&Aの現状では、売り手企業の株主から買い手企業に株式を売却、譲渡するだけで主な手続きが完了する、株式譲渡の方が圧倒的に利用されています。
会社分割との違い
会社分割は、会社の特定の事業の権利義務の一部または全部を、包括的に他の企業に引き継ぐ手法のことを言います。会社の一部を切り出して譲渡するという点では、事業譲渡に似ているとも言えます。
株式譲渡は買い手企業が売り手企業の株主の株式を買い取って、売り手企業を包括的に獲得するのに対して、会社分割は、株式のやり取りで売り手企業の事業を買い手企業が獲得する場合であっても、事業譲渡と同様、売り手企業の事業の一部または全部が買い手企業に移転するだけで、売り手企業はその後も存続するというところに大きな違いがあります。
また、株式譲渡は単なる株式の売買契約であるため、会社法上の組織再編行為には該当しません。一方、会社分割は株式で移転する事業の対価を支払うため、会社法上の組織再編行為に当たります。
このため、株式譲渡の場合は、買い手企業は売り手企業の従業員や許認可などを基本的にはそのまま継承することができますが、会社分割の場合には、会社法上の組織再編行為のルールに従って従業員との労働契約や許認可などを取り扱う必要があり、手間がかかることになります。また、税務上や債権者保護の点でも、違いがあります。
合併との違い
合併は、2社以上の会社を1つの会社に統合することを言います。合併される複数の会社は、そのうちの1つが存続し続け、その他の会社はその会社に統合されるか、新しく作られた会社にすべての会社が統合されて、それ以外の会社は消滅します。
一方、株式譲渡は、売り手企業の株主の株式を買い手企業が買い取って経営権を取得するというM&Aの手法です。このため、売り手企業の株主がこれまでの株主から、単に買い手企業に代わるだけで、会社自体はそれまでと同様、存続することになります。
このように関係するもともとの複数の会社が1社に統合されるのが合併で、売り手企業も買い手企業も会社としては別々に存続し続けるのが株式譲渡というところに大きな違いがあります。
株式交換との違い
株式譲渡は、売り手企業の株主の株式を、買い手企業が資金で買い取る方式です。一方、典型的な株式交換は、買い手企業の株式を売り手企業の株主に渡し、売り手企業の株式と交換することで、買い手企業を子会社化します。結果、買い手企業の株式を取得した売り手企業の株主が、買い手企業の株主になるというM&Aの方法です。
売り手企業の株式を買い手企業が交換による譲渡を受けることで、売り手企業の経営権を獲得するという意味では、株式譲渡も株式交換も似たような手法ということができます。
しかし、典型的な株式交換をすると、これまで株主ではなかった売り手企業の株主が、買い手企業の株主になるとともに、株主の構成比率にも影響が出るため、株主構成や比率に変化を望まない買い手企業は、株主交換の手法は選ばないことになります。
さらに、株式交換の手法を取るためには、売り手企業は株主総会で特別決議での承認が必要なため、ハードルが高く、さらに時間がかかるということも、株式交換を使ってのM&Aを選択することには障害となります。
株式譲渡のメリット
さまざまなM&Aの手法の中で株式譲渡を選択することには、メリットをいくつか挙げることができます。ここからは、株式譲渡でM&Aをすることのメリットを説明します。
手続きが比較的簡単である
他のM&Aスキームと比較して、株式譲渡でM&Aをすることの大きなメリットは、手続きが簡単であるということです。
売り手企業の自社株式を売却するかどうかの判断、買い手企業による売り手企業への会社全体としての見立てや将来性などの調査などが行われることを考慮しても、株式譲渡の実質的な手続きは、売り手企業の株主の株式を買い手企業に売却することで済んでしまうということは、他のM&Aの手法に比べて簡単であると言えます。
また、手続きが簡単であるということに伴って、株式譲渡を選択すると、スムーズに進めば、M&Aに要する期間も非常に短くて済むということも、メリットとして挙げられます。
事業をスムーズに引き継げる
株式譲渡によるM&Aでは、売り手企業の株主が買い手企業に代わるだけなので、売り手企業の従業員や取引先などは、これまでと同じように会社との関係を維持することができます。
特に売り手が中小企業の経営者の場合には、従業員の雇用の継続や関係取引先との取引の継続が行われるようなM&Aでの会社承継を希望することも多いため、株式譲渡を選択することは、売り手の経営者にとってのメリットになっています。
一方で、買い手企業にとっても、会社を承継した後も、これまでどおり事業が継続されることが確実なので、スムーズに経営を継続することが可能となる点は、メリットとして挙げられます。
売り手側は財務的メリットが享受できる
株式譲渡は法律的には、売り手企業の株主が買い手企業に株式を売却して譲渡するという行為で成り立っています。多くの中小企業の株式は非公開株式で流通していないため、通常、株式を誰かに買ってもらって現金化することは難しいですが、買い手が株式譲渡の手法での企業の取得を選択してくれれば、売り手企業の株主は、株式の売却によって対価を得ることができます。
これは、売り手の株主にとっては、なかなか買い手が見つからない株式の現金化というメリットを受けることができると言えます。
さらに、税務関係についてもメリットがあります。売り手の企業と買い手の企業がM&Aの手法として株式譲渡を選んだ場合の売り手企業の株主の税負担は、株式売却益に対するものになります。
売り手の株主にかかる譲渡による課税割合は、株主が個人の場合、株式を売却したことによる譲渡益に対して20.315%の所得税・住民税等で済みます。
一方で、例えば、事業譲渡でM&Aをした場合の課税額は、売り手が個人となることはあり得ず、売り手企業で法人になるので、事業譲渡で発生する事業譲渡益に対して、法人税等で30~34%もかかります。
このように、株式譲渡を選択した場合に他のM&Aの手法に比べて税負担が軽くて済むというメリットも受けられることは、売り手企業の株主にとってはメリットと言えます。
株式譲渡のデメリット
これまで説明してきたとおり、株式譲渡の手法を用いることで、他のM&Aの手法と比較してメリットもありますが、一方で、当然、デメリットも考えられます。次に株式譲渡でM&Aをすることでのデメリットについて見ていきます。
全株式の譲渡が難しい場合がある
株式譲渡でM&Aを行う場合、買い手企業としては、売り手企業のすべての株式を入手したいと考えるのが通常です。なぜなら、買い手企業としては、売り手企業の経営権を獲得した後は、買い手企業の経営判断のみに基づき、当該企業をスムーズに経営し、必要な改善を迅速に実行することを可能にしたいからです。
しかし、中小企業の株主構成でよく見られるケースとして、売り手企業の株主の中に少数株主や所在不明の株主がいるということがあります。このような場合には、買い手企業は、全株式の入手が難しい状況に陥ります。
少数株主が売り手企業の株式の売却に応じない場合には、買い手企業は、少数株主から株式を獲得するために、株式売却価格の交渉やスクイーズアウトの実施の検討をしなければならなくなります。
このような追加の手続きが発生すると、株式譲渡の手法を選択することの利点である、手続きの簡便さやM&A期間の短さのメリットが損なわれてしまう結果にもなりかねません。
このような状況は、買い手企業が株式譲渡の手法を選択することのデメリットと言えるでしょう。
不採算部門があると価値が目減りする</h3>
株式譲渡は、売り手企業の株式を買い手企業が買い取って経営権を取得する手法です。よって、基本的には売り手企業をそのまま包括的に承継することになります。
つまり、売り手企業が行っている事業の中に、不採算部門や成長が見込めないような部門があっても、それらの事業も含めてすべて承継することになります。
このような不採算部門などの存在は、買い手企業が株式の買取価格を算定する際に、株式の買取価格を減額する要素となり、売り手企業の株主からすると、株式売却価格が目減りする結果となってしまいます。
これは、売り手企業の株主の立場からすると、株式譲渡をM&Aの手法として選択することのデメリットと考えられます。
買い手側は財務的にデメリットを被る可能性がある
株式譲渡は、売り手企業の株主から買い手企業が株式を買い取る方法ですので、買い手企業は売り手企業の株式を買い取るための多額の資金が必要になることがあります。
買い手企業に多額の手持ち資金がない場合には、株式を買い取るために金融機関からの借入金も検討しなければならないこともあり得ます。例えば、会社分割や株式交換の手法であれば、買い手企業は自社の株式を交付するだけで、売り手企業から株式を獲得することができ、多額の資金を準備する必要がありません。
このように、買い手企業にとって、多額の資金が必要となるのは、他のM&Aの手法と比較してデメリットと考えられます。
また、株式譲渡の手法で買い手企業が売り手企業から経営権を獲得する場合、売り手企業全体を包括的に承継することになるので、株式譲渡を行う際に、売り手企業の簿外の負債などが発見できなかった場合には、その負債は買い手企業が負うことになります。
株式譲渡の手法でM&Aを行う場合、買い手企業は、このような財務的なデメリットを被る可能性があるということに注意が必要です。
シナジー効果を得にくい
株式譲渡は、買い手企業が売り手企業をそのまま包括的に承継するM&Aの手法です。よって、買い手企業が経営主体となった後も、当該企業自体は、株式譲渡以前と同じように存続します。
よって、株式譲渡で買い手企業が経営権を取得しただけでは、買い手企業側に同業種の組織などがあっても、統合や効率化がされるわけではないので、いわゆるシナジー効果を得にくいと言えます。
このことは、売り手企業が株式譲渡によって買い手企業に買い取られても、買い取られた会社の独自性はすぐには損なわれないというメリットと表裏一体な関係にあるとも言えます。
株式譲渡の手続き
次に、株式譲渡の具体的な手続きについて説明をしていきます。これまで見てきたとおり、株式譲渡はM&Aの手法の中でも比較的簡単な手続きであるということがメリットと言われています。基本的には、売り手企業の株主と買い手企業の間の株式の売買手続きだけで成立するのでとても簡素です。
一方で、中小企業の株式は、会社経営に不利益になる第三者が介入してくるのを防ぐために、譲渡制限株式であることが多いです。
よって、多くの中小企業の株式譲渡によるM&Aの場合は、譲渡制限株式を売買するための手続きが加わってきます。ここからは、売り手企業の株式が譲渡制限株式の場合の手続きを前提に説明を進めていきます。
株式譲渡のM&Aの場合、株式の売買が行われ、株式が譲渡されるので、まず、売り手企業の株主と買い手企業の間で株式の売買価格などの条件を決める必要があります。
株式の価格は、いくつかある企業価値算定方法の一つで割り出された売り手企業の企業価値を基に、売り手側と買い手側が交渉をし、合意をして決められます。売り手企業の株主と買い手企業の間で株式価格の合意ができれば、株式譲渡契約の締結が行われます。
具体的には、売り手企業の株主と買い手企業が株式譲渡契約書を作成し、お互いにサインをして、譲渡制限株式の売買契約が成立します。
次に、売却することが決まった売り手企業の株主は、譲渡制限株式の売却の際のルールに従い、譲渡する株式の種類、株式数、譲渡する買い手企業の名称などを記載した株式譲渡承認請求書を作成し、会社に対して株式譲渡の承認請求を行います。
売り手企業の株主から株式譲渡承認請求書を受け取った会社は、取締役会または臨時株主総会を開催し、株式譲渡の承認を行います。
中小企業の場合は、会社の大半の株式を持つ株主と経営者が同一人物など関係者であることが多いため、株式譲渡の承認請求は認められるのが普通で、取締役会または臨時株主総会で承認の決定がされたのちに、次の手続きに進みます。
売り手企業は株式譲渡の承認請求の結果を2週間以内に株主に通知します。前述のとおり、売り手企業の会社の経営者と株主は一致していることが多いので、これも承認の通知が淡々と行われるというのが実際です。
株式譲渡の承認が行われると、通常の場合、買い手企業が売り手企業の株主に株式の対価の支払を行います。
株式の対価の支払の時期は、売り手と買い手の合意で自由に定めることができますが、売り手の株主から買い手企業への株式の譲渡が確実になり、一方で、売り手企業の株主から買い手企業に株主名簿の書き換えが済んでいないこのタイミングで、対価の支払が行われるのが一般的です。
最後に、買い手企業が会社に対して株主名簿の書き換えを請求し、会社がこれに応じ、株主を売り手企業の株主から買い手企業に書き換えて、すべての手続きが完了します。
株式譲渡の企業価値算定方法
株式譲渡を含む企業のM&Aを行う際に、売り手の企業の企業価値がどのくらいなのかを算定することは、非常に重要なファクターです。なぜなら、買い手企業は、算定された企業価値に対して対価を支払い、売り手企業を獲得することになるからです。
一般に用いられる企業価値を算定する方法としては、コスト・アプローチとマーケット・アプローチとインカム・アプローチの3つの方法がよく知られています。
ここからは、これら3つの企業価値算定方法について説明していきます。
コスト・アプローチ
コスト・アプローチは、企業の純資産価値を重要視して、企業の価値を算定する方法です。コスト・アプローチには、純資産価値を算定する具体的な方法の違いによって、簿価純資産法、時価純資産法、時価純資産プラス営業権(のれん)などの算定方法の種類があります。
簿価純資産法は、単純に売り手企業の貸借対照表の資産の部に載っている資産のトータル額から、負債の額を引いた純資産を評価の基準とする方法です。貸借対照表という帳簿に載っている額、いわゆる簿価をそのまま採用することから、簿価純資産法と呼ばれます。
時価純資産法は、純資産を算定する時に、単純に貸借対照表に載っている数値をそのまま採用するのではなく、それぞれの資産を、評価する時点での時価に評価し直して計算する方法です。
例えば、土地や建物などの不動産は、貸借対照表に載っている資産価値と実際の価値が違っていることが通常です。このように会社の資産の簿価と時価が違うことを考慮して、純資産を時価に算定し直し、企業価値をより現在価値に近い形で算出する方法が時価純資産法と言えます。
さらに企業の価値を正確に算定するために、純資産を時価純資産法で算出した上に、無形資産である営業権(のれん)の価値も適正に算出して評価した方法が、時価純資産プラス営業権というコスト・アプローチでの会社価値の評価方法です。
3つのコスト・アプローチの企業価値算定方法の中では、時価純資産プラス営業権が一番詳細に企業価値を算定した方法と言うことができます。
マーケット・アプローチ
マーケット・アプローチ法は、企業の市場価値を基に企業価値を算定する方法です。具体的な方法としては、評価する企業自体の市場での株式価格を基に算定する市場株価法と、同業種の同規模の他企業の市場株式価値や、M&Aの事例から類似の会社の企業価値を割り出し、その類似会社の企業価値に対して、対象となる企業が、どの程度の規模なのかということを考慮して一定の割合をかけて、当該企業の価値を算定する類似会社比較法(マルチプル法)などがあります。
インカム・アプローチ
インカム・アプローチは、売り手企業の将来に見込まれる成長による利益を、そのリスクを加味した形で現在価値に評価して算定することによって、企業価値を図るという方法です。
その具体的な評価の方法としては、将来見込まれるフリーキャッシュフローから評価するDCF法と株主が受け取ると見込まれる配当から評価する配当還元法などがあります。
DCF法は、Discount Cash Flow法というのが正式名称で、割引キャッシュフロー法とも言われます。将来見込まれる売り手企業のフリーキャッシュフローを加重平均資本コストで割り引いて計算されます。
配当還元法は、株主に実際に支払われる配当金に基づいて、企業価値の評価を定める方法です。具体的には、実際に売り手企業が配当した実績を基に割り出したり、対象企業と同業種の配当金の平均配当性向から割り出したり、内部留保が再投資されることを前提として、将来に予測される配当金を割り出したりして計算されます。
中小企業の企業価値算定方法
中小企業の企業価値の算定方法としては、コスト・アプローチ法が主に使われる傾向があります。その理由は、そもそも中小企業と比較できるような同業種で同規模の上場企業を見つけるのが困難なことからマーケット・アプローチで算定することは難しく、同様に中小企業の場合は、会社の規模が小さく、さまざまな経済環境の影響を大きく受けることから、将来の収益の見込みを予測する、インカム・アプローチで算定することも困難であるためです。
コスト・アプローチであれば、基本的には貸借対照表の簿価から算出するので、現在の当該企業の市場価値や将来の収益性などが不明確な場合であっても、会社が作成した貸借対照表を基に算出が可能であるため、中小企業の企業価値の算定方法としては、最も多く使われています。
株式譲渡の税務
株式譲渡のM&Aを行い、売り手企業の株主と買い手企業との間で、株式を売買した時の税金に関する取扱いについて説明をします。
まず、売り手企業の株主は、買い手企業に株式を売却して譲渡した際に、譲渡益が出た場合には、その譲渡益に対して課税がなされます。
この時、課税される税金は、売り手企業の株主が個人の場合、譲渡益に対して、所得税、住民税、復興特別所得税を合わせて20.315%、株主が法人の場合は、法人税等が30~35%課せられます。
中小企業のM&Aで株式譲渡をする場合には、株主は売り手企業の経営者でもある個人の場合が一般的です。よって、売り手企業の株主は、個人として、譲渡益に対して、所得税、住民税など、合わせて20.315%の税金を支払うというパターンが多いでしょう。
一方、買い手企業側は、株式譲渡での売買価格が、企業価値算定方法に基づいた適正なものである場合には、課税がされません。
このように、売り手側、買い手側ともに、税負担が比較的小さいということは、株式譲渡でM&Aを行うメリットであるということは、既に説明したとおりです。
しかし、売り手企業の株主と買い手企業が、企業価値算定方法に基づいた適正な価格と比較して、高すぎる価格や逆に低すぎる価格で株式譲渡を行った場合には、注意が必要です。
適正価格に対して高すぎる部分や低すぎる部分は、贈与や寄附の行為と見做され、それぞれ売り手または買い手に、適正価格と比較して、その高すぎる部分や低すぎる部分について、贈与税や法人税が課される場合もあります。
株式譲渡の注意点
これまで説明してきたとおり、その手続きの簡便性や必要とされる期間の短さ、税務上のメリットなどから、中小企業のM&Aとしては、数多く利用されている株式譲渡ですが、株式譲渡を選択してM&Aを進める場合に注意しておくべき点もいくつかあります。これらの注意点について、説明していきます。
株券発行会社の場合は株券の交付が必要
売り手企業が株券発行会社の場合には、買い手企業が、株式譲渡により、有効に株式を取得したと主張するためには、売り手企業の株主から実際に株券の交付を受ける必要があります。
このため、買い手企業としては、株式譲渡によりM&Aをする場合には、売り手企業が株券発行会社であるかどうかの確認をする必要があります。
売り手企業が株券発行会社かどうかは、売り手企業の定款を見れば確認できるので、買い手企業としては、早期に確認しておくことが肝要です。
所在不明の株主の取り扱い
中小企業の株主は、少数株主が親族である場合が多く、長年経営してきた企業を株式譲渡で売却する場合には、少数株主にすでに相続が何度も発生したりしていて、株式譲渡時点で所在不明な株主がいるという場合も起こり得ます。
所在不明株主の株式は、裁判所に「所在不明株主の株式売却許可申立」をして許可を得ることで株式を売却することができますが、5年以上通知または催告が届かず、5年間配当を受け取らないなどの条件が必要となります。
よって、買い手企業としては、売り手企業の株主に所在不明株主がいないかどうかの確認をすることにも注意が必要です。
ただ、所在不明株主がいても、条件が整えば、スクイーズアウトなどの手法を取ることによって、対策を行うことは可能です。
従業員持ち株会の株式の取り扱い
売り手企業に従業員持ち株会がある場合には、この従業員持ち株会が所有する株式をどのように取り扱うのかが、買い手企業としては注意を要する事項になります。
買い手企業が従業員持ち株会の存続を容認するのであれば、そのまま従業員持株会を継続することも考えられますが、これまで説明してきたとおり、買い手企業としては、株式譲渡で買い取った会社の経営権を完全に掌握したいと考えるのが通常です。
このような場合には、買い手企業は、従業員持ち株会の株式を譲渡してもらう必要があります。従業員持ち株会の株式を譲渡してもらうためには、具体的には、従業員持ち株会の会員全員の同意を取るか、従業員持ち株会を解散させ、清算をする必要が出てきます。
実際の実務では、この従業員持ち株会の株式譲渡の承認や解散、清算の交渉を行うタイミングをよく検討しないと、売却価格でなかなか合意できないというような問題が発生することが予想できます。
よって、売り手企業内に従業員持ち株会がある場合には、買い手企業としては、その取扱いについて十分検討して、株式譲渡の手続きどのように進めるのかを決めていく必要があります。
名義株の取り扱い
名義株とは、本当は出資などをしておらず、株主ではないけれども、株式会社の発足時に名義だけが借りられていて、株主名簿に記載されている状態の株式のことです。
1990年の商法改正までは、株式会社を設立するためには最低7人の発起人が必要とされていたため、特に古くから事業を行っている企業では、会社発足時に家族や親戚の名義を借りて会社を設立し、いまだに名義株が存在している場合があります。
売り手企業が1990年以前に設立された会社で、その株主名簿に名義株と疑われるような株式が存在する場合には、買い手企業としては、その株式が名義株であるということを確認して、適正に処理する必要があります。
株式譲渡のまとめ
今回は、中小企業のM&Aで最も多く実施されている株式譲渡について説明しました。株式譲渡は、さまざまなM&Aの手法の中でも、手続きなどが比較的容易で、短期間に進めることができるなどのメリットがあるため、売り手、買い手ともに選択しやすいという面がありました。
一方、会社が包括的に譲渡される方式であるため、売り手企業の簿外債務もそのまま買い手企業に引き継がれる、売り手企業の株主の中に少数株主がいる場合その対応が複雑になる可能性があるなど、注意を要する点もありました。
株式譲渡でM&Aを行い、後々問題を残さないようにするためには、M&Aや法律の専門家である弁護士のアドバイスを受けて適切に対応することで、安心して手続きを進めることができます。