従業員持株会とは?配当金の仕組み、事業承継対策としての活用も解説
従業員持株会とは、従業員の福利厚生の増進や経営への参画意識の向上を図ることを目的として、従業員が金銭を拠出し、会社の株式を共同で取得するために組織される仕組みです。
非上場会社の経営者からすると、経営権に影響を及ぼさない程度の株式数を従業員持株会に保有させることで、株式を社外に流出させることなく経営者自身の持株数や持株比率を大幅に減少させることができ事業承継対策が可能となり、かつ、従業員株主を従業員持株会に組み込むことで従業員株主の個別の会社に対する権利行使を防ぎつつ、退職時には従業員持株会に株式を返却することとして株式の分散を防ぎつつ、安定株主として経営の安定化のための仕組みとして、また経営者の会社支配権の維持などの効果が見込まれます。
本記事では、従業員持株会の概要や議決権行使・配当金支払いなどの従業員持株会の運営の仕組み、事業承継対策としての活用方法、会社と従業員それぞれの立場から見た従業員持株会の導入メリットなどを中心に幅広く解説します。
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従業員持株会とは
冒頭でも説明したとおり、従業員持株会とは、従業員の福利厚生の増進や経営への参画意識の向上を図ることを目的として、従業員が会社の株式を共同で取得するための仕組みです。
従業員持株会は、法律上は、民法の組合であり、会員が株式を共有し、従業員持株会規約に基づき、理事長が、代表して、株主総会において議決権を行使し、配当金を受け取るなど、従業員持株会として株式に関する権利を行使しつつ、配当金は、会員に持株数に応じて配分するという構成になっています。
従業員は、従業員持株会を通じて、株式を共同購入することで、それぞれの拠出額に応じた割合で株式を間接的に保有して、株主としての議決権を行使しつつ、配当金の配分を受けることが可能なのです。
従業員持株会制度の活用状況
日本における従業員持株会の制度は、昭和43年頃から急速に普及し始めました。
従業員持株会制度は、主として上場会社や上場準備会社を中心に普及してきましたが、近年では上場を予定していない非上場会社にあっても従業員持株会制度を積極的に導入し、従業員の福利厚生の増進や経営への参画意識の向上、そして業績向上のためのインセンティブなどの施策、安定株主として経営の安定化のために活用している会社が増加傾向にあります。
東京証券取引所グループが発表した資料によると、2020年3月末時点で東京証券取引所に上場している日本企業は3,708社存在しますが、このうち「大和証券」「SMBC日興証券」「野村證券」「みずほ証券」「三菱UFJモルガン・スタンレー証券」という5社のいずれかの金融機関および証券会社と事務委託契約を締結し、従業員持株制度を設けている会社は3,236社存在することがわかっています(およそ87%)。
参考:東京証券取引所グループ「2019年度 従業員持株会状況調査結果」2021年5月7日
従業員持株会と議決権行使と配当金支払いなどの運営の仕組み
従業員持株会では、株式を取得するための資金を、従業員の給料や賞与などから拠出します。
オーナー創業者などの株主は、従業員持株会に対して、株式を譲渡し、従業員持株会から対価を受け取ることとなります。
従業員持株会の株式は、それぞれの従業員の出資額に応じて共有の持分となります。
従業員持株会では、株式を従業員に保有してもらう際、従業員個人が直接保有するのではなく、従業員持株会という組織が間接保有しますが、その理由は、各従業員の個別の権利行使を認めず、かつ従業員退職の際における株式の分散を防止するためであると考えられています。
従業員個人が株式を直接保有した場合、各従業員の退職の際に、その都度、相対での株式の買い戻し交渉が必要となったり、価格交渉が折り合わなかったりするケースや、従業員が退職後に社外株主となってしまうおそれも十分に考えられます。
社外株主が増えることは、株主の管理コストの増加、株式の分散、会社にとって将来的に友好的でない株主の出現する可能性、社外株主による株主権の濫用可能性などのリスクが生じます。
しかし、従業員持株会を通じて従業員が株式を間接保有するのであれば、従業員退職の際における株式の分散防止することができます。
従業員持株会における入会の仕組み
従業員持株会は、上場会社においては、安定株主として経営の安定化のため、従業員が広く入会できることとなっています。
また、非上場会社においても、安定株主として経営の安定化のための仕組みとして、また経営者の会社支配権の維持のため、経営幹部社員など、経営陣に近い従業員が加入できることとなっているところが多くなっています。
従業員持株会における議決権行使の仕組み
従業員持株会は、理事長が代表して、株主総会において議決権を行使します。
その場合、従業員持株会においては、事前に、会員から理事長に対して、議決権行使に関する意向を提出することができ、理事長はそれを踏まえて議決権を行使することが一般的です。
会員が、特段、議決権行使に関する意向を提出しなかった場合は、理事長が適切と思われる議決権を行使することが一般的です。
上場会社では、会員の意向に従って、理事長が議決権を不統一行使することとされているケースが一般的です。非上場会社においては、理事長は、経営陣と対立するのではなく、経営陣の意向に沿った議決権を行使することが一般的です。
また、非上場会社においては、従業員持株会の保有する株式は配当優先株式・無議決権株式に転換し、従業員からの議決権行使が行われないようにしつつ、その代わり、従業員の資産経営に重点を置き配当を手厚くすることも多く行われます。
従業員持株会における配当金支払いの仕組み
従業員持株会は、会社が出した利益の中から、配当金を受け取ります。従業員持株会からはそれぞれの会員に対して、出資額に応じた配当金が支払われます。
従業員持株会における株式の評価額(配当還元方式)
従業員持株会において、上場会社においては市場価格ですが、非上場会社においては、配当還元方式で株式が評価されます。
この配当還元方式とは、過去2年間の配当金額を10%の利率で還元し、株式の評価額を算出する方法のことです。
株式の時価が高い会社であっても、通常は、原則的評価方式(会社を従業員数・総資産価額・売上高により大会社・中会社・小会社のいずれかに区分し、大会社は類似業種比準方式、中会社は類似業種比準方式・純資産価額方式を併用、小会社は純資産価額方式によって評価する方法)よりも低い株価(配当還元方式)で株式を購入することができるため、従業員からすると資金負担が少なくなります。
なお、従業員持株会において配当還元方式によって株式の評価額を算出する際は、以下の計算式が用いられます。
1株あたりの年平均配当金額総額={(直前期の配当金額総額+直前々期の配当金額総額)÷2}÷1株あたりの資本金等の額を50円とした場合の発行済株式数1株あたりの配当還元価額=(1株50円あたりの年平均配当金額総額÷10%)×(直前期末の1株あたりの資本金等の額÷50円) |
ここからは、以下のケースを想定した場合の、従業員持株会における「1株あたりの年平均配当金額総額」および「1株あたりの配当還元価額」の計算式を提示します。
直前期末の資本金等の額:5,000万円発行済株式数:10,000株1株あたりの資本金等の額:5,000円1株あたりの資本金等の額を50円とした場合の発行済株式数:5,000万円÷50円=100万株直前期の配当金総額:200万円直前々期の配当金総額:300万円 |
上記のケースを想定すると、1株あたりの年平均配当金は、「{(200万円+300万円)÷2}÷100万株=2.5円」です。
また、1株あたりの配当還元価額は、「(2.5円÷10%)×(5,000円÷50円)=2,500円」と求められます。
従業員持株会における株式売買価格
なお、これは、オーナー株主の従業員持株会への株式売却、従業員持株会入会時の従業員の株式買取、従業員持株会退会時の従業員の株式売却のいずれもを、この株式の評価額によって行わなければいけないということではありません。
上場会社においては市場価格ですが、非上場会社においては、実際の株式の売買は、当事者が合意した金額であれば問題ありません。ただし、従業員持株会規約や別途合意書において、株式売買価格が額面額や固定額あるいは計算式が決定されていることがあり、その場合は、それに従うこととなります。
特段の合意がない場合も、必ずしも、配当還元方式になるわけではなく、収益還元方式や純資産方式を使用する場合もあります。
非上場会社の従業員持株会の特徴
また、非上場会社で導入される従業員持株会については、上場会社とは異なる以下のような特徴が見られます。
・従業員が株式を購入する際、額面又は固定額で購入し、額面又は固定額で売却することとされているケースが多い。
・会社退職時には、従業員持株会も退会となり、従業員持株会に株式を売却する義務を負うことが多い。
・会社から配当金の支払いがないこと、したがって、従業員持株会会員に対して配当金の支払いがないことがある。
・従業員持株会への入会時にのみ会員に対して株式購入資金支援が行われることがある。
・従業員持株会への入会時にのみ会員が株式を購入することが多い(定期的に株式を購入するわけではないことが多い)。
・既存株主が集まって、従業員持株会が設立されることもある。
・株主総会での議決権行使は基本的に従業員持株会の理事長が任意に行使することが多い。
・従業員持株会の理事長には経営陣に友好的な人物が就任し、従業員持株会は経営陣に友好的な大株主として存在することが多い。
・従業員は議決権の行使より配当金の受領の方に関心が高い傾向があるため、従業員元株買いに配当優先株式・無議決権株式を保有させることで従業員からの会社経営への関与を制限することもできる
また、非上場会社における従業員持株会設立の主な効果は、以下のとおりです。
・従業員持株会が安定株主として経営が安定化する。
・経営陣に友好的な大株主が出現する。
・個別の従業員からの直接の議決権行使を防止できる・株式の分散を防止することができる。
・従業員の資産形成を行いやすい・従業員の会社への帰属意識・忠誠心が向上する。
・経営陣の持株比率を減らすことができ事業承継対策として有効である。
・経営陣の持株比率を減らすことができ節税対策として有効である。
・会社の成長に応じて適正な資本構成を行える。
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従業員持株会の導入メリット
会社サイド
従業員持株会の導入には、メリットだけでなくデメリットも存在します。
会社が従業員持株会を導入するメリットは、以下のとおりです。
従業員の会社への帰属意識・忠誠心の向上
従業員持株会が導入されると、会社の業績が向上すれば株式の配当金額が上昇し、株主である従業員の資産として還元されるため、従業員の会社への帰属意識・忠誠心の向上につながると期待されています。
経営の安定化
会社にとって、最も重要なことは会社の運営権を守ることだといえます。
そこで、従業員持株会を導入することで、会社からすると長期的に株式を保有してくれる安定株主を作り出せる点に魅力があるのです。これにより会社の経営も安定化します。
また、株式を従業員が直接保有した場合、個別の従業員が会社に対して直接に議決権を行使することとなりますし、従業員が退職する際に、個別に買い戻しの価格交渉が求められ、場合によってはそのまま社外株主となってしまうおそれがあります。
しかし、従業員が従業員持株会を通じて間接保有している場合、従業員持株会規約に「会社を退職した際には、従業員持株会を退会し、あらかじめ定められた価格で現金にて買い戻す。」旨を事前にはっきりと定めておけば、従業員の退職時には株式を買い戻すことができますので、株式が社外に流出する心配はありません。
インサイダー取引対象外のため安心
インサイダー取引とは、上場会社または親会社・子会社の役職員や大株主などの会社関係者および情報受領者(会社関係者から重要事実の伝達を受けた者)が、その会社の株価に重要な影響を与える「重要事実」を知って、その重要事実が公表される前に株式の売買を行うことで、公平な株式市場を守るため、金融商品取引法で禁止されています。
しかし、上場会社の従業員持株会は、定期的な株式の売買を目的として設置されることから、従業員持株会を通じた株式の売買は、インサイダー取引には該当しませんので、従業員としては安心して株式を購入することができます。
事業承継対策を講じられる
非上場会社にとって、事業承継において後継者が引き継ぐ株式の評価額は、相続税評価額の原則的評価方式における類似業種比準方式もしくは純資産価額方式で計算されることとなるため、評価額自体が非常に高い価格であることに加え、引き継ぐ株式の数が多いこともあり、事業承継される株式の評価額は非常に巨額になる傾向があります。
もし、現在の経営者が株式の大部分を保有している場合、非常に多くの税金負担がのしかかることになります。また、後継者としても、その株式を買い取るための資金負担が非常に重くなります。
とはいえ、非上場会社の非上場株式は、上場株式のように取引相場や売買市場などがないために評価額で第三者に売却することは難しく、また、後継者が経営権を確保する観点からも非上場株式を外部の第三者に売却することは好ましくありません。
しかし、経営権に影響を及ぼさない程度の株式数を従業員持株会に保有させることで、後継者が事業承継で引き継ぐ株式数を減少させることができ、株式の分散の問題をクリアしつつ、株式の評価額を引き下げることが可能です。
また、事業承継する株式数を大幅に減少させ、相続税評価額の原則的評価方式ではなく例外的評価方式(配当還元法)ができる水準まで株式数を減少させることができたのであれば、それこそ大幅に評価額を引き下げることができ、事業承継対策として非常に有効です。
事業承継対策として従業員持株会を設立する際の流れ
事業承継対策として従業員持株会を設立する場合、事業承継の対象となる株式を減らすことが大きな目標として掲げられます。
事業承継の対象となる株式が減れば減るほど、事業承継における後継者の資金負担や現在の経営者の税金負担が軽くなるためです。
また、事業承継する株式数を大幅に減少させ、相続税評価額の原則的評価方式ではなく例外的評価方式(配当還元法)ができる水準まで株式数を減少させることができたのであれば、それこそ大幅に評価額を引き下げることができます。
従業員持株会の設立から株式数や株式の評価額の減少までの大まかな流れは、以下のとおりです。
- 従業員持株会を設立
- 経営者の株式(従業員持株会に売却する株式)を配当優先株式・無議決権株式に転換
- 社員従業員持株会の会員へ配当優先株式・無議決権株式を売却する
- 経営者の株式を含む相続財産が減少
- 経営者の株式の評価額が減少
はじめに、従業員持株会の設立準備として、発起人の選任を行います。
発起人は従業員持株会を発足させるために従事する人物ですが、基本的に従業員持株会の理事長や役員になる人物から選任されるケースが多いです。その後、従業員持株会規約案や理事長印の作成を行います。
従業員持株会設立の準備が整ったら、設立の手続きに移行します。まずは、発起人が集まって、従業員持株会の役員となる理事の選任を行います。その後、理事が集まる理事会を開催し、互選により理事長を選任します。理事長は管理を一任されるものとして、従業員持株会の代表となります。理事長・役員の選任や従業員持株会規約などの確認も完了すると、最終的に従業員持株会と会社の間で契約を締結して有効となります。
従業員持株会を設立したら、会員を募集します。
従業員持株会設立の案内・通知を行い、従業員に対して周知活動に努めます。ここまでの手続きを経て、会員が集まったら、従業員持株会の運営が開始されます。
従業員持株会の設立後は、従業員持株会に対して放出する株式を無議決権株式に転換します。
なぜなら、議決権のある株式を大量に放出すると、従業員持株会が経営に参画できるようになってしまい、経営の意思決定を統一することが不可能となるためです。
従業員持株会が保有する株式を無議決権株式になるよう調整しておけば、経営に参画されるおそれがないため、重要な意思決定や会社方針に与える影響を抑えることが可能です。以上の準備が済んだら、従業員持株会に株式を売却します。
従業員持株会への株式の売却は、株式譲渡により行われ、対象の株式が譲渡制限株式である場合は、別途取締役会の承認を要します。
一般的な株式譲渡と異なる点は、株式の評価額です。
従業員持株会への株式の売却に伴う株式の価格は、配当還元方式で評価されるため、通常よりも安い価格で株式を売却できます。
安い評価がされる理由は、税法上、株式の売却先が①経営者と近しい親族である株主などの支配株主と②そうではない株主などの非支配株主で判別され、①の場合は相続税評価額の原則的評価方式(会社を従業員数・総資産価額・売上高により大会社・中会社・小会社のいずれかに区分し、大会社は類似業種比準方式、中会社は類似業種比準方式・純資産価額方式を併用、小会社は純資産価額方式によって評価する方法)、②の場合は相続税評価額の例外的評価方式(配当還元方式)で評価されるためです。
従業員持株会は、会社から独立した組合であるため、非支配株主と判別されるため、従業員持株会への株式の売却に伴う株式の価格は、配当還元方式で評価されるのです。
また、中小企業の非上場株式は換価が容易ではないことから、経営者は従業員持株会に非上場株式を売却することにより、資金を確保することもできます。
以上の手順によって従業員持株会に売却された株式は、事業承継の際に後継者に引継ぐ必要がなくなるため、後継者の資金負担や現在の経営者の税金負担が減少することになります。
従業員持株会の導入メリット
従業員サイド
従業員持株会に加入する従業員が期待できるメリットは以下のとおりです。
福利厚生の増進・資産形成の支援
会社から従業員に対して、株式購入のための奨励金や会社からの配当がなされることで、従業員は資産形成を行うことができ、福利厚生の増進やモチベーションの向上にもつながります。
また、会社としても、福利厚生が充実するために他社との差別化を図ることができ、優秀な人材を確保しやすくなるなどの効果も期待できます。
奨励金が支給される
奨励金とは、従業員が従業員持株会を通じて株式を購入する際に、会社が株式購入資金を補助してくれる金銭のことです。多くの上場企業では、奨励金は、拠出金の5%から10%程度に設定していることが多いようです。非上場会社では、最初の拠出時に、一定の金額を支援することが多いようです。
奨励金は従業員持株会への加入促進のため効果的であるため、上場企業では、多くの会社が採用しています。
従業員持株会の導入デメリット
会社サイド
従業員持株会を導入する会社にとって発生するおそれのあるデメリットは、以下のとおりです。
導入・運営コストが発生
従業員持株会の設立を証券会社や会計事務所などの専門家に外部委託した場合の手数料や、で従業員持株会を設立・運営する場合における担当者の人件費などが追加コストとして発生します。
従業員への決算情報開示義務
従業員持株会は株主であるため、会社は従業員に対して決算書を開示する義務が発生します。ほとんどの非上場会社では決算書の数字を従業員に明らかにしていないため、このデメリットを受け入れられる否かが、従業員持株会の導入の試金石になるといえます。
安定的な経営が難しくなるおそれ
従業員が従業員持株会を通じて株主総会において会社に対して議決権を行使することができることとなります。
また、従業員が従業員持株会を通じて会計帳簿閲覧請求権などの少数株主権も取得することとなります。
少数株主の権利の一例を挙げると、3%の議決権を保有していれば会計帳簿閲覧謄写請求権、1%以上の議決権を保有すると株主提案権、1株以上の議決権を保有すると株主代表訴訟提起権が行使可能です。
ですので、決算書より詳細な会計情報を従業員に開示する必要が生ずることもありますし、従業員が積極的に会社の経営に関与することが可能となります。
上記に挙げた権利は、基本的に経営に大きな悪影響を及ぼす可能性は少ないものの、安定的な経営が難しくなる可能性もゼロではありません。そこで、従業員持株会に対しては、配当優先株式・無議決権株式のみを与えるといった対策を講じる会社も存在します。
配当を継続的に行わなければならない
従業員持株会を導入すると、従業員が配当金を期待している場合は、会社は配当を出し続けなければなりません。この点は経営を圧迫する要因の1つとなるため、一定以上の経営基盤を築いていない会社では、経営が傾いてしまうおそれがあるほか、配当金の支払いが停止したり減少したりした場合は、従業員のモチベーションを低下させる要因にもなります。
また、最終的には、事業承継対策を通じた節税効果よりも、配当金の負担の方が上回る可能性もあります。
従業員持株会の導入デメリット
従業員サイド
従業員持株会に加入する従業員のデメリットとしては、以下のようなものがあります
望むタイミングで株式を購入・売却できない
従業員持株会を通じた株式の購入は定期的に実施されることが多いことから、従業員の希望するタイミングで株式を購入することは不可能です。
特に、非上場会社においては、非上場株式を売却する既存株主が出現した場合などの場合に限定されます。なお、従業員持株会で購入した株式は従業員個人の資産ではあるものの、預金のように必要なときに即座に引き出すことはできません。
また、従業員持株会を通じて購入した株式を売却する際は、個人名義の証券口座が必要であり、個人口座を開設するためには数週間程度の時間がかかります。
非上場株式の場合は、証券口座を開設する必要はありませんが、買主が出現しないと売却できません。
従業員持株会も新規会員が入会するか既存会員が追加出資しないと売却できません。そして、株式の売却の申請から売却して現金になるまでにもおよそ1週間かかるほか、会社によっては引き出しが月1回までなどと制限されている場合があります。
以上のことから、たとえ株価が下がり非上場株式を売りたいという場合でも、即座に対応できません。
そのほか、100株未満や少数点以下など最低売買数量に達していない株式を売却したい場合は、従業員持株会の他の参加者の買付時に売却する必要があり、この場合の売却価格は「従業員持株会の買付日」などで設定される点にも注意が必要です。
会社の業績に影響を受けやすい
従業員持株会加入について最も注意したい点は、会社の経営状態の悪化により、株式の株価と給与およびボーナスの支給額がともに下がってしまうリスクがあることです。万が一に、会社が倒産してしまった場合、従業員持株会の有する株式もただの紙切れ同然となってしまい、従業員は仕事と財産を同時に失ってしまいかねません。
従業員持株会を導入する際の注意点
本章では、従業員持株会を導入する際(および従業員が加入する際)に把握しておくべき代表的な注意点を5つピックアップし解説します。
株式の保有比率
従業員持株会が持つ株式の保有比率が高まると、会社の経営に悪影響が及ぶおそれがあるため、最大で従業員持株会の株式の保有をどれくらい認めるのかをあらかじめ確認しておく必要があります。
奨励金の支給有無
奨励金の支給の有無および支給額は、従業員持株会への加入を検討する従業員にとって大きな関心ごとです。そのため、奨励金を支給するのか、どれだけの奨励金を支給するかについて、あらかじめ検討しておく必要があります。
配当金の支払基準
非上場会社においては、従業員持株会で取得した株式を第三者に売却することはできません。そのため、非上場会社の従業員持株会の会員が受けられるリターンは、基本的に配当金のみとなります。従業員持株会退会時に株式の価値が上昇していた場合、株式をその価格で従業員持株会に売却することができる従業員持株会も存在します。
退職時などの株式買取価格
従業員が退職に伴い従業員持株会を退会する場合、従業員持株会はいくらで株式を買い取るのかという点が問題となります。
株式買取価格は、額面で算出する方法や配当還元法を用いた時価で算出する方法などがあります。
従業員持株会をスムーズに運営するため、従業員持株会退会時の株式の買取価額を従業員持株会規約の中で明記しておくことが大切です。
この点、株式買取価格については、事前に合意していたり、従業員持株会規約に明記されていれば、会員はその価格で株式を売却しなければならず、会社はその価格で株式を買い取らなければいけないこととなります。
従業員持株会規約において明記されている場合もあれば、別途合意書に規定されている場合もあります。
ですので、株式買取価格としては、額面で買い取ることとしている会社もあれば、固定金額で買い取ることとしている会社もあれば、配当還元法で計算するものと指定されている会社もあれば、別の計算式が規定されている会社もあります。
他方、株式買取価格について、事前に合意していない場合は、会員と従業員持株会が交渉し合意した金額で買い取ることとなりますが、その場合は、時価や相続税評価額(類似業種批准価格又は純資産価格方式又は配当還元法)などを参考に交渉することとなります。
確定申告の必要性
所得税法上、従業員持株会を通じて株主が得た株式の配当金は「配当所得」に区分され、退会などの理由により従業員持株会の株式を売却して利益が出た場合の所得は「譲渡所得」に区分されます。従業員持株会の株式を証券会社に移管していない場合は、従業員自身で譲渡所得の金額を計算し確定申告をしなければなりません。
上記に対して、仮に譲渡損失が出た場合は、確定申告で給与所得の黒字と相殺(損益通算)することはできません。また、譲渡損失であるため、所得税はかからないうえに、他の所得の黒字と損益通算することもできません。したがって、このような場合、確定申告は不要です。
なお、配当所得はその支払い時に、株式の上場・非上場に応じた一定割合で源泉所得税が天引きされています。したがって、原則として確定申告は必要ありません。しかし、確定申告をすることによって所得税の還付を受けられる場合があります。
具体的にいうと、所得を合算した結果、税率が20%のテーブルまで(課税所得金額が6,949,000円まで)であれば、配当所得の源泉徴収「20.315%」よりも低い税率となるため、確定申告した方が有利といえます。つまり、この場合、確定申告をすることで、配当所得で徴収され過ぎている所得税の還付を受けることが可能です。
従業員持株会の設立に関する基本事項
従業員持株会の設立に際しては、「民法上の組合」「任意団体」「権利能力なき社団」という3つの方式が採用できます。
昨今の日本の状況を見ると、株主総会における議決権行使の方法や配当所得の税法の規定などを勘案し、「民法上の組合」という形式で従業員持株会を設立・運営している会社が多く見られます。
「民法上の組合」は民法667条1項の規定に基づき設立されるもので、組合の保有する株式は組合員の共有財産となります。「民法上の組合」は会社と異なり、設立の際に登記や定款認証などが不要であり、規約があれば、2人以上の組合員が集まることで簡単に設立できます。
「民法上の組合」を設立する際は、日本証券業協会の「持株制度に関するガイドライン」に準拠するケースと、持株制度に関するガイドラインに準拠しないケースがあります。持株制度に関するガイドラインは、会社法や金融証券取引法の規定に適合するように作成されているため、これに沿って手続きを進めることで、各種法規制を遵守した形で従業員持株会を設立できます。
とはいえ、非上場会社にとっては特段遵守する必要がない部分もあるため、持株制度に関するガイドラインに準拠せずに必要な部分のみを参照しながら、従業員持株会規約において独自の設計を行っていくケースもあります。
つまり、主として上場会社や上場準備会社については、証券会社が従業員持株会運営の受託管理をすることから、必要な規則に準拠するために、持株制度に関するガイドラインに準拠して設立するケースがほとんどですが、この場合は定時拠出(給与天引)などさまざまな規制が存在するため、柔軟性の面ではデメリットがあります。
これに対して、持株制度に関するガイドラインに準拠せずに設立するケースでは、会社の実情に応じた自由な設計が可能であるため、非上場会社の多くがこの形式を採用しています。しかし、この場合は従業員持株会運営を証券会社に委託できないことから、自社で運営するか、会計事務所などの専門家に運営を委託することになるのです。
従業員持株会の組織形態に見られる主な相違点を下表にまとめました。
民法上の組合 | 任意団体 | |
法人格 | 法人格なし | 法人格なし |
会員 | 組合員 | 信託契約の委託者兼受託者 |
拠出金 | 出資 | 信託財産 |
株式買付 | 従業員持株会の業務 | 信託契約の履行 |
管理 | 組合の財産の管理 | 信託財産の管理 |
購入株式 | 共有持分 | 信託財産の受益権 |
議決権の行使 | 名義:個人株主(理事長)議決権の不統一行使可能 | 名義:信託銀行議決権は信託銀行に提示可能 |
税務上の取り扱い | 法人税課税なし配当金:配当所得 | 法人税課税なし配当金:配当所得 |
管理コスト | 自社で事務管理を行う場合には追加的な管理コストは不要 | 信託銀行に対する管理コストが必要 |
参考:日本証券業協会「持株制度に関するガイドライン 」(令和3年1月1日改正)
従業員持株会に関するQ&A
最後に、従業員持株会に関してよくある質問と回答の中から、代表的なものをピックアップし提示します。
管理職による株式売却の可否
中には、「管理職になると従業員持株会で購入した株を売れない」というルールを設けている会社もあります。その理由は、管理職はインサイダー取引の可能性に関わるためです。
しかし、事前に会社へ申請しインサイダーではないという確認が取れていれば、問題なく株式を売却できます。
また、従業員持株会の規則によっては、管理職に対して決算前などの時期での売却を認めないなどの制限が課されている場合もあります。
そのほか、M&Aを担当する部署に所属する社員も、株式の売却が制限されているケースが多いです。
会社売却による従業員持株会の処遇
M&Aの手法を用いて会社が売却を決断した場合、従業員持株会が保有している株式も買い手に譲渡することになります。
多くの従業員持株会では組合という組織形態を採用しているため、株式を売却するためには、「会員全員の同意を得る」もしくは「従業員持株会を解散して清算手続きを行う」必要があります。
上記の手続きを通じて、従業員の持つ株式が買い手に譲渡された場合、従業員は株式の売却の対価を受け取ることが可能です。
積み立ての停止可否と上限額
従業員持株会規則によって申請方法は少なからず異なるものの、毎月の積み立てを停止することも可能です。
なお、従業員持株会はまったく儲からない、株価の上昇が見込まれないなどの理由で、退会を検討する会員もいます。しかし、従業員持株会は退会してしまうと二度と入会できなくなるため、決断は慎重に行うことが望ましいです。
また、従業員持株会では、従業員の拠出額に上限を設けるケースも多く見られます。
まとめ
従業員持株会とは、従業員の福利厚生の増進や経営への参画意識の向上を図ることを目的として、従業員が金銭を拠出し、会社の株式を共同で取得するために組織される仕組みのことです。
従業員持株会の株式は、従業員の出資額に応じて共有の持分となります。そして、会社の利益の中から、従業員持株会は配当金を受け取ることが可能です。
会社が従業員持株会を導入する主なメリットは、以下のとおりです。
- 従業員のモチベーションの向上
- 従業員の会社への帰属意識・忠誠心の向上
- 従業員持株会という安定株主による経営の安定化
- インサイダー取引が適用されない
- 経営者株式を減らすことで事業承継対策を講じられる
これに対して、従業員持株会に加入する従業員としては、以下のようなメリットが期待できます。
- 福利厚生の増進
- 従業員の資産形成
ただし、従業員持株会の導入には注意点も多いため、必要に応じて専門家のサポートを得ながら導入を検討しましょう。